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白 第2部  作者: まころん
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 『黒の大地』ローダン帝国の皇宮には、この言葉が相応しいかどうかはわからないが、華麗な畑がある。

 畑に入るには、十間(約十八メートル)ほどの深紅のバラのアーチをくぐる。その先には、美しい花壇、大理石の東屋、裸婦の彫刻で構成された小ぢんまりした畑があった。


 この畑の持ち主は、鋼と呼ばれるローダン帝国皇帝の兄だ。

最近、畑には井戸と屋外用のかまども用意された。おかげで、庭園ならぬ畑を眺めながらのお茶会を楽しめるようになった。


 今日も畑の東屋は、にぎやかだ。

「セシル兄様、このトマト、ちょーおいしい」

「だろう。みんなでまめに世話をしたからね」

 トマトを頬張るローダン帝国皇位継承第二位カレンナ皇女が、少しはしゃぎぎみなのは、憧れを抱く皇位継承第三位プリューム皇女が一緒だからだ。

 プリューム・マートルの後ろに控えるは、マートル家の側用人に就いたアラン・ナンジョウである。側用人は、当主の秘書的な役割を担っていた。


 畑の主、セシルが、ゆったりと笑顔を浮かべるのは、気の許せる顔ぶれと、大好きな畑にいるせいもある。

 だが、もう一つ。それは、ここにいると、作物の世話で忙しく、余計なことを悩まずにすむからだ。この時期、畑は忙しい。

 胡瓜は、大きくなり過ぎないうちに収穫する。小まめにトマトの脇芽を摘む。茄子の世話もしなければいけない。もう、本当に忙しい。



「セシル、あなた、もう決めたの?」

 静かに問うプリューの言葉に、忙しいセシルは、視線を落とした。

 

 一か月ほど前、セシルのお披露目の祝宴が盛大に行われた。三つの大地から、皇帝をはじめ、有力な皇族貴族が、集まった。

 そこで、セシルは、グランとダンスを踊り、グランに告白された。


*********************************************************************



「私の伴侶として、一生あなたを離さない。絶対離さない」 

 そう言うと、グランは、セシルの唇を塞いだ。

 もちろん、大勢の客が集まった大広間は、騒然となった。その中をグランは、セシルを抱き上げ、悠然と退場して行った。

『赤の大地』のゴーラディオン皇帝だけが、腹を抱え、大笑いしていた。宰相イオリや、皇子リオンらが、その後の対応に追われたのは言うまでもない。


 大広間を出た、宮殿の長い廊下の中、

「ちょ、ちょっと待ってグラン。お礼の言葉とか、挨拶とかしなくていいの?」

 ようやく我に返ったセシルは、兄として、礼節をかいた弟をたしなめるが、その体は、不本意ながら弟に抱っこされたままだ。兄の面目も何もない。

 その兄へ、

「ふん。些細なこと」

と言い、グランは、熱く熱をおびた瞳を向けた。

「些細じゃないよ!」

 セシルは、下に降りようともがくが、更に強く抱きしめられ、同時に、グランの足は更に大股になり、足早になり、気が付けば馬車の中で、いつの間にかグランの寝室だった。


 グランは、セシルを静かに無駄に大きいベッドへ降ろした。

「ちょ、ちょっと待ってグラン」

さっきも、このセリフを言った。


「兄上、もう一度言う。私の伴侶として、一生あなたを離さない。あなたの心も、その真珠の瞳も、髪も、体も、全て私のものだ」

 グランは、セシルの煌びやかで複雑な衣装を、器用に手早く脱がし始めた。阻もうとする手をきれいにかわしながら。

 百戦錬磨のグランにとって、兄のか細い抵抗など猫じゃらしにも等しい。

 

 そして、セシルの体を覆うものは全てなくなった。

 セシルは、晒された体を少しでも隠そうと、そばにあった上掛けをつかみ、後ずさった。男だし、兄弟だし、裸など恥ずかしくもないが、この状況は、やばい。


 だが、グランは、邪魔する上掛けを剥ぎ取ると、セシルを押し倒し、唇を重ねてきた。文字通り、息つく暇も与えず、深く深く、追いつめるように。


「ぷはぁーっ、ちょ、ちょっと、待っ、て、グ、ラン」

 本日、三度目のセリフは、切れ切れだった。それでも、セシルは、なんとか色々と立て直し、弟のはずの男の説得を試みる。

「お、俺、男で、兄弟で」

「何の問題がありましょう」


 グランが、首筋に顔を埋めた。首筋を舐めあげられる感触に背筋がしびれる。

「わぁーっ。だ、だから、後継ぎとか、皇后職とか」

「そんなもの、リオン達にでもくれてやりましょう」


 グランの唇が、胸を滑り、吸いついた。女じゃないのに。

「ふぎゃー。俺は、下賤な色なしだ。白だ。髪も瞳も白だ」

「この世の誰よりも、真珠の瞳と髪を愛でましょう」


 グランが、尚も下へ向かおうとするのを、セシルは全身で拒もうとした。だが、鋼の体は、びくともしない。体格差がありすぎる。


 勝手に、涙が浮かんできた。

 セシルは、自分の涙に自分で驚き、目をつむった。押し出された涙は、目からあふれ、白い髪を濡らした。

 目じりにやわらかな感触が、ふれた。

「兄上、目を開けてください」

 恐る恐る瞼を上げると、すぐ真上に精悍な男の顔があった。男でも見惚れる顔だ。その黒い瞳は、一途にセシルを見つめる。


 グランが問う。兄上、そんなに私が嫌いかと。

 セシルは、頭を思いっきり左右に振った。

 そうじゃない。そんなはずないだろ。

 

