02:神との邂逅
「…………い」
「………なさい」
「起きなさい。我が子よ」
私を呼び掛ける声が聞こえた。
まるで母の様な優しい声だった。
それに反応するかの様に眼を開く。
映るは白い空間。
遮る物も無く永遠に続くかの様な……
ここはどこだろうか?
火に焼かれた私は死んだはず。
何故、意識がある?
「起きたのですね。我が子よ」
身体を起こし、声の主を探す。
そこには一人の女性が立っていた。
澄んだ空の様な蒼く長い髪、純白の羽衣を見に纏う姿は神々しく、美しく、まるで神話に出て来る女神の様だった。
彼女はまるで我が子の様に慈しむ母の様な表情をしていた。
「あなたは……誰?」
私の問いに彼女は優しい表情のまま応える。
「私は世界を管理する神の一柱、アルスメリア」
世界を……管理する……神⁉︎
何故……私の目の前に神が?
この世に本当に神がいた?
唐突な応えに頭が混乱する。
「愛しい我が子、ジャンヌ・ダルク」
女神アルスメリアは私の名を呼ぶ。
その表情には憂いが見て取れた。
「私はあなたを救う事が出来ませんでした」
私は救われる存在だったのか?
異端の魔女と呼ばれた私が……
「あの酷い結末を避ける事が出来ませんでした」
地獄の業火とも思えるあの火刑を思い出し、身を震わす。
その言葉に私自身、ジャンヌ・ダルクの死を感じた。
「あなたは他の子と違い、非常に大きな魂を持っています」
魂の大きさ……
「魂の大きさは大なり小なり個人差はありますが、大き過ぎる魂は他の魂に大きな影響を与えしまいます。それが良い影響をだけなら問題はありませんが、魂を歪めてしまう事もあるのです」
私の魂が大きいと言われてもピンと来ない。
寧ろ醜く足掻いても何も出来ない小さな存在だと思った。
「私は歪んだ魂からあなたを救うべく、我が声であなたを導こうとしました」
あの声はやはり神の声で間違いなかった。
「歪みは大きく、私の声の導きだけではあなたを救えませんでした。神々の手違いで苦しみ魂を見捨てる事が出来ず、あなたをこの場に呼んだのです」
神々の手違いとは一体、どう言う事だろうか?
「アルスメリア様、手違いとは何があったのでしょうか?」
「本来ならあなたは戦場に出ず、極々平凡な農民の娘と生涯を終える小さな魂の予定でした。しかし、あなたが生を受ける時に神々の中で一つの事故が起こりました」
平凡な農民と言う言葉に両親、兄、妹の顔を思い浮かべる。
無事に生きているだろうか……
「とある神の眷属が謀叛を起こしたのです」
神々も人と一緒で諍いがあるのか。
何処か冷めた感じで受け止めてしまった。
「その眷属は自らの主に不満を持ち、人々の魂を自らに取り込み、主を滅ぼそうとしました。しかし、それを察知した他の神々によって阻止され、その眷属は滅ぼされました。そこでイレギュラーが起こりました」
イレギュラー?
「その眷属が滅びる時に、その眷属魂と眷属が取り込む予定の魂が一つの魂に取り込まれてしまったのです」
「それが……私なのですか?」
「その通りです。しかし、その魂の大きさは人と言う器に収まり切りませんでした。器が小さ過ぎる余り、周囲への影響も大きく、私でもどうしようもありませんでした」
アルスメリア様は目を瞑り、嘆息した。
「神々の手違いで不幸な結末を迎えるのは神々の本意ではありません。我々の可能な限り救いを与えたいと思っています」
死んでしまった私にどの様な救いがあるのだろうか?
「新たな世界に転生し、新たな人生を歩んでみませんか?」
転生?
新たな人生?
そんな事出来るのだろうか?
普通に歩める人生ならもう一度やり直したい。
もっと両親や兄、妹と一緒に居たかった。
恋をしたり、結婚をして子供を産んで新たな家族を作りたかった。
やりたい事なんて幾らでもある。
ふと一つの言葉が引っ掛かった。
新たな世界。
「新たな世界とはどの様な世界でしょうか?未来に産まれ変わると言う事でしょうか?」
「あなたの生きていた世界とは別の私が管理する世界です。あの世界に転生させる事は可能なのですが、魂の大きさに見合った器が無く、無理に転生して同じ様な結末を迎えてしまう可能性があります。その為、あなたの魂に見合った大きさの器がある世界への転生となります」
あの様な結末をもう一度繰り返すのは嫌だ。
でも新たな世界とはどの様な世界なのだろうか?
私が生きた世界と何が違うのか?
「アルスメリア様が管理する別の世界とはどの様な世界なのでしょうか?」
「名をヴァース、人だけではなく色んな種族が生きる為に多様性に富み、多種多様な文化がある世界です。文明としてはあなたの居た時代より少し進んでいるので新鮮でしょう」
色んな種族の意味が分からず聞くとその世界には人と似た長命な種族、獣の一部を成した種族があるらしい。
更にその世界には魔法という物が存在する。
当たり前の様に生活の中で魔法を使うそうだ。
私の世界で魔法はお伽話の中でしか無い。
魔女は居たとされてはいるが、本当に居るのか疑わしい。
「ちなみに私が産まれ変わる器とはどの様な形になりますか?」
「あなたの器は既に私の方で準備済みです。今、お見せしましょう」
アルスメリア様が手をかざす。
目の前に眩い光の柱が現れる。
光が収まるとそこには一人の少女の身体が浮かんでいた。
それを見た私は絶句する。
…………。
「これが新たなあなたの器です」
アルスメリア様は目の前に浮かぶ少女の身体を私の新たな器と言った。
少女の顔は私がまだ14歳頃の顔と同じで、体型もその年代なら妥当な感じであった。
正直、若返った事以外は生前と変わらない。
種族的特徴とでも言うのだろうか?
