第四十九話 焼ける街
【人を直接攫えば、必ずここに乗りこむ者が現れると判っていたけれど……まさかこんなに早く現れるとはね。でももうあなた一人では無理よ。今まで夜の間に、近隣の住民達からこっそり吸い取った分と、今日捕らえた生者達の分の生気。それらを蓄えた妾の力は、あの土塊の巨人さえ恐るるに足らないわ】
ビービが何かを問いかける前から、女王が淡々と、そして得意げな表情で、ラスボスの風格を漂わせながら語り始める。その言語が分かる者がいるとしたら、まさに定番のボスキャラに見えたであろう。
【今日まで大変だったわ。祖国が魔獣の群れに滅ぼされ、私達の魂が川の流れに彷徨うように、この世界に流れ着いてから、おおよそ二年。最初は生者の目には見えない、情けないぐらい脆弱な存在だった。でも時間が経つにつれ、神のお恵みなのか、どういうわけか段々私達の力が高まっていったわ。でもそうする内に、私達はあなたたち生者が、実に恐ろしくなったわ。私達の同類の魂が、あちこちであのニホンという国の兵士に狩られてるんですもの。あなたもそいつらのお仲間かしら? そいつらからこそこそ隠れ逃げ回りながら、各地の集落の生者共から、気づかれないよう少しずつ生気を吸い取っていった。そして少しずつ力を蓄えて、他の魂達を仲間に引き込みながら、とうとうこのように、昼間でも存在を顕在化できるまでに至ったのよ! もう生者共等、私にとっては恐るるに足らないわ! この大地にいる人間全ての命を食らいつくし、私は再び生き返……】
パン!
女王が高らかに語る中、一発の銃声が、その言葉を遮った。彼女の長々とした演説に、いい加減飽きていたビービは、話しが終わる前に行動を開始していた。
万が一のことを考えて、小銃の弾倉が尽きた後も取っておいた、ビービの拳銃。女王が長々と、こちらには通じない言語の演説をしている中、彼はその拳銃を取りだして、未だに喋り続けている女王の眉間を撃ち抜いたのである。
女王の頭が、着弾の衝撃により、天井を見上げるように方向転換し、椅子に後頭部をぶつけていた。
【うぐぁあああっ……今のは……魔法か?】
眉間を撃たれた女王は、まだ死んではいなかった。ビービの9mmのフルメタルの弾丸を、この距離から受けたにも関わらずである。
弾丸は彼女の皮膚を貫き、頭蓋にめり込んでいたが、脳にまでは到着していない。潰れた弾丸が額にくっつき、そこから血を垂れ流しながら、女王は何が起こったのか判らず、痛みに悶えながら困惑していた。
(あの女ほどじゃないが、丈夫な奴だ……)
これにビービは多少驚いたものの、すぐに次弾を発射。数発の銃弾が、フルオートで連発して女王を襲う。
【小癪な!】
だが女王の対応も早かった。彼女の回りに、よく目を拵えないと見えない程度の、薄い光の壁が、彼女の前に盾のように覆う。
拳銃の威力では、その魔法の盾を貫くことはできなかったようだ。弾丸はその壁に弾かれ、跳弾してあちこちの壁や床にぶつかり、粉塵を上げながらドングリのように転がっていく。
【妾の高尚な言葉も最後まで聞けぬとは、何と野蛮な奴よ! ならばさっさと死ぬがいい!】
女王は玉座から立ち上がり、持っていた魔法杖を、ビービに向ける。するとその魔法杖の先端から、ルビー達魔道組合の者達と同じ様な感じで、そこから魔法攻撃が放たれる。
雷の固まりのような、火花を撒き散らす、紫色の光球が、野球の投球より速い速度で、ビービに襲い来る。
「ふん!」
だがそれをビービはいとも容易く斬り払った。飛んできた光球は林檎のように真っ二つになり、光を拡散しながら消滅する。だがその一発で終わりではなかった。
【なかなかやりおるな! だがいつまで持つ?】
次々と連発して発射される、女王の魔法攻撃。秒間二発という連射速度は、機銃と比べると遅いが、ビービが刀で受けるには早すぎた。
ビービはそれらの攻撃を、次々と斬り払うものの、光球の威力と発射速度に、やや押され始める。
(何だか偉そうな態度だけあって、確かに大層な魔力だな。装備の性能ではこっちが上だが……)
やがて十発目を斬った直後、ついに十一発目を見切れずに着弾した。
(ぐうっ!?)
