4-07
演技が刻一刻と迫る。凛は廊下でウォームアップ。俺とコーチはテレビ越しに選手たちの演技を見ていた。
「ふと思ったんだけどさ」
「ん?」
「カルメンのドン=ホセにしても、トゥーランドットのカラフにしても、二人ともようは凄い美女に魅惑されて、バカな道に突っ込んでいく男でしょ」
カルメンに誘惑されて、婚約者も兵士としてのキャリアも全て捨ててしまうドン=ホセ。トゥーランドットにほれ込んで、回りを巻き添えにしながら、ばかげた勝負に臨むカラフ。主人公二人はタイプこそ違えど、全てをなげうって女を追いかけたという点では同じだ。
「コーチは知ってるよね。俺がずっと凛を追いかけてきたって」
俺はこの十年、ひたすら君崎凛というスケーターを追いかけてきた。そのことを凛本人以外に告白したことはない。目指しているものと自分とのギャップが大きすぎて、誰にもいえなかったのだ。
けれど、ずっとそばで支えてくれたコーチだ。口で説明したことはないが、知らないわけがない。
「ああ」
「俺はドン=ホセでもあるし、カラフでもある」
ずっと。ただ君崎凛という気高い少女の背中を追ってきた。だから、この世界で誰よりも、ドン=ホセやカラフの気持ちが理解できるつもりだ。
「けれど、二人の結末は両極端」
愛する人を殺して、自分も処刑されるドン=ホセ。全ての危機を乗り越え、愛する人と結ばれるカラフ。カルメンの物語は救いがたいバッドエンドが、トゥーランドットの物語はご都合主義のハッピーエンドだ。
「一体、俺はどっちなのかな」
トリプルアクセルを含め、俺たちのプログラムは全体にわたって極めて難易度が高い。俺たちの力量をはるかに超えている。
行き過ぎた背伸びが、俺たちにもたらす結末はいったいどちらなのだろう。
全てが上手くいって大団円なんてこともあるかもしれない。少なくとも俺たちはソレを信じてきたのだ。けれど、もしトリプルアクセルが失敗すれば、俺たちの演技の全てが崩壊するだろう。
俺たちを待ち受けているのはいったいどちらなのか。
俺の問いに、しばらく考え込んだコーチはやがて断言した。
「君は、君たちはどちらでもないよ。君は君だ、大輔。ドン=ホセでもカラフでもない。待っているのは、君たち自身の未来だよ」




