雷光の理由 3
様々な色の瓶が置かれた棚を棒の先につけた布ではたくと、時に思いがけない量の埃が舞う。
原因は上段左から三番目の青白い瓶、中には柔らかそうな白い毛が入っているのだが、どうやらこの毛が埃を呼び寄せているらしい。
見方によっては散在するより一か所に集まっていた方が倉庫の掃除にとって都合がいいと思えなくもないため、僕はこの毛入りの瓶に僅かながら感謝している。
店内に移動するとカウンターの真上にかけられた年代物の時計が8時半を指していた。「アニマトピア」の営業時間は午前9時から午後5時。
この時間帯の僕の仕事は店内の商品の陳列だ。陳列といっても、ここは店棚の商品の出入りがそれほど激しくない。
例えば、大きな需要の発生する都市は、この近くだとファンメルの城下町があるが、足を運ぶのは城下町内部のポーション屋で十分であるため、わざわざ郊外のサンタマロンまで出向く人はそうそういない。
現在の「アニマトピア」の収入の大部分は老舗であることに由来する昔からの顧客や、契約を結んだギルドへの定期配送によるものである。
棚に置かれたポーション瓶の数を数えながら、僕は奥の部屋を覗いた。その居住空間ではペリドットが赤縁の眼鏡をかけて経理の書類を片づけていた。本人が言うには、特に目が悪いわけではなく、気分的なものだそうだ。
ふと、手元の作業に意識を戻すと一列だけ瓶が足りない。商品棚のプレートには「ヒューパネス」と記されている。
「ペリドット。ここの商品棚の瓶、在庫切れしてるみたいなんだけど」
はいはい、と彼女が奥の部屋からひょこひょこと小走りでやってきた。
「どれどれ。ああ、忘れてました。そういえばヒューパネスの在庫が残り僅かだったんですよ」
「材料もないの?」
「はい。まあ、入手は簡単なものではあるんですけど……」
う~ん、と小さく唸りながらペリドットが商品棚とにらめっこしている。隣に並ぶと彼女の頭は僕の目線ほどの高さに来る。彼女は腕を組んでしばらく悩んでいたが、やがて一人で頷くと僕にこう切り出した。
「鹿島くん。今日、暇ですよね」
「窓拭きとか、トイレ掃除とか、書斎の整理とか、窓拭きとか……」
「雑事は私が変わっておきますので、別の仕事を頼まれてくれませんか?」
自分の仕事を“雑事”と済ませられたことに一瞬反論しようとしたが、よくよく考えると確かに雑事以外の何物でもないことに気が付き、雑用係は口を閉ざした。
「……それで、何をすればいい?」
「ヒューパネスの在庫がないままだと困るので、森に行って材料を採ってきてください」
「採ってくるって……。そんな簡単に見つかるものなの?」
「はい。そんなに珍しいものでもないですし……」
ペリドットは、ちょっと待っててください、といって自室に戻ると、古い図鑑を持って帰ってきた。
「このショウミンダケってキノコです」
彼女が指し示した先には、傘が大きい白色のキノコが掲載されていた。
「毒は無いのですが、柄の部分に強力な催眠成分が含まれているので、そのまま食べると二日は意識を失います」
それは無毒と言えるのか、と僕は甚だ疑問に思ったが、この際それは気にしないことにした。
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