21:王都への旅路
王立シーウェルト=アルンハム学院―――
カラル王国で一番レベルが高い上級学校で王国のみならず、周辺諸国の貴族も通う大陸一とも云われる学校である。
五代カラル国王シーウェルト・バレンス・カラルが創立した事から王の名前を取り、この名となった。
種族問わず平等に学ぶ権利がある、の精神を謳っているので人間以外の種族も多いらしい。
私も既に人間では無いから都合が良いのかもしれない。
アングレナから王都アルンハムまでは馬車鉄道が走っており五日程で着く。
馬車鉄道と言うのは路面に線路を敷き、馬でレールの上に載っている客車を引く乗り物だ。
普通の馬車と比べて線路の上しか走れないが、線路がある事により重さで車輪が沈まずにスムーズに運行出来ると言うメリットがある。
カラル王国内でも馬車鉄道があるのはアングレナ~王都アルンハム間と王都内だけだ。
アングレナ~王都アルンハム間の街道は全て石畳で舗装されている為、線路も敷きやすい環境が整っているのも馬車鉄道が整備されている理由の一つである。
乗ってみると分かるのが、線路の上を走っているので普通の馬車に比べて揺れが少ない事だ。
普通の馬車だと地面の凸凹が直接伝わって乗り心地がかなり悪い。
線路の上は滑らかなのでそう言う事が無い。
驚く程快適なのだ。
馬車に乗っているのは私とリリィとカリーナさんだ。
最初は私とリリィの二人で行くつもりだったけど、王都は広いから迷子になると言って付いてきてくれたのだ。
泊まる場所も宿代が馬鹿にならないからと言う事でモートス侯爵家のお屋敷に滞在が決まっている。
カリーナさん曰く、久しぶりに息子を揄う、じゃなくて様子を見に行きたい、と言う事らしい。
カリーナさんの息子さんとは言え、国でもかなり上位に位置する家にお邪魔しても良いのかと思ったけど一応、手紙で私とリリィも一緒に来ると言うのは手紙で連絡してあるので問題は無いみたい。
リリィはモートス侯爵家で滞在すると聞いた時は慌ててパニックになっていたし。
入試用にカリーナさんが私とリリィに動きやすいドレスをプレゼントしてくれた。
王都の学院は貴族が半数以上占めるらしく身なりが悪いと絡まれやすいらしく、貴族で無くても身なりが良ければ絡まれにくいらしい。
カリーナさんなりに私達を心配してくれたんだと思う。
入学が決まれば私とリリィは学院の寮に入る事が決まっている。
私達二人が在学中は何故かカリーナさんとガードナーさんも王都に来るらしい。
一応、ガードナーさんはリリィを鍛えるのが目的とは言っているが、ブレンダさんからよろしくされたらしい。
リリィは大事の娘らしいからね。
一応、アングレナの上級学校に通っているお姉さんがいて、リリィとは違って落ち着いた人だった。
三人で乗り合いの鉄道馬車に揺られながら王都アルンハムへ向っている途中だ。
「ジャンヌ、初めての旅行はどう?」
「なんかワクワクします。見る景色がどれも新鮮で」
これは本当だ。
見た事の無い風景には心が躍る。
リリィは陽気に当てられて絶賛、爆睡中である。
「私はこの鉄道に乗りながら車窓から見る風景が好きなの。こうゆったりと風景が車窓に切り取られて見える景色が」
カリーナさんの横顔には何処か哀愁を感じた。
何か思う物があるのだろうか?
「学校は楽しい所だから受かると良いわね」
「はい」
流れ行く車窓の景色を眺めながらこれから自分はどうして行くんだろうか、と考えている意識は落ちていた。
王都アルンハム―――
歴史は千年以上もあり、大陸でも有数の大都市だ。
王立シーウェルト=アルンハム学院があるので一部では学びの都とも云われる。
カラル王国は教育に力を入れており、王都出身の者の識字率は百パーセントに近い。
それだけ教育が行き届いている証拠だ。
王都は徐々に拡大しており、その度に城壁が作られている。
その為、王城を中心にして円を描く様に四つの城壁が聳え立つ。
四つの城壁があるので難攻不落の都と言う名もあるぐらいだ。
二十年後には五つ目の城壁が完成するらしい。
王都は城壁によってエリア分けがされている。
一つ目の城壁があるエリアは二つに分かれており王城があるエリアは王族、貴族の屋敷が多く警備が厳重なエリアを王冠、王政府のあらゆる機関が集めるエリアが妃冠と呼ばれておりモートス侯爵家があるのは王冠だ。
二つ目の城壁の内側が第一外周と呼ばれ商業地域、職人の工房があるエリアになり、三つ目と四つ目のの城壁の内側は所謂平民街で第二外周、第三外周と呼ばれている。
学院があるのは第一外周だ。
そして四つ目の城壁の外側が第四外周と呼ばれる新興地域だ。
ここは土地が安いので新規で新たに事業を始める人が挙って集まるエリアだ。
王都へ入ると別の馬車鉄道へ乗り換えて王冠へ行く馬車鉄道で向う。
王冠行きの馬車鉄道は王冠に住んでいる人と一緒か許可証が無いと乗れない。
私とリリィはカリーナさんと一緒だから問題無い。
ただカリーナさんの許可証を見た警備の人が凄く驚いた顔をしていたのが少し気になった。
王都アルンハムは広く、第四外周の駅から王冠の駅まで馬車鉄道に乗っても一時間以上掛かる。
王都内は全て石畳で舗装されていて建物も立派な物が多くて圧倒される。
生前に見たパリなんかより遥かに凄い。
それに城壁を見れば何故、難攻不落と言われるのかがよく分かる。
十階相当の建物より高い城壁、そして格城壁の外には幅がある堀があり、これが四層もあるのだ。
これを突破する作戦なんて絶対にやりたくない。
王冠のエリアに入ると見た事が無いくらい綺麗で大きな屋敷が並んでいる。
どの屋敷も庭も広くこの国の貴族が如何に力を持っているかが分かる。
駅に着いて馬車を降りると他のエリアとの違いを感じた。
通行人が非常に少なく、警邏の人の方が多いのだ。
ここの警備に力を入れている事がよく分かる。
「どっちへ向うんですか?」
「もう着いているわよ」
「「え?」」
私とリリィは間抜けな声を出した。
リリィの質問に答えたカリーナさんは私達の後ろを指した。
そこには大きな門があった。
門と壁が立派過ぎて屋敷が見えない。
それにしても駅の前に門とか凄い。
もしかしてこれがモートス侯爵家の屋敷なのだろうか?
