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ワンモアアクセル!  作者: アメカワ・リーチ
ワンモアアクセル! 1 ~トゥーランドットと練習王子~
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03


 全日本選手権は年末に行われる。もちろん今年もそうだった。

 一方世界選手権開催は三月。全日本選手権で世界選手権、四大陸選手権の代表に選ばれなかった者にとって、全日本がシーズン最後の試合になる。

 つまり、俺のシーズンの終わりは、まさしく暦の上での一年の終わりと重なった。そして全日本から三が日にかけてのささやかな休息を挟んで、新しい一年、新しいシーズンが始まるのだ。

 俺はスケーターであると同時に、高校生でもある。

 一流選手たちの多くは、スケートの成績という免罪符をもって、学業専念の刑を免除される。俺も一応、学校に申し出ればそうさせてもらえる権利は持っている。

 だがシニアの舞台に上がって、厳しい現実に直面した今、学業を捨てる気には到底なれなかった。スケート一本で飯を食っていく可能性がかなり低いという現実が、俺をいっそう勉強熱心にさせている。多くの人には理解しがたいかもしれないが、今の俺にとって勉強は現実逃避なのだ(もちろん、もとから勉強は嫌いではないというのもある。高校だってスポーツ推薦ではなく、一般入試で入学した)。

 なんにせよ、俺は普通に高校に通っている。もちろんハードな生活ではあったが、学校もスケートを続けることに協力的だし、なにより俺にとって学校とリンクが隣同士というのは本当にありがたいことだった。移動時間が五分か一時間かでは雲泥の差がある。スケータたちの中には新幹線で隣の県のリンクに通うものもいるくらいなので、俺は相当恵まれている。

 人並みに学業に専念していることは、俺が他のスケーターたちにちょっとだけ誇れることだ。

 というわけで、新年、新学期。ひさびさにクラスメイトに会う日。だが、俺の心中は複雑だった。

 全日本で大敗したという引け目半分。友達たちに会えるうれしさ半分。二つの感情が交互にやってきて、何日も前から落ち着かなかった。一体どんな顔でクラスの連中に会えばいいのだろうか。

 幸い教室前に来るまでに、一人もクラスメイトに会わなかった。規模の大きい高校なので、不思議なことではない。

 暖房で暖めた空気を逃さないようにと教室のドアは閉め切られていた。ドアの前に立った時、それ開けるのを躊躇してしまう。

 トリプルアクセルを跳ぶ前と同じくらい緊張した。同時にこんなところでつったってるのはおかしいと、焦りも生まれる。

 早く開けないと。ようやく決心してドアに手をかけようとしたとき、

「なにしてんの」

 急に肩を叩かれた。完全に不意打ちで、俺は情けなくも肩をびくっとさせてしまう。

 振り返ると、そこには仲のいい友人の姿があった。

 小柄だ。相対的にではなく絶対的に。身長が百八十センチを越える俺からすると、たいていの女性は相対的に小さいが、彼女はそのなかでも群を抜いて小さい。

 茶髪のショートカット。目が大きくて、いかにも女の子らしく可愛らしい姿。

 天野星。彼女にぴったりで乙女チックな名前だ。

「さっきから、何ぼけーっと突っ立ってんの」

「あ、いや」

 返答に困る。まさか怖くて教室に入れませんでしたなんて言えるわけがない。だが言い訳を述べる前に、天野が先に口を開いた。

「てかそれよりあんた! ショートはちゃんとテレビ流れてたのに、フリーばっさりカットだったね!」

 無邪気な笑顔。天野はげらげら笑いながら俺の背中を叩いた。

「うるせぇよ!」

 ショートはジャンプが三つしかない。そのうちトリプルアクセル以外はなんとか着氷したこともあって、一応テレビで流してもらえたのだ。

 テレビ局は当然視聴率優先で、注目選手と良い演技をした選手以外は流さない。俺のショートは《いい縁起》にはほど遠かったが、一応若手ということで、将来への期待も込めて放映したのだろう。

 もちろんあの悲惨なフリーは別である。あんなものが流されるわけがない。流されてほしくもない。心の底からそう思う。

「去年はフリーに進めなかったし? それよりはよかったんじゃない?」

 ちなみに全日本や世界選手権、オリンピックなどの主要大会では、ショートでそれなりの点数を出さないと、フリーに進めない。去年、大観衆の前に立った俺は理性を失いすべてのジャンプで転倒した。その結果フリーには進めなかった。

 確かに、それに比べれば今年はショートでは二つもジャンプを決めた。成長と言えば成長だ。もっとも、ショートはノーミスが基本なんだけど。

「ま、次回は頑張りたまえ」

 ぽんぽんと今度は少し優しめに叩かれる。

「頑張るわ」

 不思議とクラスに来る前の不安は吹き跳んでいた。俺がスケートだけしかしてこなかったなら、この安心感は得られなかっただろう。

 その後会ったクラスメイトたちも、決して哀れむこともなく、皆俺に普通に接してくれる。良い友達を持ったな……。素直にそう思った。

 ただ、一つだけ俺ののどに魚の骨が刺さっていた。皆その話題を意図的に避けているように見えた。いや、もしかしたら初めから、俺に、練習王子に、その可能性はないと思っているのかもしれない。

 来年二月、四年に一度の祭典が行われる。スポーツ選手なら誰もが憧れるその舞台────オリンピック。俺はその夢の舞台から、限りなく遠ざかっていた。



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