第二十九話 味覚共有
「じゃあ、邪魔したな。もうしばらくしたら金が入る予定だから、料金が必要だったら、その時まで待ってくれ」
「いえいえ~お代なんて入りませんよぉ。では~明日を楽しみにしてますねぇ」
所長室でルーナと別れ、廊下に出てくるビービ。見ると廊下には、ルビーがまだ立っていた。
「ていうか……そもそもお前は、何の用があって、ここで待ってたんだ?」
「いえ……まだちゃんとしたお礼もできてないし、僕に何か出来ないかなって……。ビービさん色々困ってるし……」
「礼? あの程度のことで、随分恩にこだわるな? 別にいらないし、何か要求するなら、もうあんなのに引っかかるなよ。俺も、いつだってお前らのピンチに居合わせるわけじゃないんだからな……」
「うう……肝に免じます……。やっぱり薬なんかで、魔力は上げられないものなんでしょうか?」
「当たり前だろうが……」
ルビーの恥ずかしげな言葉に、ビービは呆れながら即答する。
「ていうかお前、魔力を上げるって話しに、えらく飛びついてたけどよ……無欲なお前らが、魔力を上げてどうするんだ? どんなに強くなったって、自衛隊にも日本にも、大して役に立たないぞ、お前らは……」
「……!?」
ビービの率直の言葉に、ルビーはえらくショックを受けている様子であった。だがそれは事実である。
今この世界、及び日本国でも流通し始めている、魔法という特殊技術。優れた術者が使えば、小銃や手榴弾にも匹敵する威力を発揮する。
逆に言えば、そういった武器を持てば、魔法の訓練なんかしなくても、誰でもそれぐらいの力を得られるということだ。
現在日本国が保有している機械兵器の前では、現時点での魔法の威力は、さほど大した力ではない。当然大地魔を倒す力もないのである。
「水を出す魔法だって、水道管が通ってりゃ、別に必要ないし。凍らせる魔法も、冷凍庫使った方が危なくないし。回復魔法だって、細胞の弱化とか何とか、身体に悪いって規制されてるし。お前の使う、火を出す魔法なんて論外だろ? 街の中で火なんか出したら、火事になりかねないし。日本の奴らが売りさばいてる、電気コンロの方がずっと安全だし。ぶっちゃけ魔法の存在意義ってあるのか? 何故か日本人は、魔法に憧れているみたいだけどよ」
「あう……そんな遠慮なくズバズバと……もうちょっと優しく言って下さい……」
「優しく言っても、結局同じだしな……」
現時点日常生活で使う面で、魔法が日本の科学に勝っている点はない。ただし緊急時・サバイバル時には、優れた能力を発揮するとして、自衛隊では重宝されている。
回復魔法なども、緊急の応急処置の為に、医療関係者や消防隊などで、布教されているようだ。では必要以上に魔道士を増やして、何か意味があるのかというと、別問題である。
「でも僕達にできる事って魔法しかないし……もしかしたら鍛えてたら、日本の漫画みたいに凄い魔法を覚えられるかもしれないし……」
「地球を爆発させたりとかか?」
「さすがにそれは駄目です! でも今のままじゃ、日本の方々のお役に立てません。こっちばかり色々貰ってて、まだ何もお返しできてないし……」
「(すっかり日本信奉者だな……)まあ、せいぜい頑張れよ。もしかしたら和己やタンタンメンやレイン女帝みたいに、国一つを栄えさせられるかもな……」
冷めた口調のビービの回答。だが言ってることは本心であった。確かに国一つを支えられるほどの、強力な魔術を使える者は実在する。
魔道士達もそいつらを目標にして、魔法の訓練を行っているのだ。だがビービが発した、最後の人名に、何故かルビーは苦々しい顔である。
「レイン帝国の王様ですか? それは僕もちょっと……」
「そうか……まあ大概の奴らはそうだよな……」
何か含むようなビービの言葉。その言葉の後で、ビービは廊下を歩き出そうとする。
「あっ、待って下さい! じゃあ今日どこに泊まるかぐらいは教えて下さい!」
「泊まる所なんてねえよ。一文無しだし。とりあえず鉄実……こっちまで来た車の中で、一晩明かすつもりだな」
鉄実のことはとりあえず、これ以降はあまり人に言わないことにしたので、車と誤魔化しておくビービ。
