12:手加減はちゃんとします
修練場に入るとケインは訓練用の武器を携え待機していた。
彼は既に準備万端の様だ。
入ってきた私を睨んでいる。
正直、あんまり手加減をする気にはなれない。
一度、痛い目を見てしっかり反省してもらいたい。
思いの外、リリィが傷付けられる事に怒っている。
昨日、初めて会ったリリィに心を許している。
村を出てから仲間はいたが友達と呼べる様な人はいなかった。
リリィとはそんな関係になれそうだと思った。
握る拳に力が入る。
「少しは手加減はしてやれよ」
ガードナーさんが小声で私だけに聞こえる様に言った。
「善処します」
ガードナーさんは頭に手をやった。
私は一昨日の模擬戦と同様にロングソードとショートスピアを手に取り、ケインに向き合う。
「今更、手加減なんてしないからな!」
手加減して欲しいと言った覚えは無いのだが……。
「早く始めましょう」
「フン!」
私が構えると同時にケインも構える。
ケインが使うのはバスタードソードとロングソードの中間の大きさの剣だ。
早さと重さのバランスを考慮したのだろう。
相対して分かるのはのは構えはしっかりしているが、何処か身体に馴染んで無いのが感じ取れる。
どのぐらい経験しているか分からないが戦闘の経験はまだ足りないのだろう。
「行きます」
初撃から全速力で間合いを詰める。
声を掛けたのは私なりの優しさだ。
特に技も関係無い。
やるのは構えた剣に全力で剣を叩きつけるだけだ。
左手のロングソードに力を込める。
間合いを詰めた私に気付いたケインは力を込めて剣を構える。
反応が遅い。
「ハァァァッ!」
私は只々、力を込めたロングソードをケインの構えた剣にぶつける。
「ぐっ!?」
ぶつけたタイミングで更に力を入れて振り抜く。
「なっ!?」
ケインの剣を弾き飛ばす。
その隙を逃さず、彼の喉に右手のショートスピアを突き付ける。
「これで終わりです」
私の一言にケインの顔が悔しさで歪む。
自らの剣を飛ばされ、喉にショートスピアを突き付けられている現実に納得が出来ない顔だ。
これでも怪我をしない様に手加減をしたつもりだ。
「そこまでだ!」
勝負が付いたタイミングでガードナーさんが決着を告げる。
喉に突き付けてショートスピアを下ろす。
周りの野次馬は早い決着に詰まらなさそうだ。
まぁ、見てる方は打ち合いとか駆け引きがあった方が面白いのだろうが、戦う方からすればさっさと終わらせたい。
「実力は分かって頂けたと思いますが、まだお疑いですか?」
ケインは俯きながら手が震えている。
リリィと同い年の女の子に負けたのが悔しいのだろうか?
「ぐっ……」
仲裁とかは余り得意では無いので、どうしたら良いか分からない。
後ろのリリィは胸を撫で下ろして安堵した感じだが、ケインを見る瞳に思いは分からない。
「リリィと何があったのかは知りませんが、今後、私達に変な言い掛かりを付けるのはやめて下さい」
取り敢えず、変に絡むのはやめて貰おう。
「……分かった」
表情では本当に分かっているのか怪しいが、言質を取ったので良しとしよう。
まぁ、納得は出来ていないのだろう。
修練場から出ていく彼の背中は辛そうだ。
ケインが出ていくのを見てリリィが私の方に寄ってくる。
「ジャンヌ……ごめん……」
「良いよ。気にしないで下さい」
頭を下げたリリィの頭を撫でる。
「私、子供じゃないよー」
少し照れて恥ずかそうだが、特に止める素振りも無いので嫌では無さそうだ。
私が撫でるのをやめると厳つい手がリリィの頭を撫で始めた。
「そんな細かい事は気にすんな」
ガードナーさん、それは私の台詞です。
「本当に済まない。ケインには俺達からも厳しく言っておく」
そう言ってルーク達はリリィに謝り、修練場を後にする。
「そう言えば二人共、素材を買い取りに出してたんだろ?もう解体終わってると思うぞ」
そうだ上で解体をお願いしていたんだった。
