第五話 ロボット
『人型を舐めるな! 正義の心感機の力を、見せてやる!』
だがそんな状態でも臆さない者がいた。一体のロボットが、なんと真正面から亀戦車の方へと、全力で走って突っ込んでいく。
他の機体とは、やや全体の色合いが異なるそのロボットからは、あの金山と呼ばれていた、若い女の声が聞こえていた。
ダン!
亀戦車は、真正面から猪のように突っ込んでくるそのロボットに、容赦なく発砲した。光の砲弾が、光の軌道を尻尾のように長く生みながら、そのロボットの足下を狙う。
『たりゃあっ!』
だがその砲弾が、命中することはなかった。もの凄い動作速度で、大地を踏み続けていたその足が、一瞬宙を舞った。このロボットが、その場でジャンプしたのである。
地面を蹴った勢いで、深い足跡が出来た地面に、更に砲弾が命中して、穴を大きくする。その砲弾の威力は大層なもので、大地を数百メートルにわたって抉り、そこに大きくて深い、運河のような濠が出来上がった。
その隊長機(多分違うだろうが、便宜上そう呼ぶ)のロボットは、やや勢い低めの走り幅跳びのように地面を跳び、そしてさらに数メートル先の地面に降り立つ。そしてまた走り出して再突撃した。
『戦車にこんな真似は出来ないでしょう!』
ダン! ダン!
亀戦車は続けて2発目3発目を撃つ。今度の狙いは、ロボットの胴体である。
この亀戦車は、決してロボットの頭部は狙わない。さっき駐屯地を飛び出したときに、蓋が開いた頭部に、人が乗っているのを目撃したために。
だがその正面を狙ってきた砲弾を、ロボットは身体を右に左に、体操選手のように軽やかに、かつ瞬時に動かし、見事回避して見せた。
ロボットの右脇左脇を、的を外した砲弾が、高速で通り抜けていく。
「ぎゃぁああっ!」
何かの爆音と共に、後方から悲鳴が聞こえてきた。どうやら後方で倒れていた、仲間のロボットの近くに砲弾が着弾したらしい。
そういうことは構わずに、隊長機のロボットは、一機に亀戦車との距離を詰めた。
隊長機は一旦足を止め、持っていた長銃を前方に構える。隊長機と亀戦車の銃口が、西部劇のように迎え合って突きつけられていた。
距離は約二百メートルほど。等身大の人間の比率だと、三十メートルの距離だ。この距離なら、例え車高の低い戦車でも、たやすく当てられるだろう。
『随分やってくれたわね。だけどこの30式機人・特戦型は、他の量産型とは格が違うのよ。素材の質も製造費用も、その亀戦車とほぼ同じ……』
ダン!
近距離で向かい合う中、隊長が何か喋っている間に、亀戦車が容赦なく発砲した。光の弾道が、隊長機の頭部の右横、僅か数十㎝を掠めていく。
「!!!!」
後一歩で、操縦席のある頭部に当たるところだった隊長機。これに金山は、一瞬萎縮した。
この距離で的を外すはずがない。恐らくわざと外したのだろう。
『戦いの最中に、無駄口叩いてんじゃないよバーカ』
目の前の亀戦車の、ある意味正論と言える言葉。これに金山はぶち切れる。
『ざけんな! シチュエーションってもんを知らないわけ!? この馬鹿女!』
即座に長銃の引き金を引く隊長機。それと同時に、亀戦車の砲口も、激しく火を噴いた。二つの発砲音が、二人演奏のように、重なって響き渡った。
カン! ドガン!
ほぼ同時に放たれた二つの砲弾。そしてほぼ同時に、対面する敵に命中した。もしこれが人間同士の打ち合いならば、相打ちで終わっていただろう。
(ぐうっ……)
隊長機の腹部に直撃した隊長機。頑丈なボディのおかげで、内部に相当な衝撃は入ったが、装甲を貫通には至っていない。
後方にいる量産型は、一発で機体が大きく破損していた。確かに特戦型と言うだけあって、量産型とは造りが違うようだ。
だが多少のダメージはあったようで、一瞬ふらついて、攻撃に隙が出来た。だが相手の方は、隙を全く作らなかった。
ドン! ドン! ドン!
