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18:カリーナ・モートス

 宴会が進むにつれ、ガードナーさんとミアータさんが完全に酔い潰れてしまいお店でそのまま泊まっていく事になった。

 とは言ってもそのまま宴会の部屋に毛布を掛けて寝かしておくだけなのだが。

 カリーナさんは誰よりもよく飲んでいた筈なのだが普通にお茶を飲んで寛いでいる。

 リリィとブレンダさんは旦那さんを家に残しているみたいなので帰っていった。

 私は宴会の片付けをしている。

 片付けと言っても二階の宴会していた部屋から皿やグラスを引き上げて洗い物をするだけだ。

 部屋の片付けは明日だ。

 そんな訳で手早く食器を洗って片付けてしまう。


「カリーナさん、終わりました」


「ありがと、お茶を淹れておいたわ」


 私はリビングの椅子に腰を掛け、お茶を飲んで一息吐く。


「今まで黙っていてごめんなさい」


 カリーナさんが神妙な顔で頭を下げた。

 今日の昼間の事だ。


「本当は学校に入る前ぐらいに教えるつもりだったんだけど、そんなに拒絶されるとは思わなくて……」


「そんなつもりは無かったんですが……」


 カリーナさんを拒絶したつもりは無かった。

 私も一時、貴族だったが、権力と言う物が怖かった。


「あの……何故、私を知っているんですか?」


 あの時カリーナさんは『凄く辛かったのね。知っているわ』と言ったのだ。

 私はこっちの世界の者では無いのにだ。


「信じられないかもしれないけど、私はジャンヌと同じ世界の人間だったの」


 同じ世界の人間?

 私がいる事を考えれば可能性はあるのか?


「ジャンヌと同じ転生してこっちの世界に来たのよ」


 カリーナさんの言葉に開いた口が塞がらない。


「驚くのも無理は無いわ。でもジャンヌも一緒でしょ?」


 この問いを誤魔化す事は出来ない。


「はい……」


「私も転生する時に女神アルスメリア様に会っているのよ」


 私と一緒だ。


「私は記憶を引き継いで転生する条件としてあなたがこっちの世界に来たら保護をする約束をしたのよ。可笑しいと思わなかった?あなたが来てすぐに私が来た事に」


 言われてみれば可笑しな話だ。

 こっちに転生してすぐに私と出会っているのだ。

 それもあんな森の中でだ。

 偶然にしては出来過ぎている。


「事前に神託で知っていたのよ。あの時間にあなたが来る事を。アルスメリア様も過保護よね。二日酔いの朝から神託で叩き起こしてずっと私を急かすんだから」


 そう笑いながらカリーナさんは肩を竦める。


「あなたを知っているのは私があなたが死んでから六百年後の人間だからよ」


 カリーナさんが私が死んでから六百年も経った後の人?

 頭がどんどん混乱してきた。


「学校であなたの事を歴史で学ぶのよ」


 え!?

 私はそんなに未来に悪名を轟かせたのだろうか?

 そう思うと身体が震える。


「ちょっと!?顔が真っ青じゃない!あ、もしかして!?」


 カリーナさんは私の顔を見て慌てた様子だ。


「ジャンヌは罪人とかにはなってないわよ!ちゃんとあなたの死後に無罪は証明されたから!よくよく考えたら死後どうなったか本人は知る筈無いわね。私が迂闊だったわ」


 私が……無罪……?


「ほん……とうに……?」


 カリーナさんの言葉に涙が溢れてきた。


「本当よ!大分先だけどジャンヌはバチカンで列聖もされたのよ!」


 涙が止まらなかった。

 私は魔女でも異端でも無かった。

 後世になってそれがちゃんと証明された事に胸の枷が取れた気がした。

 カリーナさんが私をソファーまで連れて行き、私に寄り添いながら抱きしめてくれた。

 私は堰が破れた様にただただ子供の様に泣きじゃくった。

 ルーアン城に監禁されている時でもこんなに泣いた事はなかった。

 これでもかと泣いたら少し落ち着いてきた。

 カリーナさんは私の頭を優しく撫でる。


「何か私の孫みたいね」


「……カリーナさんは孫がいるんですか?」


 エルフは長命だし、三百歳近いとも言っていた。


「転生する前に孫が三人いてね。長男の子供がジャンヌと年が近かったから。少しジャンヌが知らない後世を語っておこうかしら」


 カリーナさんは私について後世でどうなったのかを説明したくれた。

 私の死後、祖国フランスとイングランドとの戦争が続いていたが、イングランドが劣勢になり撤退した事により集結した。

 戦争終結後に私の母であるイザベルらによって復権裁判が行われた。

 様々な調査により異端審問を主導したピエール・コーションが被せた冤罪だと言う事が明らかになった。

 そして私の有罪判決が覆り、無罪が宣告された。

 更に五百年後にバチカンで私が列聖され、聖人となったとの事だった。


「私が聖人ですか?幾つかの戦に勝った農家の小娘ですよ?」


 聖人扱いは凄くむず痒い感じがした。


「有名よ。フランス以外でもジャンヌ・ダルクと言えば女性の聖人で言えばマルタ並みに知名度を誇っているわよ。聖処女やオルレアンの乙女と言われ崇拝されてるぐらいよ」


 聖処女や乙女と呼ばれるのは些か誇張しすぎな気がする。

 よくお転婆と言われて近所の人に怒られていたし。


「あなたの故郷のドンレミがドンレミ=ラ=ピュセルに名前が変わるぐらい影響が大きいのよ」


 何か妙に恥ずかしくなってきた。

 自分が美化されすぎて別の意味で辛い……。


「……何か自分の死んだ後を聞くのって、結構恥ずかしいですね。でも家族が信じてくれていたのはとても嬉しかったです」


「そうね……。私の事もちゃんと話しておかないとね。」


 カリーナさんは優しい顔のまま語り始めた。


「前世はジャンヌのいるフランスから遥か東にある国で生まれたの。私はそこで医者をやっていて、医者なのにちょっと不摂生が祟って病気で死んじゃったのよね」


 医者が不摂生とかどんな生活をしていたのだろうか?


「転生して見た目通りエルフに生まれ変わったわ。三十歳で里を出て、百歳ぐらいの時に王都アルンハムに住み始めて、ここと同じ様に薬師として働いていたの。そんな中でカラル王国内で疫病が蔓延し始めた。ただその病気は前世で対処方法を私は知っていた。疫病を薬で治療していった私は医療にで多大な貢献をした事で医爵と言う爵位を賜る事になったの。それから薬の開発で貢献して侯爵まで陞爵したわ。領地は持ってないけどね」


 人を救って侯爵になったカリーナさんは凄い。


「で、今は侯爵の地位を息子に譲ってアングレナでまったり隠居生活してるの」


 元侯爵とは恐れ入りました。

 私自身も戦の功績で貴族にはなったけど、戦ばかりで貴族らしい事は何もしなかった気がする。


「本当に黙っていてごめんなさい」


「良いんですよ。私も自分の事を話すべきだったのに……」


「無理しちゃダメよ。昔は昔、今は今なんだから」


 少しカリーナさんと母親が重なって見えた。


「さ、今日は寝ましょう。疲れたでしょ?」


 そう言ってカリーナさんに促され寝室に戻った。

 ベッドで転がりながら今日のカリーナさんとの話を思い返していた。

 カリーナさんが同じ世界の人間と言う事を聞いて何処か安心を覚えた。

 自分が無罪だった事も嬉しかった。

 あの光景は忘れられないが、それでも心が軽くなったと思う。

 そう胸に想いながら眠りに着いた。




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