「ガードナーさん、有難う御座います」
リリィと一緒に感謝を伝え、上の解体コーナーへ向かう。
ケインに絡まれた所為で忘れていた。
解体コーナーの受付で解体待ちの番号札を渡す。
「ホーンベアの解体は終わってるぜ。胆嚢と肝臓、肉一塊りは持ち帰りだったな?」
「はい」
「残りは買い取りだが、まぁ、品質としては普通だな。心臓を一突きが理想だが、毛皮も充分に取れるから問題無い」
心臓一突きが理想なのは剥製としての需要があるからの様だ。
次に倒す時は気を付けよう。
「ホーンベアの大きさは標準並みで持ち帰り部位を差し引いて銀貨七十枚だ。胆嚢と肝臓もあれば金貨一枚だったが持ち帰りなら仕方が無い」
胆嚢と肝臓は薬の材料として需要が高く、一頭から採れる量も少ないから貴重なのだそうだ。
「金額に問題が無ければ買い取るがどうだ?」
「買い取りお願いします」
「金を準備するから待っててくれ」
ホーンベア一頭で金貨一枚は割りが良いと思った。
リリィは危ないので、一人で森に行く時はホーンベアを狙おう。
「これが銀貨五十枚とカードだ」
銀貨五十枚が入った袋とカードを受け取る。
持ち帰り部位を指輪の収納にしまう。
「また素材があれば持ってきてくれ」
「はい。有難う御座いました」
受付の人に軽く会釈して解体コーナーを後にする。
ホーンベアの報酬は私が全部受け取る事になった。
報酬をリリィに半分渡そうとしたが、何も出来なかったからと受け取れない、と言われたのだ。
今日のお昼御飯を奢る形で納得してもらった。
ケインについてはリリィから話してくる雰囲気は無く、リリィから話をしてくれるのを待つつもりだ。
あっちから絡んでくる事は無いだろうから暫くは問題は無い。
お昼に甘い物を食べさせて元気になってもらおう。
ギルドでお昼御飯を食べた後はカリーナさんの家に戻り、リリィと一緒に鍛錬を行なった。
お昼に特製パフェを食べてご満悦になったので一安心。
リリィと鍛錬して分かったのは武器の扱い方が分かっていない点と戦いに慣れていない点だ。
運動神経自体は悪くないので経験を重ねればある程度は強くなれると思う。
リリィの両親は元冒険者だが扱う武器がリリィとは違った様だ。
加えてリリィが冒険者になる事は反対していた様で、戦い方を教えてくれなかったらしい。
冒険者を諦めない娘を案じて私にお守りをお願いした感はありそうだ。
私自身はリリィと一緒にいるのは楽しいから問題は無い。
当面はリリィの身体に武器を馴染ませる事と経験を積む為に模擬戦、後は体力作り。
自分自身の身体についてだが前世と比較してかなり高性能な事が判明した。
限界値は分からないが拳大の石を握り潰せたり、一足飛びで塀を越えれたりしてかなり大変な事になっている。
普通にホーンベアの腕を片手で切り落とした時点で充分、あれなんだけど。
一人で森に行く時に自分の身体の限界値を探っておこう。
出来る事と出来ない事をしっかりと把握していないと、いざという時に対処出来ない。
リリィは鍛錬が終わった後、家に帰って行った。
私の読み書きについてはリリィに教えてもらう予定だったが、夜にカリーナさんに教わる事になった。
リリィと一緒にいる時は読み書きより魔法の鍛錬をした方が効率が良いから。
ついでに入学試験に出そうな所も教わる事になり、日中は仕事か鍛錬、夜は勉強と忙しくなりそうだ。
お泊まり会以降、何故か飲み部屋でカリーナさんと一緒に寝る事になった。
布団は床に二人分を並べて敷いている。
どうも私の尻尾の触り心地が気に入ったらしく毎日触りたい様だ。
犬みたいなもふもふの尻尾なら分かるが……。
問題はカリーナさんの寝相が悪いぐらいだ。
大きい姉が出来た様な感覚だ。
上に三人の兄と一人の妹だったから姉と言う存在は新鮮だ。
仲良くなれたのは良かった。
前世よりも平和な日々を過ごせる事にアルスメリア様には感謝しかない。




