第四話 亀戦車
「おい! あの亀戦車が動いてるぞ!」
「何だ? 試運転の話しは聞いてないけど?」
「ていうかどこいくんだ?」
倉庫のシャッターを破り、駐屯地内の車道を走り、グラウンドまで飛び出した亀戦車と呼ばれたそれ。
それを目撃した多くの自衛官達が、この突如出現した戦車を見て、何故か好意的な声を上げている。亀戦車は、グラウンドのど真ん中を通り、動作整備中のロボット達の合間を突き抜けていった。
「あぶねえな! どこ見て運転してやがる!」
そんな亀戦車の走行を、すぐ近くを通られて風圧を受けた自衛官が、怒ってそう叫んだ。どうも皆、自分たちと同じく動作整備かと思っているようだ。
だが亀戦車が、鉄格子のような駐屯地の入り口を、まるで藁柵のように踏みつぶし、外へと暴れ馬のように飛び出した辺りから、皆はどうも違うことに気づき始めた。
「ちょっと、これ何事よ!?」
「金山二曹!?」
亀戦車が通り過ぎた、車道を大勢の自衛官が呆然と見る中、駆けつけてきた一人の女性自衛官に大勢の注目が集まった。
その女性=金山二曹は、二十代半ばほどの、髪が短く切り揃えられた(自衛官なら当たり前だが)、黒目黒髪の純日本人と言った感じの人物だ。
二曹というのはどうやら階級のようだが。そんな彼女を見る皆の顔は、何故かあの戦車同様に驚いているようであった。
「ええっ!? あれって二曹が乗ってるんじゃないんですか!?」
「そんなわけないじゃん! 私ここにいるし!」
「じゃあ、あれ乗ってるの誰!?」
それから間もなくして、駐屯地内に舞台の緊急出動の命令が下されることになった。
『つうかここどこだ!? 日本じゃないわけ!?』
駐屯地の外の草原を、高速で走り続ける亀戦車。そう独り言を口にして、困惑しているようだ。辺りには見渡す限りの大草原。後ろには多くの山岳地帯が見えて、前には見渡す限りの地平線が見える。
そしてその草原の各所には、景観を少し崩す、岩石が散乱していた。その声を発している者の認識では、日本にはこんな風景はないはずだった。
(でもあれって、日本の自衛隊よね? 外国の派遣部隊かしらね? じゃあここはどこの国?)
ちなみに現在この亀戦車は、時速百キロを軽く超える速度で走っている。まるで暴走車のような、とんでもない速度だ。
いくらここが平らな土地だからと言って、この速度はとても、重量兵器の戦車が出せる速度ではない。何故これだけの速さで、亀などという名前で呼ばれているのだろうか?
他にもこれだけ走っても、エンジン音や排気ガスを出さなかったりと、よく見るとこの戦車も色々とおかしい。
草原の中を暴走列車のように駆け抜けていた亀戦車。ある程度走った後で、亀戦車は一旦停止する。そしてしばらく、そこでじっと止まったまま動かない。
生き物とは違って、無駄な動作がないので、まるでそこで固まってしまったかのよう。その行動の意味は謎である。周囲を見渡すならば、中で運転している者が、外に出るはずであるが。
『私が寝てる間に、こんなにも世界が変わったのか? あのロボットと言い、私はどのぐらい寝てたんだ?』
何やらまた奇妙なことを口にする亀戦車。人が出てくる様子がなく、まるで戦車そのものが喋っているようにも見える。
(解体と聞いて、大慌てで飛び出しちゃったけど、不味かったかしらね? 逃げる前に、こちらの事情をちゃんと説明した方が……)
そんな時に、この亀戦車を後方から追いかけてくる者が現れた。
『そこの試作戦車の操縦者! ただちにそこから降りて投降しろ!』
後方から聞こえてくる、拡声器で遠くから聞こえてくる声。後方数キロ先には、あのロボット達が、超巨大長銃を構えて、こちらに向かってきていた。
映画で見る、特殊部隊の出撃シーンを、実にダイナミックにしたような風景だ。その数は三十機程。装備は長銃の他に、右腰に脇差しっぽい刀剣と思われる得物が差されている。
