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気がつけば、俺たちは観客のことなど忘れて互いに向き合っていた。
吹き出る汗が頬を伝う。それに比例する観客の大歓声。にわかには信じられない結果に唖然とした。
「やったよ、大輔……」
俺は凛を思いっきり抱きしめた。手をつなぐことにさえ照れを感じていた一年前からすると考えられない行動だが、この状況ではそんな感情はこれっぽちも起こらない。
あるのはただ凛とこの喜び、という実感はまだわかないが、おそらくそう呼ぶべきものであろうものを共有したいという思いだけだった。
一分という、とてつもなく短く感じた時間が経過し、俺たちはようやく我に返って、観客の期待にこたえた。
俺たちがお辞儀をすると、それに呼応して送られる大きな拍手。
「よくやった」
それはたった一言ではあった。しかし俺たちにとってもっとも偉大な他者であるコーチのその言葉は、この驚くべき結果が現実だと証明してくれる何よりのものだった。
キスアンドクライに座ったあたりで、少しだけ冷静さを取り戻し、俺たちはカメラに手を振った。
演技が始まる前、観客の間には『五輪に行くのは当然井上組』という共通認識があった。そして二分三十秒後、それは見事にひっくり返された。その予想外の『どんでんがえし』に観客は大きな期待を感じて盛大な拍手を送った。
もしかしたらが、圧倒的な不利を跳ね除けての逆転劇が、あるかもしれないという期待感は、日本人にありがちな判官贔屓に変わりつつあるように思えた。
高得点を望む手拍子。やがて得点が映し出され――
『君崎凛、王寺大輔組の得点――』
その得点は、パーソナルベストどころか、俺たちの予想していた、それも不相応に高い技で構成された技を全てこなしてみせたと仮定した希望的観測基づく楽観的な予想得点すら遥かに超えていた。
それはなんと井上組のパーソナルベストさえ超える得点だった。
「やったぁ!!」
俺は思わずそんな子供じみた言葉を叫んでしまった。だが、その気持ちはコーチと凛も同じで、俺たちは三人で固く抱きしめあってこの喜びを共有した。
「大輔……やった」
凛は小さくそうつぶやいた。たった一言だったが、俺には何よりのねぎらいだった。