「じゃあここに泊まってください! 部屋は空いてることはありますから、僕が先生に頼めば、きっと大丈夫です」
「それは無理だ。連れもいるし」
「病気の人ですか? だったら尚更ここに……」
「悪いが訳ありでな。そいつは車から出られないんだわ」
一応言っていること嘘はない。まさか鉄実の亀戦車の身体を、ここの施設に持ってくる訳にもいかないだろう。
「そうですか……じゃあ今日の晩ご飯だけでも、僕が奢りますよ! お弁当とかでもいいですか!?」
「しつこい世話焼きだな……まあいいぞ」
そう言って駆け出そうとするルビー。そして即効で、近くの商店街から、弁当箱二つを持って、素早く戻ってきた。
「はい、適当に選びましたけど、これでいいですか!?」
「ああ、いいぞ……ありがとうな」
本当は一個で良かったのだが、ビービはそれだけ言って受け取った。正直、この純心すぎる少女と会話するのも、いい加減に疲れてきたので、早々にこの組合所から立ち去ろうとするが。
「じゃあ、開門時間ももうすぐ終わるから、そろそろ……あっ、そうだ」
ふとビービが、何かを思いだしたように、再度ルビーに問いかけた。
「前から気になってたけど、お前のその“僕”て一人称なんだ? お前女だろ? 生まれたときからそうだったのか?」
「ううん。自衛隊の人達が、そういうふうにした方が、可愛いぞって言ってたから」
「可愛いって……どういう趣味だよ? じゃあルーナのあの変な喋り方もか?」
「そうみたいですよ。何かそれで日本の人達から、色々人気があるみたいですし」
「ああ、そう……」
無垢な石人達が、日本人の趣味の世界に浸食されている。これは果たして良いことなのかどうかとか、そんな難しいことを考えることは止しておいて、ビービはルビーと別れ、組合所を後にするのであった。
ルビーに買ってもらった弁当が入ったポリ袋を持って、ビービは夜の街道を戻り、さっき入ったのと同じ門を通り抜けた。
「ちょっと君? こんな時間にどこ行くんだ?」
その途中で先程も会った、あの警備中の警官に、まるで職務質問のような口調で問いかけられる。
「行くって外にですけど?」
「いや、それは見れば判るけど……今外は、大地魔が大発生してて危険なんだ。そんな丸腰で外に出るなんて……そもそもこの町まで、歩いてきたのか? まあ、とにかく宿は中で取りなさい!」
ある意味最も警官の疑問。今は大地魔が大量発生して危険な時期。人の姿を見ると襲ってくるあの怪物がいる場所に、身を隠す物を何も付けずに外を出歩くなど、危険極まりない行為だ。
「それなら大丈夫だ。外に車待たせてあるからな。外からは中が見えない奴だから、大地魔が来ても大丈夫さ」
「そうか……しかしそうであって、大地魔が君の車がある所を歩いてくるかもしれん。ならその車も、街の中に入れといた方がいい」
「いや、今手持ちがないからな……駐車代も払えん」
「なら人に頼めばいい。事情を話せば、土地を貸してくれる人は、すぐに見つかるだろう」
心からの親切心で、繰り返し街に入ることを求めてくる警官。悪意がないのは判るが、正直今の状況からして、ビービは鬱陶しさを感じていた。
「まあとにかく……大丈夫だから! それじゃあな!」
「あっ! こらっ、君!」
手早く会話を切り、草原へと走り出すビービ。素早く走る彼の姿を、声を上げながらも、止めることはできずに、その様子を見送っていた。
(大丈夫なのか、本当に?)
色々不安に思いながらも、彼にはビービを拘束するような権利などないため、致し方なく彼の望む通りにすることにした。
そして彼は受付部屋の中にある、一つの画面を見る。その小型画面はテレビではない。この町に共有して届けられている、この辺一帯の大地魔を警戒するための、レーダーの画像であった。
その中にこの町の付近にある、大型の車と思われる反応があった。最初は大地魔かもと警戒されたが、それはそこで停止し、現在までに全く動いていない。
(彼が言ってた車ってのは、もしかしてこれか? じゃあさっきここを通った奴が言ってたのは?)