明らかに一戦やりに来た印象のそれに対して、亀戦車の方も、拡声された声で答える。
『降りられないわよ! この戦車そのものが私だ!』
『はあっ? 何言ってんのよ!』
『よく分かんないけど、何だか私の心も体も、この戦車になってて……』
『戦車と一心同体とか、よほどの戦車マニアか?』
『違うっての! 何か知らないけど、気づいたらこんな身体になってたのよ!』
『こんな身体? あんたの身体が、戦車にくっついてるとでも言う気!?』
『ああ、そんな感じだ!』
『んなやついるか!? どこの世界のサイボーグよ! いいから出てこい!』
『何度言わせりゃ判るんだ! じゃああんたは、てめえの脳味噌を見せろって言われたら、言われた通りに頭を割るのか!?』
『そんなアホなことするか! むしろ、そっちの頭をかち割りたい気分よ! もういい! どうせ廃棄予定だったし……今から十数える内に降りなさい! そうしなけりゃ、ここでそれごとぶっ壊すわよ!』
『だから降りられないっていってんでしょ! 頭噴いてんのか? 馬鹿女!』
『んだとこら!? 勝手に自衛隊の備品を持ち出した奴が言うか!?』
拡声で遠方からやり取りされる、二人の女の言い争い。そうこう言ってる間に、警告した十秒が過ぎる。
『もういいわ……撃っちゃいましょう。ただしあまりやり過ぎないでね。あの戦車なら、そう簡単にぶっ壊れないでしょうけど、中に乗っている人間は、どれぐらいまで無事かは判らないから……。良いですよね、隊長!』
『えっ? ……ああ、うん。いいんじゃないの……?』
次に発せられたのは、通信機で各機に送られた声。その命令は、亀戦車の方に届いていないだろう。
そしてどうやら、さっきまで声を出していた人物=金山二曹は、どうやら隊長ではないらしい。本当の隊長から、大分気押しされた様子で、発砲許可が下りる。
そして長銃を構えていたロボット達の内、数機がその命令を受けて、一斉に長銃の引き金を引いた。
ダン! ダン! ダン!
発せられる一斉射撃の音。この場合、銃撃と言うべきか砲撃と言うべきか、表現に困るが、とりあえず形が銃なので、銃撃にしよう。
それらの銃声は、普通の銃声をかなり強くした感じであるが、発せられた弾丸の種類は大分違った。
銃口から放たれる、一本の光の筋。その弾丸は光や電気とは異なる力が凝り固まり、実体化したエネルギー弾であった。
それらの弾丸は、流星群のように、細長い光の弾道を生みながら一斉に飛び、音速を超える速度で、一斉に戦車に向かっていく。
だが亀戦車の方は、それらが引き金が引かれる直前から、既に回避行動を取っていた。履帯と車輪が、決河のごとく高速で周り、横方向に走り出した。
さっきまで亀戦車がいた位置に、ロボット達の弾丸が通り抜け、あるいは地面に着弾して、空爆でもあったかのように大地を大きく抉る。
『速い!? 何あの速度!?』
『設計データでは、あれは最高時速240㎞で走れるとありましたが? ていうか金山さんも、あれぐらい出してたでしょう?』
『そうだけど、あれは今まで、私以外はまともに動かせなかったはずなのに……』
亀戦車の速度と敏捷性に驚く自衛官達。何だかすごいデータ数値が出たが、それ自体は以前から知られていたことだ。
ちなみにこれらのロボットの、平地での最高走行速度は、武装無しの状態で時速220㎞である。陸上兵器としては、あまりにおぞましいほどの機動力である。
もしこれが、鉄実が生きていた頃の現行戦車が相手だったら、俊敏力の差で圧倒できたかもしれない。だが彼らが相手しているのは、このロボット以上の未知の技術で作られた、ハイテク戦車である。
そうこう話している間に、亀戦車が走りながら、砲塔の方角を変えて、ロボット部隊に砲口を向けていた。
『こっちからお返しだ!』
ダン! ダン!
