15:モーラスロッククラブ
森を暫く歩くとモーラス川の中流域に着いた。
モーラス川はルーエン山脈の一峰、ドルン山を源流とし、この地を豊かにしている一つの要素だ。
しかし、そんなモーラス川だが現在、とんでもない状態になっていた。
ジャンヌは川の光景を目にして一歩、後退る。
川には蟹、蟹、蟹と大小無数の赤い蟹で埋め尽くされているのだから。
「な、何ですか……あれ?」
その光景に唖然としながら僅かながら質問をする。
「あー、ジャンヌは初めてだったか?あの蟹全てモーラスロッククラブだ。アングレナ初夏の名物、紅蟹の川流しさ」
ガードナーさんは川流しと言ったが、川流しとかそんな可愛いレベルでは無いと思う。
この量は普通じゃない。
「この様子だと今年は当たり年だな」
「えぇ、その様ね。これだとキングがかなりの数いるんじゃない?」
後で聞いたが当り年はキングの数が多い年の事を言うらしい。
「まだ川に下りずに少し上流に行く。そこに巣がある可能性が高い」
ガードナーさんの指示に従い上流を目指す。
モーラスロッククラブに埋め尽くされた川は正直、ちょっと気持ち悪かった。
大量の赤い物体が蠢く光景は夢に出たら魘されそうだ。
暫く進むとガードナーさんが無言で止まる指示を出す。
ガードナーさんが川の方を指す。
そこを見ると川岸に自分の二倍の背丈もあるモーラスロッククラブがいた。
私とリリィは余りの大きさに固まってしまった。
ホーンベアなんか可愛く見える。
「あれはデカ過ぎだ。カリーナの魔法で小さいのを川岸から吹き飛ばす。前衛は俺とジャンヌで左右のハサミを抑えながら急所である腹の境目を狙って攻撃だ。カリーナは後方支援。すまねぇがリリィはダメだった時に備えて下流側で中ぐらいのヤツを仕留めてくれ。あのデカブツは危険過ぎる」
ガードナーさんは小声で私達に指示を出す。
リリィは特に不満な顔はせずに頷いた。
彼女には申し訳ないが戦力にするには厳しい。
本人もそれを充分、理解している。
前衛を任されたがまともにぶつかるのは危険だ。
今回は全力で力を使おう。
あれを相手に様子見は命取りだ。
鞘からロングソードを抜き、指輪の収納からショートスピアを取り出し、いつでも戦える体勢に構える。
ガードナーさんも背負ったバスタードソードを抜き、準備は終わっている様だ。
後はカリーナさんの魔法に合わせるだけだ。
カリーナさんの視線での合図に私とガードナーさんは頷いて返す。
カリーナさんが手を軽く合わせ、手の間に風が集まってくる。
「風撃、拡散」
カリーナさんから放たれた風は川岸に集まっていたモーラスロッククラブに直撃し、風が巻き起こり小さい個体を吹き飛ばす。
今のは風属性の二級魔法で難易度の低い魔法だが、カリーナさんは応用で威力を上げ、着弾時に風を巻き上げる効果を付与しているらしい。
通常の風撃は風の塊をぶつけるだけだ。
因みに魔法は修得しやすい様に初級から十級まで分けられている。
私の虚無属性みたいなマイナー属性は研究が進んでいない為、分けられていない。
カリーナさんの魔法で吹き飛ばされたのを確認し、私とガードナーさんはモーラスロッククラブキングに一気に向かって駆け出す。
向こうもこちらに気付き、ハサミを振り上げ威嚇してくる。
私が右、左にガードナーさんが対応する形になった。
モーラスロッククラブキングを相手にする上で一番気を付けなければいけないのがハサミだ。
あれに挟まれた日には身体が真っ二つだ。
振り下ろされるハサミをショートスピアで力の方向を変えて受け流す。
「ハッ!」
が、二番目の脚が襲ってくる。
後ろに飛んで脚を躱す。
すかさず前に出るがハサミと脚に阻まれる。
ガードナーさんもハサミと脚の連携に攻めあぐねている。
「風撃、炸裂!」
カリーナさんの放った風の塊が激しい音と共にモーラスロッククラブキングの左右の目の間に炸裂する。
