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14:頭に過ぎる光景

 お店に戻って作業場を覗くとカリーナさんはいなかった。


「作業場にいないとなるとリビングかな?」


 リビングに入るとソファーでカリーナさんが爆睡していた。

 流石にお腹丸出しは風邪を引きそうだ。

 二階から毛布を持ってきて寝ているカリーナさんに掛ける。

 ソファーの側のテーブルを見ると空の酒瓶が二本が置いてある。

 何か苛々するとたくさんお酒を飲んで忘れようとする。

 カリーナさんは最近、私がいる事に慣れてきたのか、かなり素が出る様になってきた。

 普段はしゃんとしていて良いお姉さんっぽいのだが、家で気を抜くと凄く親父臭いのだ。

 寝ている姿もそうだがお酒は瓶のままラッパ飲み。


「洗い物が溜まってますね。片付けてしまいましょう」


 酒瓶や皿を台所の流しまで持っていき洗ってしまう。

 最近は家事も洗い物や洗濯、掃除は分担で私がする様になった。

 料理はカリーナさんが作る方が美味しいのでお任せになっている。

 料理が出来ない訳では無いが、料理のバリエーションが非常に多く、調味料やスパイスの使い方が抜群に上手い。

 一人でいる時に色々試しているがカリーナさんにはまだまだ及ばない。


「んっ……」


 どうやら目が覚めた様だ。


「お水です」


 コップに水を注ぎ、カリーナさんに渡す。


「ありがとう」


 水を一息で飲む。


「何かあったのですか?」


「まぁね。ちょっと面倒なのが来て追っ払っただけなんだけどね」


 彼女は溜め息を吐いてソファーに背を預ける。

 私は食卓の椅子に腰を掛ける。


「たまに来るだけだから気にしなくていいわよ。別に今に始まった事でも無いわ。何か良い依頼はあった?」


「モーラスロッククラブの捕獲の依頼を受ける事にしました。今が旬で美味しいみたいなので」


「もうそんな季節なのね。今回は一緒に行くわ」


 カリーナさんが同行するのは珍しい。


「折角だから大物を狙いたいのよ。焼いて良し、鍋にしても良し。蟹は好きなの」


 美味しい物が食べたいだけだった。

 私も一緒なんだけど。


「産卵期の予測は聞いた?」


「はい。ギルドの予測では明後日と聞いています」


「じゃあ、明後日は宜しく」


「はい」


 カリーナさんと話をして美味しい蟹への期待は膨らんだ。




 二日後、ギルドの予測通り、モーラスロッククラブの産卵期は的中した。

 私とリリィとカリーナさんとガードナーさんの四人で南の森からモーラス川の上流に向かい進んでいた。

 何故ガードナーさんが一緒かと言うと、カリーナさんが大物を狙うなら少しでも戦力がいた方が良い、と言う事で誘った様だ。

 急遽、カリーナさんとガードナーさんを加えた臨時パーティーの結成となった。

 先頭にガードナーさん真ん中にカリーナさんとリリィ、殿を私が務める事になった。


「何だか懐かしいな」


 周囲を警戒しながらガードナーさんが呟く。


「そうね」


 何処か懐かしむかの様にカリーナさんは頷く。


「カリーナさんもガードナーさんもどうしたんですか?」


 リリィは二人の様子に不思議そうに尋ねる。


「昔にカリーナとパーティーを組んでいて、久しぶりだからちょっと懐かしんだたけだ」


「私がアングレナに住み始めた頃ね」


 ギルドでのやり取りから付き合いは長そうとは思ったが、同じパーティーなら納得だ。


「二人は付き合ってたんですかー?」


 リリィはど直球に聞く。

 気になっても聞かないものだと思うけど。


「残念だがそれは無いな。そもそもカリーナには子供がいるしな」


 ガードナーさんはキッパリと否定した。

 カリーナさんに子供がいるのは知らなかった。

 ガードナーさんの否定に肩を竦めるカリーナさん。


「別に気にしなくて良いわよ。旦那はもう百年前に天寿を全うしてるんだから。こっちに来てから子供とは会ってないし」


 カリーナさん三百年近く生きてるから、よくよく考えれば子供の一人や二人いてもおかしくは無い。


「それ以前にたかだか冒険者と公爵様じゃ無理だろ」


 公爵様?