この時警官は、ビービとは別の人物に向けて、新たな不安を抱いていたのであった。
『おかえり~~寂しかったわビービ!』
「おうただいま」
わざとらしい口調で感激の言葉を上げる鉄実に、ビービは素っ気なく答える。月光に照らされた草原の中、鉄実の亀戦車は、先程と全く変わらない位置に、ずっと停車していたようである。
『あら? それはなあに?』
「弁当だ」
『弁当? あんたお金ないとか言ってなかった? もう眼水晶代貰ったの?』
「いや、魔道士組合の奴から貰った。何か入ったら、いやに善人とよく会って、ちょっと息苦しかったぜ……」
そう言って、砲塔に上がり、今までと同じようにハッチを開けるビービ。どうやら中で食事をとるようだ。
操縦席に座り、正面の大画面に写される、夜の町の風景を見ながら、ビービは袋の物を取り出す。
中にあったのは、鉄実が生きていた頃の日本の、その辺のコンビニやマーケットに売っていそうな、トレーに入っている普通の弁当。
一つはご飯の上に切り分けられたトンカツがのったトンカツ弁当。もう一つは円形のトレーに入った、ご飯の上に麻婆豆腐がかけられた麻婆弁当である。ご丁寧に、竹製の箸も一緒に入っている。
ちなみにその弁当箱の透明な蓋には、“半額”の二文字が大きく書かれたシールが貼られていた。
節約のためにワザと値引き品を選んだのか、それともこの時間帯だと値引き品しか売っていなかったのかは、今の状態では判らないが。
『二人分あるわね。もしかして一つは私の分?』
「そうだろうな。そいつにはお前の事、適当に誤魔化して話したからな」
鉄実の今の身体では、食事をとることなど不可能だ。そもそもこの身体に、エネルギー補給がいるのかも謎である。
まだ判らないことが多いが、少なくともこの弁当が、鉄実にとってあまり意味がないのは明白であった。
『そんで何か実りのある話しはあったかしら? お互いに……』
「いんや全然。警官も魔道士も、奈々心のことは知らねえってさ。お前の事もよく判らないんだとよ。まあ明日になって、直に会って診てみたいって言ってたが……」
『ふうん、まあいいけど……』
特に期待していなかったので、特にショックを受けることもなく、素っ気ない返事をする鉄実。
そうしている間に、ビービは弁当箱の透明な蓋を開け、箸を二つに割る。そしてその弁当の一欠片を掴んで、それを口に含んだ。日本人と同じく、箸の使い方も手慣れた風である。
「うん……これは美味いな」
『ええ、そうね。ちゃんとした肉の味がするし、世界が変わっても、食べ物の味も変わってないかと、ちょっと不安だったけど』
「そういうのは変わらんだろ。しかしちゃんと調理したもん、何年かぶりに食べたな……」
『いくら死なないからって、やっぱりこういうのは、ちゃんと食べておくもんでしょ? まあ私だって、かなり久しぶりって事になるんだろうけど……あら?』
「うん?」
二人で弁当の感想を言い合っているこの状態に、鉄実もビービもあるおかしなことに気がついた。
『何言ってるのかしら私? 食べてもいないのに? 何か今変な感触が? ごめん、ちょっとおかしな事言ったわね』
今自分が感じたことを、気のせいで片付けようとする鉄実。だがビービには何か思い当たるのか、弁当を再び一口した。
『!?』
「どうだ? これの味がしたか? ちゃんとした肉と飯の味だろ?」
『ええ……でも何で?』
どうやらビービが感じた味覚を、この金属の身体の鉄実も感じているようだ。舌はおろか、肉も骨もない身体で、食べ物の味を感じ取っているのである。
「心感機ってのは、操縦者と精神と感覚を繋げて動く機械だ。もしかしたら俺が座席に乗ったせいで、感覚が少し繋がってるのかもな」
『そういうものなんだ?』
「俺もよく知らん。当てずっぽうで言っただけだからな。だがこれで良かったんじゃないか? これでそんな身体でも、味わう楽しみができるしな。今度から、何か食べ物を買ったときは、なるべくここで食べてやるよ」
『……え? いや、何もそこまで……こんな窮屈なところで。大体いつまで自衛隊から逃げられるかも分かんないのに』
「それはもうしばらく大丈夫じゃないのか? どうやらあいつらは、お前を追ってないみたいだし」
『え?』
ビービは、先程警官やルーナから聞いた話しで、自衛隊が未だに亀戦車を手配していないことを説明した。
『ふうん……でも何か変じゃない? 普通なら、その辺適当に彷徨いてる木偶よりも、人が武器を盗んだ事件を優先しそうだけど?』
「さあ? 何か上の事情でもあるんじゃないのか?」




