雷光の理由 2
僕が階段を下りると、同居人もまた僕の気配を感じたのか、キッチンでフライパンを握りながら上半身だけ振り向いた。
「おはようございます。鹿島くん」
「おはよう」
挨拶を返すと、彼女はフライパンの上のものを皿によそった。
僕はテーブルの上に置かれた新聞や広告を手に取ると、なるべく細かく読んだ。
欠乏した記憶の中で最も深刻だったのが社会情勢に関するものだった。とにかく、最低限のことは頭に叩き込まなければ、この世界の住人として生きていけない。
「昨日も遅くまでやってましたね」
必死で新聞を読みふける僕に彼女は言った。首から下げたエプロンの紐を外し、身体の前でそれを畳みながら。
責めるような口調ではなかったが、少し後ろめたく感じた。
「……ばれてた?」
「隠してるつもりだったんですか?」
はい、そうです。とも言えずに、僕は苦笑した。
彼女は短く溜め息をつきながら、椅子の背もたれにエプロンをかけた。その後テーブルに先ほどの料理を並べ、僕の向かいに座った。
「調合なら、言ってくれれば私が教えますよ。何を遠慮してるんですか」
「いやあ、夜だったし。流石に悪いかな、と思って」
「それで夜更かしして寝ぼけられても困ります」
彼女は小さく、いただきます、と手を合わせると目の前の卵料理に手を付けた。
僕もそれに倣いフォークで卵をつついた。寝ぼけてなんか、と口にして何も刺さっていないフォークを口に運んだ僕は誤りに気付き、静かに手元のフォークの上下を正した。
「やっぱり寝ぼけていたみたいだ」
彼女は、知ってます、とでもいうような顔で淡々と朝食を進めていた。淡い緑色の髪を胸の前に垂らし、肩の下あたりで軽く結んでいる。
僕はここに来てからずっと彼女は表情の変化に乏しいと思っていたが、存外感情は豊かなのかもしれない。
「今日、新薬の開発をしようと思っていたんですけど。良かったら手伝ってくれませんか」
「え、いいの?」
「もちろんですよ。そのために働いてもらってるわけですし」
思いがけない言葉に僕は喜び損ねてしまった。ポーションの開発にはかねてより興味があり、そのためにひっそりと調合の練習もしていた。もっとも、彼女にはばれていたようだが。
ところが、いざ堂々と許可をもらうと我ながら素っ頓狂な返事しか出てこなかった。
僕が間抜けな顔をしている間に彼女は、ごちそうさまでした、と言って既に食べ終わった食器を重ねていた。
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