彼の右肩に着弾した魔法。それは粉雪の弾け飛んで、即消滅する。後に丸焦げになって、骨が少し見えるまでに損壊したビービの身体。それだけでなく、それが撃たれた直後に、全身に強い感電した感覚が彼の脳を襲い、苦しめる。
【もう終わりか? つまらんの。まあ今の妾の力に、あそこまでやれただけでも……むっ?】
ビービは一旦膝をいたが、女王が何か口にしたときに、即座に立ち上がる。そしてビービは即座に女王に背を向けて、王室から脱出を測る。
【逃がすか、腰抜けめ!】
女王が再度、彼の背に向けて魔法を放つ。彼は後ろから飛ぶ攻撃を、勘便りによける。広い王室を、ジグザグに走りながら、運良く追撃を避け、彼は扉の向こうへと飛びだした。
【あの手傷とは、そうそう長くは動けまい。お主ら! あの小僧を引っ捕らえて、ここに再び連れてこい! あれだけ強い肉体の主だ! さぞよい生贄になるであろう!】
ビービがいなくなって、誰もいない王室で、誰にはなったのか判らない命令を女王は告げる。だがこれも魔法なのか、その言葉はこの街の全ての幽霊に届き、再びビービに脅威が迫ろうしていた。
(くそがっ! 次から次へと!)
城内を走りながら、次々と襲い来る敵を斬り捨てていくビービ。女王はもうまともに動くことも難しいだろうと考えていたが、彼はまだ充分に戦えていた。先程の光球の傷も、ほぼ完治している。
ただし彼の服はほぼ完全に大破しており、現在半裸の状態で戦っているが。
手勢に騎士の数は少なくなり、今は大部分が、武器を持った町民達である。老若男女関係なく、あの女王に操られているのか、まるで意志の感じられない表情と動きで襲い来る。
中には箒やフォークなど、武器としてはあまりに頼りないものを得物に、彼に襲いかかる者もいた。
騎士よりも体力が劣る上に、この装備であるため、最初の時よりも彼は優位に戦えている。だがこのままではキリがない。
いつのあの強敵の女王が、後ろから襲いかかってくるかも判らない。彼は敵軍に斬り込み続け、やがて外側の窓のある廊下までやってきた。
(ここから飛び降り……るのは危ないか?)
三階の窓から外を見てみると、多勢の武装した住民達が、この城の囲う濠の前に待ち構えていた。城を取り囲む人数は、恐らく千人を超えるだろう。
あそこに外の濠に飛び込めば、水から上がるときに、待ち構えていた敵に滅多刺しにされかねない。タフなグールといえど、万が一、頭部を叩き割られれば、ほぼ確実に死ぬ。
(やばいな……これなら攫われた奴らなんて無視して、まず城の周りを殲滅すればよかったよ……どうしよ?)
冷静さには自信があるビービも、今の状況にさすがに焦りを覚え始める。次の策も考えつかないうちに、ただひたすらかかってくる敵を斬り続けていた時だった。
ドォオオオオオオン!
(これは!?)
突如街中に響き渡る砲声。その音は、この城の窓から十分すぎる程聞こえてくる。意思を失った幽霊達も、自己防衛本能なのか、その音に動揺して動きを止める。
その隙にビービは、敵を斬り捨てながら、外側の通路をなぞるようにして、大急ぎで前へ進む。
砲声はその後も連続して放たれた。ビービは廊下の角を曲がり、先程とは異なる方角側の廊下へと走る。
(さっきの音が聞こえた方角は確かこっち……おおっ!?)