私が絶句したのはその種族的特徴の部分だった。
---頭部から生える山羊の様な角。
---背には艶かしい輝きを持つ黒き羽
---尻には爬虫類の様な黒き尾
まるでお伽話に出て来る悪魔である。
それが自分の顔した少女の身体に備わっていた。
「…………」
新たな器への衝撃に言葉が出ない。
「驚くのは無理もありません。この種族は魔皇族と言い、あなたの世界では悪に導く悪魔と同じ姿形ですが、ヴァースではその様な事はありません。魔力、肉体共に能力に恵まれている種族の為、不便な事は無いでしょう。正直な所を言うと、あなたの魂は我々、神々には届かずとも、我が眷属を凌駕する大きさの為、魔皇族以外の器では小さ過ぎるのです」
この姿形をした私を見たら両親は泣くと思う。
結婚して子供を産んでいない私が言うのはあれだが、いくら行く先の世界ではそうでなくても、自分の子供が前世の悪魔の姿形になったら相当ショックだ。
「私の出来る範囲で加護や能力に関しては多めに与えてあります。魔皇族は眼に特殊な力を宿しており、ヴァースでは魔眼と呼びます」
魔眼。
眼に宿る特殊能力。
見た相手の動きを止める、目に見えない物を見る、感情を見る、目に見えない範囲を見る等、色々あるらしい。
凄い能力である。
「ヴァースに行く際には不便の無い様に必要な物も与えます。新たな世界で人ではありませんが、新たな人生を歩んでみませんか?」
アルスメリア様の言葉に私は迷う。
姿形を除けば非常に好条件だ。
寧ろ与えられた能力を持て余しそう。
死ぬ前に出来なかった事が出来るかもしれない。
そう思うと多少、姿形が変わっても良いかもしれない。
前世では悪魔の様な姿形でも向こうでは悪魔ではないなら問題無いだろう。
それにここまでしてもらって断るのは申し訳無い。
「アルスメリア様、私に新たな道を歩ませてください」
私はヴァースで新たな人生を歩んで行く事を決めた。
私の言葉にアルスメリア様は嬉しそうに微笑んだ。
「まずあなたの魂を器に移しましょう。ジャンヌ、こちらに来なさい」
アルスメリア様の前に立つと私の身体が光りに包まれた---
---気が付くと新たな器に収まっていた。
眼を開けると以前より少し低い視線になっている。
「新しい器の具合はどうでしょう?」
軽く身体を動かしてみる。
生前より子供の身体の為、多少、違和感はあるが問題は無いだろう。
手を頭にやると角がある。
少しゴツゴツしてるし、帽子とか被れないと思った。
背中に意識を持っていくと羽根がパタパタと動く。
尾も羽根と同じ様に動かす事が出来たが、今までに無い部分なので慣れるには時間が掛かるかもしれない。
「慣れない所はありますが、この身体なら大丈夫だと思います」
「それは良かったです。ヴァースに行くのに私から幾つか授けたい物があります」
私の身体が光りに包まれると同時に服を着せられた。
簡単な装飾がされたシャツにプリーツスカート、膝丈のロングブーツ、上から黒のコート。
意外とお洒落な感じの服かも。
それにちょっとカッコイイし、羽根と尾があっても邪魔にならない様になっているのは助かる。
「耐久性のある自浄効果が付与された服なので暫くは大丈夫でしょう。以前はお洒落とか出来なかったと思いますので少しお洒落な感じにしてみました」
自浄効果付与は便利で嬉しい。
戦で長い間、同じ服を着なければならない時は本当に辛かった。
「自己防衛の為にこちらの武器も授けます」
虚空から白銀の長剣、黒い管槍現れる。
私が使っていた剣と槍に似ている。
「あなたの生前に使用していた物を参考に私の加護を与えてあります。特殊な効果はありませんが余程の事が無い限り壊れません」
わざわざ合わせてくれたのは嬉しい。
手に取るとすんなり手に馴染む感じがする。
ふと右手の中指に指輪がある事に気が付く。
この指輪は?
「その指輪は亜空間に物を収容出来る能力を付与してあります。念じるだけで必要な物を出し入れ出来ます。向こうで必要になりそうなお金や簡単な生活用品も入れてあるのですぐに困る事は無いでしょう」
何か色々と致せり尽くせりで申し訳無くなってくる。
そんな私が申し訳無さそうな顔をしているとアルスメリア様が言った。
「あなたが気にする必要はありません。これは私から幾許かの罪滅ぼしなのです。長い人生、大変な事はたくさんありますが、せめて新たな旅立ちぐらいは楽をさせてあげたいのです」
なんて優しい方なのだろうか。
「アルスメリア様、何から何まで本当に有難う御座います。私が向こうでやらなければいけない使命とかありますか?」
「あなたに与える使命はありません。強いて言うならば自由に生きて、その人生を謳歌しなさい。私はあなたの幸福を望みます」
向こうの世界ではどの様に生きていくかはまだ分からない。
理不尽な結末だった。
前の人生より良い結末を迎える人生にしたい。
「あなたをこれからヴァースにあるカラル王国にある都市、アングレナ近郊に転送します。アングレナは貿易の要所となる交易が盛んな都市で多種多様な種族が住んでいるので、あなたのその姿形でも受け入れられるでしょう。心の準備は宜しいでしょうか?」
私は無言で頷く。
「宜しい。それでは転送します」
足元に魔法陣が展開される。
魔法陣が発光し、鳴動する。
光の柱が私を飲み込む。
「ジャンヌ。あなたの行く先に幸があらん事を。行ってらっしゃい」
これから私は新しい世界で生きていく。