隊長機の僅かな隙に、次々と叩き込まれる砲弾。それらが目の前にいる隊長機に、次々と着弾していった。
『がはっ!』
一発ごときなら、我慢できたダメージも、こうも続けて撃たれると、流石に堪えて隊長機は声を上げてしまう。
先程の撃ち合いでは、亀戦車の方も、しっかり隊長機の銃撃が命中していた。だがこちらは効果の程が違っていた。
隊長機の方は、亀戦車の砲撃を受けて、多少のダメージを負っていた。だが同じく攻撃を受けた、亀戦車の方は……多少どころか全くのノーダメージであった。
恐らく亀戦車の砲弾と、同程度の威力があると思われる、量産型を遙かに凌ぐ隊長機の長銃の銃撃。それは亀戦車の車体前面の傾斜装甲に命中していた。
だがその弾丸は、傾斜に沿って、上に弾くように飛んで砕け散った。装甲に傷一つついておらず、亀戦車も全く動じることがない、まさにノーダメージである
。どうやらこの亀戦車、隊長機と攻撃力は同じだが、防御力は違うようである。
ドン! ドン! ドン!
数発撃って、一瞬一息ついた後で、すぐに攻撃を再開する亀戦車。近距離で放たれた砲弾が、隊長機に次々と着弾。そのたびに、隊長機の機体に、光弾が砕け散った花火のような光が弾き出される。
各部装甲が、鉄板を金槌で叩いたように、どんどん凹む。そして撃たれる度に、隊長機は仰け反るように後退していく。
やがてついに立ち上がるバランスを保つことすら出来なくなり、ついに転がり落ちた。後方に、仰向けに盛大に倒れる。
十メートルを超える巨体であるため、ただ倒れただけで、地面に走る衝撃はかなりのものだ。
『ぐうっ!』
隊長機は両手で地面を突き、足を曲げて立ち上がろうとする。だがそんな隊長機に、亀戦車の砲弾が容赦なく撃ち込まれる。
更に機体を傷つけられて、更に衝撃で身体が地面の土に、泥沼にはまったように沈んでいる。
ロボットは二足歩行であるために、一度転倒すると、隙だらけになる弱点がある。戦車の方は、地面に全体が乗っかっている状態であるために、転倒と言うことはなく、そういった弱点はない。
まあ亀のようにひっくり返ったら、もう何も出来ないだろうが、ロボットの転倒と違って、そういった事態に陥ることは中々ないだろう。
やがて亀戦車の連続砲撃が止んだ。身体が深く地面にめり込んだ隊長機は、全身の装甲がボロボロになっており、各部から焚き火のような煙が、モクモクと吹き上げている。
どう見ても、もうまともに戦闘できる状態ではないだろう。
『……やりすぎたかな? お~~い、生きてるか?』
亀戦車から、倒れた隊長機に向かって、そんな暢気な声が聞こえてきた。一応砲弾は、操縦席のある頭部には、一発も当たっていないが……
『ええ……身体中痛くて、まともに動けないけどね……』
そこでまるでご近所同士が挨拶を交わすように、緊迫感の感じない軽い口調で、その声が壊れた隊長機から聞こえてくる。どうやら負傷はしたが、無事ではあるようだ。
『そうか、良かったわね……。言っておくけど、さっきのはあんたらが悪いんだからね。私は降りろって言っても降りられないし、先に撃ってきたのはあんたらだし。まあ先に逃げた私も悪いけどさ』
『じゃあまず降りられない理由を言いなさいよ……そもそも何でその亀戦車を盗んだわけ?』
『……亀? ……盗んだんじゃないわよ。私自身がこの戦車だって言ってんのよ。まあいいや、この状況で投降するのも不味いし、ここは退散させてもらうわ……』
その言葉を最後に、亀戦車は方向転換して、その場から立ち去った。隊長機の女は、それを引き留めようともせずに、黙って倒れているのであった。