 グランは、大好きで、大切で、愛しくて、可愛い、掛け替えのない

 ―― 弟 ―― だ。


 グランが問う。涙の訳はと。

 悲しい。

 

 グランが問う。何が悲しいのかと。

 悲しいのは、悲しいのは失うこと。また、大切なものを失うこと。

 


 セシルが持っていたものは、元々少ない。その少ないものは、いつも手をすり抜ける


 たった一人の幼馴染は、帝都へ旅立った。寂しくて淋しくて、草を掻きむしった。

 唯一の家族だった母は、命を落とした。家の中のちょっとした物音に、いるはずのない母の影を探し、涙した。


 今、やっと心通わせた弟を、失いかけている。

 やっと出会い、やっと得た家族、弟を。


 これでもう、中の良い兄弟には戻れない。

強引なときもある、意地悪なときもあるけど、一緒にいるだけで、心地よくて、安らげる居場所。

 全てなくなる。



「伴侶って、特別に好きになって、特別にずっとそばにいたいと思う人だろ。じゃぁ、特別に嫌いになったら、どうするんだよ」

 そしたら、もうそばにはいられない。

 つかみどころのない伴侶とやらになるより、兄弟でなくなる方が、よっぽどつらい。


 セシルは、自分に覆いかぶさる男に、素直に心の中を打ち明けた。



「兄上、それでは、兄弟で伴侶と言うのはどうでしょう」

「え?」

 交渉力は、皇帝として必須条件だ。

 グランは、疑問符を浮かべる兄の戒めを解き、ベッドの背もたれに寄り掛からせた。いつまでも見ていたい裸体も上掛けで覆い、自分は、向かい合うように胡坐をかいた。


 グランは、内心、ほっとしていた。自分を拒む理由だ。

 兄の涙がこぼれたとき、悄然とした。それほど、自分を受け入れるのが嫌なのかと。弟としか見れない、恋愛対象ではないと、突っ撥ねられれば打つ手がない。強引に体を繋ぎ、他の人間に目を向けぬよう、監禁するしかない。永遠にだ。


 しかし、セシルは、グランを失いたくないと言っている。やはり弟としてだが。

 交渉の余地はある。


 あの深い森の中で育ったセシルは、色恋だの、恋愛だのの、情報も経験も乏しいのだ。

 まだ何も知らぬ。

 今が最後の好機だ。

 グランは、兄を落とす戦略を整えた。


 不安げに見つめるセシルに、グランは言った。

「兄弟でなくなるというわけではない。兄弟の上に、更に伴侶として絆を深めると言うことです」

 セシルは、首を傾げた。まだ腑に落ちないのは、仕方あるまい。だが、これまでのセシルを見ていて、言いくるめる自信はある。


 セシルが、おもむろに自分の体に目をやった。そこには、さっき、グランが無体を働いた痕があった。

「でも、俺、……怖い。伴侶になると……あ、あんなことしなきゃ……」

「兄上は、男同士のあんなこととは、どんなことか、ご存じか」

 セシルは、真っ赤になって頷いた。

 いい歳をした大人である。当然と言えば当然だが、グランは、セシルの頷きに、えも言われぬ苛立ちを覚えた。

 とはいえ、今は、交渉を成立させることに力を向ける。

「体を繋ぐと言うことは、更に絆を深めることです」

「……でも」

 なかなか頷かないセシルだが、セシルの気持ちを知ったからには、無理はさせたくない。  

 セシルの体には、肩から胸にかけて大きな傷がある。グランとて、できれば、兄の傷は、心の傷だろうと、なんだろうと増やしたくない。


「兄上、半年、待ちましょう。半年後に私の誕生日があります。もし、伴侶となって下さるのなら、その贈り物に兄上の全てをいただきたい」

「そんな」

「それでは、今がよいか」

「む、無理、無理」

「兄上、半年後か、今か、ご決断を」 

「……半年後でお願いします」

 交渉は、成立した。論点のずれや、強引さも目立つが、とりあえず成立した。



 グランには、確証があった。

 心優しいセシルだ。誕生日で、贈り物となれば、拒むことはできない。半年かけて、じっくりと自分を納得させるに違いない。


 その夜、グランは、高ぶった熱をおさめるために、久しぶりに女を数人用意させた。だが結局、どの女とも、その気にならずに夜が明けた。

 セシルは、知らない。



 実は、セシルは、その後一週間寝込んだ。疲労に新たに心労が加わったせいだ。


 グランは、セシルの体調を見て、気になっていたことを尋ねた。兄が、夜の営みの知識を誰から知ったかだ。


 カイトは、セシルが、十二の歳に村を出ている。その頃に、あのカイトが、教えたとは思えない。母親も考えられない。となると、父親代わりのバナルか?


 だが、兄は、意外な人物を示した。

「月に一度やってくる行商のおじさんが……」

「行商人?」

「うん。……おじさんは、女性だけだけど……お、男同志は、……その、ものすごく痛いらしいって。……血もいっぱいでるらしいって」

 グランは、その行商人に殺意を覚えた。 

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