先程は城の壁側の方角の関係で、先程の砲声の実態を外から見ることはできなかった。そして今こうして移動して、外を見たとき、ビービは驚くと共に、予想しきった光景に呆れるやら感心するやら、微妙な表情である。
そこにあるのは昔から多くの日本の戦時映画で描かれたような光景。大空襲を受けた東京のように、この幽霊達の街が、真っ赤な光と、曇り雲のような煙を上げて、燃え盛っている光景であった。
大量の火柱が、先程通った商店街の辺りに立ち上る。その炎は砲声が繰り返される度に、爆発と共に急速に広がっていた。
『ひゃっはーーーー! 燃えろーー! 燃えちまいなこんな町!』
「いっけーーーー全部焼けちゃえ!」
「あははっ、何か楽しいわねこれ!」
何だか妙なノリで叫ぶ鉄実と、それに釣られたのか、雪とルビーもノリノリであった。
鉄実が入り込んだこの町は、現在とてつもない大火に見舞われていた。この商店街を中心とした、町全体の三割近くが、すでに火の海となっている。
その原因を作ったのは、勿論この鉄実達であった。
ルビーが操縦バーにある、エアガンのような引き金を引くと、砲弾から魔法の焼夷弾が放たれ、家々を爆破し、直後にそこに大放火を起こす。
真っ赤な炎に包まれて、どんどん崩れ落ちていく家屋を、まるでゴミの山のように突き崩して進む、巨大な金属の塊。それはこの炎の熱気などものともせず、かの火の海の中をどんどん突き進み、そしていいところまで行くと、あのゼリー魔に撃った焼夷弾を撃ちまくって、町を焼いていた。
炎に追われ、多くの町民達がパニックに見舞われ、あちらこちらへと逃げ回る。鉄実達が火の海から出てくると、それに挑んでくるものもいた。
だが相手は牛馬などとは比べものにならない重量と馬力を持つ未来戦車である。
ある者は突撃する戦車に撥ね飛ばされ、ある者は履帯に踏みつぶされてミンチとなる。
ある者が車体にしがみつくことに成功し、その上面装甲にシャベルを、モグラ叩きのように叩きつけていた。手足のない亀戦車には、それを引き剥がす手段を持っておらず、黙って攻撃を受け続けるしかなかった。だが彼の攻撃は威力不足のようで、車体でも装甲が薄いはずのそこに、傷一つついていない。
『鬱陶しいわね~~よし飛び込むわよ!』
そう言って鉄実は、その巨大な車体を走らせ、近くにあった火の海にダイブした。
「うがぁあああああーーーーー!」
燃え盛る家を踏みつぶし亀戦車。その車体に大量の炎が纏わり付く。未来の戦車である鉄実には、この程度の熱など屁でもない。
だが飛び乗った男は違ったようで、耳に響く断末魔の悲鳴を上げ、全身が真っ黒に変色し、そのまま全身が枯れ木のようにボロボロになって消滅してしまった。
『おっしゃぁーーー! さっさとここいらを丸焼きにして、ビービのいる城に行くわよ!』
「君大丈夫! どうかしたの!?」
ノリノリで町を焼き払っていく中、ルビーがあることに気づき、座席の後ろに向かって心配げに声をかける。
彼女の乗っている操縦席の後ろには、一鉄と雪がいた。これは一人乗りだが、座席の後ろには子供二人が入るぐらいのスペースは充分あり、鉄実は彼ら二人の保護も兼ねて、自分の中に乗せたのだ。
ちなみに二人を乗せたときに『ロリとショタが三人……うう……この気持ちは……』といったちょっと不気味な声を上げていた。
そして今一番安全地帯と思われるこの操縦席に乗っている二人。雪の方は、目の前のワイド画面に映し出される外の風景を見て、これといっておかしな様子はない。それどころ町が焼かれる光景を、見せゲーのように楽しんでいる様子もある。
だが一鉄の方は、この光景に耐性がないのか、画面から目を逸らし、先程の飛び乗った男の悲鳴が聞こえた辺りから、耳を塞ぎ始めていた。
「別に何でもないよ……ただちょっと吐き気が……」
「ちょっと駄目じゃないそれ!? まさかさっきの取り憑かれていたときの影響が!?」
「ううん……違う。今ルビーさんがしていることが原因……」
町や人が焼けていくこの光景は、この少年には刺激が強すぎたようである。最も同年代の雪は全く平然としているが。
「一鉄も結構弱いところあるのね。このぐらいがそんなにきついかしら?」
『…………“一鉄”!?』
「鉄実さん?」
雪が一鉄の名前を喋った時、まだ彼らの名前を聞いていなかった、少年の名前を聞いた鉄実が、何故か一瞬凍ったように停まった。
だが雪はそのことを気に留めずに、別のことを鉄実に問いかける。
「ていうかさっきから気になってたんだけどさ、そろそろ聞いていい? 鉄実さんってどこにいるの? 中にルビーさんと私達しか乗ってないんだけど……」
『目の前にいるわ! この戦車そのものが私だ! 言っておくけど私は人間だからね! フェリーに乗って寝てたら、何故かこんな姿になってけど……』
「……フェリー?」
彼らにはすぐには呑み込めない話しを早急にした後、鉄実は通常運転に戻り、再度ルビーと共に、町の焼却を再開した。




