第三話 謎の世界
その後、日本がどうなったのか、また近いうちに語るとしよう。
それからそう長くない(この表現が正しいのかは謎だが)時が流れ……世界のどこかにある、とある大草原の中。
その草原は、緑色の草が一面に覆われ、所々に多種の岩石が転がっているが、基本的には眺めの良い土地だ。
時折に空には鳥の姿が見え、草を頬張る野ウサギや野山羊の姿もある。遠くには、いくつもの山岳地帯が、こちらからよく見える。小さな川が流れ、水源には少し小さめの湖があり、そこに農場を広く持った小さな町がある。
その町は少し変わっていた。まるで戦時の砦の中のように、町と農場が広い防護策に覆われているのだ。策と言うより城壁と言った方が適切だろう。
鉄筋コンクリート製の、高さ十数メートルの壁が、どこの進撃の世界かと突っ込みたくなるように、そこを取り囲んでいる。
湖の側には城壁はなく、近くの水面には漁業なのか、数隻のボートが浮かんでいた。そんな不思議な町から、数キロほど離れた所に、そことは別の建造物群があった。
そこは一見すると、大きな学校のような土地である。縦長の白い建物が、幾つも建ち並んでおり、大きなグラウンドのような、広い芝生の土地があった。
だがよく見れば、それは学校と言うには、規模が大きすぎる。というか学校ではないことは、この建造物群の柵の入り口を見ればすぐに判る。
その少し豪華な門の柱には“陸上自衛隊 特地三県第十七駐屯地”と達筆な崩れ字で書かれていた。
そのどこの県にあるのか判らない駐屯地。中には普通に人がいた。
訓練のために、土地内部をマラソンする大勢の隊員達もいる。建物内部にも、自衛官の制服を来た者達が、何人も行ったり来たりしていた。
「なあおい……また近くに“敵”が出てきたんだってよ」
「そうなのか? 今度はどこだ?」
「全く……あいつら一体どれだけ潰したらいなくなるのかしら……」
駐屯地内を、そんな世間話をしながら歩く、自衛官達の姿。自衛隊としては、まるで毎日戦争をしているかのような、妙な会話である。
なおこの駐屯地。冒頭の金山 鉄実が生きていた頃の、一般的な自衛隊の知識とは、大きく異なる点が幾つもあった。
まず自衛官達の姿。彼らの姿は、制服こそ従来の常識とは同じである。だがその身体的特徴が、通常の日本人とは異なっていた。
別に自衛隊に外国人やハーフがいたからといって、それほど大きな話しではない。だがここの違いは、そんなレベルではない。まずどうみても人間ではないものが、三割以上いるのである。
ある者は、牛のような角が、頭の両横から生えていた。耳もまた横から延びる牛耳で、どうみても装飾品ではない。しかも彼らは靴を履いておらず、素足で外を歩いている。
ズボンの裾から見える彼らの足には、指や爪がなく、牛のような固そうな蹄がついていた。確かにこれなら、靴などいらない。というか、まず靴など履けないだろう。
ある者は、先程の牛人種と同様に、やはり靴を履いていない。その足は、三本の長い指と鋭い爪が、三叉槍のように生えた、鱗だらけの鳥のような足である。
また彼らの両腕の上腕には、鳥のような白い羽毛が生えているのである。マラソンをしている者は、素で腕を出しているのでよく見える。
制服を着ている者は、袖が和服の裾のように広くなっており、そこに羽毛が隠れていた。また頭には、赤い鶏のような鶏冠がついていた。
その鶏冠は、女性隊員と男性隊員を比べると、男性隊員の方が少し大きい。もしこれが装飾品だったら、間違いなく違反であろう。最も、実際にはそれは、頭から直接生えているので、処罰などできようもないが。
そんな人間と、明らかに非人間的な身体的特徴を持った者達が、同じ自衛隊の同僚として、まるで当たり前のように一緒に勤務しているのだ。これは一体何がどうなってるのか?
そしてもう一つ、そういった身体的特徴の違いなど、些細に思えるほど、大きな相違点があった。
ガシャン! ガシャン!