「カリーナさん……貴族なんですか?」


 パーティーの歩みが止まり、私は一歩後ろに引く。


「何でここで言うのかしら……この男は……。だから結婚出来ないのよ。もう息子に引き継いでるから元よ」


 貴族と言う言葉に身体が震える。

 正しくは貴族が持つ権威に反応した。

 権威による暴力は身を以て知っている。

 尋問、処刑の光景が頭に過ぎる。


「ジャンヌ?顔が真っ青よ。大丈夫?」


 カリーナさんが私の異変に気付き私の方に歩み寄る。

 私の身体は何かを恐れる様に無意識に距離を取る。


「おい、ジャンヌ。大丈夫か?」


「ジャンヌ、どうしたの?」


 ガードナーさんとリリィも私の様子に心配そうに声を掛ける。

 身体の震えが止まらない。

 寒くはない。

 錯覚だろうか。

 火に囲まれた様な熱さを感じる。

 火に架けられる光景が頭の中でひたすら繰り返し再生される。

 身体中の汗が止まらない。

 自分の周りが火に囲まれたいるに感じる。


「大丈夫よ。ジャンヌ」


 カリーナさんが優しく私を優しく抱きしめる。

 身体の震えが少しずつ収まり、熱さも引いていく。


「落ち着いて」


 何処か子供をあやす様な優しい感じで少しずつ落ち着きを取り戻していく。


「あ、あの……」


 どうしたら良いか分からない。


「落ち着いてきたみたいね」


 カリーナさんが私の頭を撫でる。

 まるで母親の様に。


「少し休憩にしましょう?」


 カリーナさんのその言葉にガードナーさんとリリィが頷く。

 私はカリーナさんと一緒に近くの木を背に座り込む。

 周囲の警戒はガードナーさんとリリィがやってくれる様だ。

 迷惑を掛けて申し訳ない気分だ。


「ごめんなさい。先に言っておくべきだったわね……」


 カリーナさんが頭を下げる。


「家に帰ったら私の話、聞いてくれるかしら?」


 恐らくここでは話しにくい事もあるのだろう。


「はい。こちらこそすみません。取り乱してしまって……」


 唐突に過去を思い出して取り乱してしまった事の申し訳ない気持ちで一杯だった。


「気にしないで。話さなかった私も悪いし……はい」


「有難うございます」


 カリーナさんから水筒を渡され一口。

 水を飲むと少し心が落ち着いた。


「私……昔、酷い扱いをされていた事があるんです……」


 全てを伝える事は出来ないけど、可能な限り自分について伝えてみようと思った。


「その時は物凄く辛くて、政治上、邪魔な私に無い罪で……」


 話す声が震える。

 怖い。

 思い出すだけで怖い。

 横に座るカリーナさんの腕がそっと私を抱きしめる。


「凄く辛かったのね。知っているわ」


 カリーナさんの一言に目が見開く。

 今、何て言った?

 私を知っている?


「それを含めて家で話を聞いて欲しいの。正直、どのタイミングで話をしたら良いか分からなくて」


 頭の中は何故、カリーナさんが私の事を知っているのか、その事で一杯になっている。


「何で、何で私を知っているんですか?」


 カリーナさんは申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんなさい。ここでは答えられないわ。ジャンヌには教えるけど、あっちの二人には教える事は出来ないわ。」


 周りに聞こえない様にカリーナさんは小声で言った。


「家に帰ったらちゃんと話すから待ってもらえないかしら?多分、ジャンヌも他の人に聞かれたくない事もあると思うから……」


 そう言う風に言われると断り辛い。

 私を知っている、となるて迂闊に他の人に聞かれるのは不安がある。


「分かりました」


 私は素直に了承した。


「もし辛いなら今日は引き返す?無理に今日、やらなくても明日でも問題無いから」


「いえ、大丈夫です。ここまで来ましたし、蟹が食べたいです」


「そうね。もう少し休んだら行きましょうか。川はもう近いから」


「はい」


 私が笑顔で返すとカリーナさんも微笑んだ。

 取り敢えず、頭を切り替えて行こう。

 見張りをしてくれていたガードナーさんがこちらに来た。


「落ち着いてみたいだな。どうする?」


「ジャンヌなら大丈夫よ」

 

 私の代わりにカリーナさんが応えた。


「それなら行くとするか。さっき川を覗いたら大きめのヤツがチラホラいたから巣が近くにある可能性が高い」


 私が休んでいる間にガードナーさんは先を確認してくれていた。

 申し訳なさ一杯で隠れる場所があれば隠れたい。


「あれなら今日は蟹パーティーだな」


 和かに言うガードナーさんだった。

 私とカリーナさんは立ち上がる。

 ほんの少し先で見張りをしているリリィの方に歩いていく。


「リリィ、ごめんね。迷惑掛けて……」


「気にしなくていいよー」


 明るく笑って返すリリィ。

 私も笑顔で返す。

 そこからモーラスロッククラブの待つ川へ向かった。

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