つかつかとカリーナさんが門に向って歩いていく。
私とリリィは呆然としながらいそいそと後ろに付いていく。
「どちら様でしょうか?」
「帰ってきたから早く開けなさい」
警備の人が聞くとカリーナさんは不機嫌な声で門を開ける様に言った。
それにしても何でこんなに不機嫌なんだろう?
カリーナさんは空間収納から一本の短剣を取り出す。
「はい、これで良いでしょ?」
「少々、お待ち下さい。確認を取りますので……」
警備の人が確認を取ろうとするとカリーナさんは門の前に立った。
「自分の家なのに何で待たなければいけないのよ」
そうしてカリーナさんは足を上げた。
それに足に魔力が集まっている。
凄く嫌な予感がする。
「な、何を!?」
警備の人が近寄ろうとした瞬間、カリーナさんは門を前蹴りで思い切り蹴飛ばした。
轟音と共に門の扉が破壊される。
「おい、お前、何をしてるんだ!?他の警備を呼べ!!」
警備の人は襲撃と思い、応援を呼ぶ。
私とリリィはカリーナさんの行動に開いた口が閉まらない。
「さ、ジャンヌ、リリィ、行くわよ」
警備の人なんか全く気にも留めないカリーナさん。
流石に不味い様な……。
門の内側にある詰所から警備の人がたくさん集まってくる。
それと同時にこの騒ぎを聞きつけて奥から一人のエルフが走ってくる。
「何の騒ぎだ!」
「エルク様!この女が門を蹴破って……」
エルクと呼ばれた人はカリーナさんを見て血の気が引いた様に顔を青くした。
「あら、エルクじゃない。私が家に帰ってきたのにこんな門の外で待たされなければいけないのかしら?」
「は、母上!?大変申し訳ありません!!」
エルクさんはこれでもかと言わんばかりに深く頭を下げる。
そうするとこの人がカリーナさんの息子さんなんだ。
警備の人達はカリーナさんがエルクさんの母親と知って真っ青になっている。
これでも元侯爵なのだから。
「お客さんもいるんだから早く案内しなさい」
「はい!母上は私が案内するから警備はこの門の修繕をしろ!」
エルクさんが警備の人に指示を出す。
「さ、母上とお客人の方々、遠路遥々よくぞお越し下さいました。どうぞこちらへ」
エルクさんに促され私とリリィはおっかなびっくりしながら着いていく。
カリーナさんだけは普通に進んでいく。
と言うかエルクさんって、カリーナさんの息子さんだから現侯爵様の筈なんだけど……。
「あの……母上、前に帰ってきたのが三十年も前なのでそこを考慮して頂きたいのですが……」
「自宅で遠慮するなんて嫌よ。警備にエルフを何人か雇えば良いじゃない」
「そう簡単に言われても……」
エルクさんはカリーナさんの要求に完全に困った顔をしている。
何かエルクさんが気の毒に思えてきた。
「それに前に帰ってきた時も同じ様にされていたじゃないですか……」
本当に気の毒だ。
カリーナさんはきっと前の事を覚えていたから機嫌が悪かったのかな?
「そんな事もあったわね。今日はエルクだけかしら?」
「みんな集まってますよ。特に娘のミーシャはお客人の方と同様に来年から上級学校に行くのでお友達が出来ると言って喜んでいますから」
「あらあら、ジャンヌとリリィには仲良くしてもらいたいわ」
屋敷へ向う道中はカリーナさんとエルクさんが話しに花を咲かせていたので私とリリィは大人しくしていた。
それにしてもこのお屋敷はとんでもなく広い。
門からお屋敷まで歩いて十分も掛かるのだ。
ここに泊まるのかと思うとちょっと引いてしまう。
リリィに至っては借りてきた猫の様に小さくなっている。
「さぁ、みなさん、こちらへどうぞ」