砲口から、あのロボット達の銃と、同種類と思われるエネルギー弾が発射された。そしてそれらは、見事二機のロボットに直撃したのであった。
ドギャン! バリィイン!
一機のロボットの左脚でへし折れ、一機は腹から砲弾を受けて吹き飛んだ。それらはロボット達の装甲を貫通し、内部にめり込み、機体が骨をへし折ったかのように曲がっていた。
『ぐぁああああっ!』
『いてえっ! くそう!』
やられて倒れ込んだ二機が、それで悲鳴をスピーカーから上げている。どうやら操縦士は無事らしい。
何やら痛がっているような声であるが、衝撃により操縦席で身体を打ったのだろうか? しかしよく見ると、彼らは機体の足や腹を、手でさすっており、まるで生身の身体に怪我をしたかのような動作をしている。
『くそっ! 手加減無しよ! 全機一斉に撃て!』
こうなるともう部隊も容赦はしない。さっきは銃撃に参加しなかったロボット達も、一斉に引き金を引いた。
先程よりも、更に星が増えた流星群が、亀戦車に向かって飛んでいった。
亀戦車も、更に加速し、ジグザクに動いて回避行動を継続する。鼠のように素早く、細かな動きで、それらを見事に回避していく。
途中で惜しいとことまで言った弾丸はあった。それは車体が低い、亀戦車の砲塔の天井僅か数㎝を掠めて、向こう側まで飛んでいった。どうやら車高が低いため、ロボットよりも的が小さく当てにくいようだ。
だが全てではなく、途中で側面に一発当たった。装甲に激突した光弾が、砕け散って花火のように光の粒子を撒き散らす。貫通こそしなかったものの、それなりの衝撃は車体に伝わったはず。
だが亀戦車は全く臆することなく、走り続ける。見ると装甲には凹みはおろか、傷一つついていない。戦車の装甲とは、これほどまでに頑丈なものなのか?
走りながらも、亀戦車はしっかり反撃をしていた。分速三十発の速度で、次々と発射される砲弾。それらが次々と、ロボット達に命中していた。
次々と砲弾を受けて、倒れていくロボット達。動き回っているにも関わらず、こちらはかなり命中率が非常に高い。十発中九発は命中している。
回避行動を取る者もいたが、それらは一体が一発だけは避けられたものの、結局命中して倒れていく。どうやら機体の背が高い分、的が大きくて当てやすいようである。
しかもこのロボット、行進間射撃はあまり得意ではないらしい。
足を動かしている間は、銃を持つ手が構えを解いている。無理して走りながら撃とうとする者もいたが、上手く狙いを定められないのか、その弾丸は亀戦車のかなり離れた地面に着弾する。
そし亀戦車の方には、どうやらこの条件はないらしい。停止間射撃と比べての、命中低下率は無いに等しい。
しかもロボットは、背が高くて的が大きいので、とても当てやすい。一対多数の射撃戦で、何故か後者が次々と倒れて、劣勢に立たされ始めていた。
『はん! そんな無駄にでかい図体、どうぞ当てて下さいって言ってるもんだ! しかもそれは何だ? 動きながらだと、狙いを付けられないのか? 何てポンコツだよ! そんなロボット作る技術があるんなら、もっと性能の良い戦車を作りなさいよ!』
敵機が残り僅か数機まで減り、草原に多数のロボット達が、下手くそな解体が行われたプラモデルのように転がっている。
そんな彼らを、亀戦車は実に機嫌良さそうな声で、そう叫ぶのであった。