魔法の衝撃で身体が起き上がる。
その隙にガードナーさんが腹部の隙間を全力で突く。
「オラァ!」
モーラスロッククラブキングも脚を振り下ろす。
その攻撃により突きが僅かに逸れて隙間では無い所で弾かれる。
「チッ!腹でも硬いな」
私の方に来る脚を力を目一杯込めて弾き返し、ショートスピアで腹の隙間を突く。
鈍い音て共にショートスピアが突き刺さる。
「ハァァァッ!」
力を更に込めて奥まで押し込む。
その痛みでモーラスロッククラブキングが暴れてハサミと脚を振り回す。
「くっ!?」
一旦、後ろに下がる為に刺さったショートスピアを抜こうとするが抜けなかった。
「ジャンヌ!?横!!」
カリーナさんの声に反応して槍を離して後ろに跳ぶ。
刹那、目の前をハサミの横薙ぎが通り過ぎる。
今のは危なかった。
「風撃、炸裂散弾!」
私とガードナーさんが離れたタイミングでカリーナさんからいくつもの風の炸裂弾が放たれる。
轟音と共にモーラスロッククラブキングの動きが僅かに動きを止めた。
ガードナーさんはその隙を逃さず私のショートスピアが刺さっている反対側の隙間に突きを放つ。
今度はしっかり刺さった様だ。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
突き刺したバスタードソードを利用して梃子の原理で腹をこじ開け様としてるのか!?
モーラスロッククラブキングの腹部から鈍い音が響く。
でもこのままでは足りない。
「カリーナさん!フォローお願いします!」
さっき抜き損ねたショートスピアを掴み、ガードナーさんと同じ様に全力で腹を開く方向に力を入れる。
「あぁぁぁぁっ!!」
私とガードナーさんの二人の力で軋む様な音が周囲に響く。
モーラスロッククラブキングも苦しげに踠く。
「風撃!」
ハサミと脚はカリーナさんの魔法で牽制され攻撃を阻む。
私とガードナーさんに当たらない様に微調整されている。
私は更に力を入れる。
ガードナーさんもそれに合わせる様に力を込める。
「あぁぁぁぁぁっ!!」
「うぉぉぉぉぉっ!!」
断続的に響く軋む音の感覚が短くなっていく。
持っているショートスピアの感覚がふと軽くなる。
その瞬間、腹部の三角形になっている箇所がガバッと開いた。
モーラスロッククラブキングが踠きながらひっくり返る。
「オラァ!」
ガードナーさんが腹の中心にバスタードソードを突き刺す。
モーラスロッククラブキングの踠いていた脚の動きが止まる。
「何とか仕留めたな。流石にキツイな……」
急所からバスタードソードを抜き、息を吐いて、こちらに来る。
カリーナさんも後ろで蟹拾いに集中していたリリィも集まってくる。
「今回のキングは超大物ね」
カリーナさんは倒したモーラスロッククラブキングを見ながら言った。
「近くで見ると凄いね……」
この大きさにリリィは驚きを隠せない。
「ジャンヌ、これ収納出来るかしら?」
「はい。大丈夫ですよ」
モーラスロッククラブキングに手を翳すと指輪の収納に収まる。
「ジャンヌ、収納まで持ってんのか?それでコイツと相対出来るなら余裕でAランクやれるだろ?」
ガードナーさんの評価は嬉しいが変に注目はされたくない。
「あんまりジャンヌに無理言わないの。リリィちゃんはどんな感じ?」
キングはギルドに買い取りに出すので晩御飯用はリリィが獲った分だ。
リリィは籠を置き、蓋を開ける。
「結構、たくさん獲れましたけど、どうでしょうか?」
籠の中を覗くと腰ぐらいの大きさのが二匹、膝ぐらいまでの大きさが十匹程だ。
「これだけあれば宴会には充分ね。ガードナーはどうする?私達はブレンダも呼んでウチの店で宴会をする予定だけど。」
「お!マジか!?俺も混ざるわ」
和かな笑顔でガードナーさんは頷いた。
「それじゃ戻って宴会だな」