グラウンドの真ん中で、何やら妙な金属音と足音が聞こえてくる。そのグラウンドには、人型の何かがあった。
だがそれは人ではない。人にしてはあまりに巨大である。そしてその全身は、金属と思われる無機物で出来ていた。
「よう、今日も調子が良さそうだな!」
『まあな! これならいつ大地魔の討伐命令が出ても問題ないぜ!』
グラウンドでそんな会話が行われるそこには、何とも非現実的なSF的な物体が、さも当然のように動いていた。
それは数体の、巨大ロボットである。全身が灰色の金属のパーツで出来ている、身長十二メートルの大きな人型の機械。
指先や関節など、かなり器用に出来ていて、人が鎧を着ているようにも見えなくもない。だがこの大きさは、とても人がコスプレしているのでは説明がつかない。
頭部は全体の体系的に、やや大きめだ。大きなヘルメットのような装甲で覆われた、頑丈そうな頭部。そのフルフェイスヘルメットのミラーコートは、黒くて目のような形のデザインになっており、ますますSFの巨大ロボットぽい顔である。
そしてその顔から、電話越しに話しかけるような残響の入った声で、そこから十メートルほど離れた、整備士と思われる隊員に声をかけて会話しているのだ。
グラウンドでは、このロボットの起動点検をしているのか、ここ以外にも十体以上のロボット達がいる。マラソンのように走り回っている者や、ラジオ体操のような珍妙な動きをしている者。
彼らは皆一様に、機械的なカクカクした動きではなく、本物の人間のような実に精密で生物的な動きをしているのだ。しかもあの大きさで、等身大と人間と変わらない動作速度である。とてつもない身体能力だ。
そしてその中の一体が、動作を一旦停止したと思ったら、急に頭が割れた。まるで花びらが開くように、上下に分断された、ヘルメットのような頭部。その中には、何と人がいたのである。
ジャージのような制服を着た自衛官が、頭部内にあった座席に座っている。そして両手は座席の両側にある、自転車のハンドルのような棒状の物を掴んでいる。
「じゃあ、俺は一旦休むな」
「おう、後は任せておけ」
蓋が開いた頭部で、前屈みに座り込んだロボットの機体から、飛び降りた。それと同時に、頭部の蓋が自動で閉まる。
どうやらこのロボットは、人が操縦する有人式のようだ。内部には特に特別な機械操縦桿はなかったようだが、あの単純な構造の操縦席で、どうやってあれ程の機敏で複雑な動作を可能にしていたのだろうか?
さてそんな謎の機械が動き回っている、過去と随分様子が変わってしまった自衛隊。
何故これほどに変わってしまったのか?
そもそもこいつらは本当に自衛隊なのか?
その辺の当然の疑問は、後々に語るとしよう。
話しはその駐屯地のとある倉庫の中。その倉庫には“心感機用”という、謎の単語が書かれている。どうやら本来は、あのロボットを入れるための車庫的な建物らしい。
その中の一カ所に、一つだけまともなものがあった。隣で多くの機材と、ロボットが並べられている中に、一台だけ戦車があるのである。
ちなみにこの駐屯地には、トラックや装甲車はあるが、戦車はこの一台以外にはない。
その戦車は、全体的なデザインでは、鉄実が生きていた時代に最新型であった、10式戦車に似ている。
だが全体の色合いが微妙に異なっている。しかも装甲には、何の意味があるのか、亀の甲羅のような模様が描かれていた。
そして砲塔の上面にある、本来副武装の機銃が着いている場所。そこには銃らしきものが設置されているが、通常の12.7mmのような、通常の銃ではない。
それよりも若干銃身が太めで、しかも銃口には丸いガラスの板で覆われている。まるで望遠鏡を銃座に付けたような姿である。
そして本来砲手用と運転手用とで、二つあるはずの、潜望鏡ののぞき窓が一つしかついていない。
さてそんな一台だけ、過去の自衛隊の面影を残している、その戦車。あまり丁寧な扱いを受けてないのか、全体に埃を被っていた。
そんなどこか哀愁を感じさせる戦車に、見回っていた数人の自衛官達が、それを見て何やら世間話をしていた。
「この戦車、解体されるのいつ頃だっけ?」
「さあな。まだ反対している奴がいるし、そうすぐには決まらないでしょうけど。しかし今時戦車なんて、ダサいわよね」
「でも本当なら、人型よりこういう形の方が、戦闘に向いてるって話しだろ?」
「でも結局、誰もまとも動かせないんじゃしょうがないでしょ? 金山さんだって、少し走らせるぐらいしかできなかったし。こんなのに大事な、人妖の高級素材を使って、無駄な予算をかけたわね……」
そんなことを会話する数人の自衛官達。そのままその戦車から通り過ぎようとしている。
彼らにとっては、すぐに忘れてしまいそうな、何てことない世間話。だがこの後すぐに、彼らにとっては、一生忘れられないような、大きな思い出を作ることになった。
『……解体だって? 冗談じゃないわよ!』
「「!!??」」
突然そこに謎の声が聞こえてきた。スピーカー越しに話すような残響のある、若い女の声である。
「おっ、おい! 何だよ!?」
「誰だ! どこにいる!?」
「いや、何かあの戦車から聞こえてきたような……?」
事態を警戒した自衛官達が、即座に拳銃を引き抜き臨戦態勢に入る。そして一人の自衛官が気づいて口にした言葉に、皆が一斉にあの戦車の方に振り向いた。
「なっ!? 動いて……」
何と今までずっと起動させていなかった戦車が、たったいま動き出したのである。軌道輪が回転し、履帯が動き出して、戦車がこの倉庫内を走り出したのである。
燃料はガソリンではないのか、排気ガスなどは出ていない。またエンジン音も聞こえない静かな起動であることから、エンジンとは異なる技術が使われているのであろうか?
ドガン!
「なあっ!」
その戦車は、倉庫のシャッターに激突した。閉じられたシャッターは、紙のように簡単に砕かれて、そこから戦車が外に飛び出した。
この日駐屯地から、突然一台の戦車が、家出を始めてしまった。