表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワンモアアクセル!  作者: アメカワ・リーチ
ワンモアアクセル! 1 ~トゥーランドットと練習王子~
28/42

3-10


 ドアを開けた凛は驚いただろう。親同然の恩師がやってきたと思ったら、そこに喧嘩別れした元パートナーがついてきたのだから。

 凛はコーチの顔を凝視するが、彼女からは何の説明もされなかった。

「じゃぁ私は外で待ってるから」

 そういってコーチはすぐに部屋を出てしまう。行き場を失った驚きは心中を回っているようで、彼女は三十秒ほど動かなかった。

 どうしていいのかわからないのは俺も同じだった。

 ようやく、彼女から

「……入っていいよ」

 部屋の中はカオスだった。言われなければ、まさか女子高生の自室だとは思うまい。

 まずゴミがそこら中にある。元から物が少ないからか足の踏み場も無いというわけではないが、お世辞にも綺麗とはいえない。

 とりあえず部屋に入ったものの、その後どうして良いかわからず凛の指示を待った。

 凛は扉を丁寧に閉めて俺に向き直った。

 一瞬の沈黙。

 そして凛は

「ごめんなさい」

 俺に頭を下げた。あの気高い凛が腰を折り曲げて頭を下げているのを、あっけにとられて見つめた。

 何か言わないと、そう思うんだけど、なにをいって良いかわからない。とにかく突然の出来事に弱いのだ。

「私、焦ってた。だから大輔の気持ちも考えないで突っ走ってた」

 頭を下げたまま、彼女は言い続けた。

「私には本当にスケートしかなかった」

 その告白。もう知ってるよ。彼女の口からこれ以上説明させる必要なんて無い。そう思ったのに、言葉が出てこなかった。

 凜が弱みを見せるとき。それは本当に追い詰められたとき。

「だから、ずっと、隣にいてくれる人を求めてたんだ。それがペアをはじめた理由」

 彼女がこんな風に長く喋るのは、一年前に出会って以来初めてだった。今思えば、彼女とはこの一年毎日一緒だったのに、ほとんど会話が無かったのだ。

「もう五輪なんていけなくてもいい。だからせめて一緒に滑ってください。お願いします」

 気がつけば彼女は涙を流していた。

 気高い君崎凛という少女。どんなに惨めな演技をした後でも涙ひとつ流さなかったあの少女。いったいその涙にはどれだけの重みがあるのだろうか。

「大輔が必要だから」

 その一言は、いったいどれだけ俺が望んでいた言葉なんだろう。

「……もう全日本まで時間がない。また今日から一緒に頑張ろう」

 正直、拍子抜けだった。

 一体この数日、悩み続けたのはなんだったんだろう。あれだけ身体にまとわりついていたものが、いっぺんに消えてなくなってしまった。

 でも実は、仲直りなんて大抵そんなもんなんだろう。

「……俺も告白する」

 凛は涙を拭きながら、

「俺がスケートをやる理由は、凛に憧れてるからなんだ」

 俺の告白を聞いて、彼女は眼を見開いた。

「俺たちの滑りが似ているのは偶然じゃない。俺が凛の真似をしたからなんだ。凛の演技を何度も何度も見て、少しでも近づこうとした。ジャンプの跳び方、スピンの種類、選曲。全部真似した。それくらい憧れだったんだ」

 俺にとって、凛はスケートそのものなのだ。

 この歳まで、つらい練習を続けれこれた理由。ただたた近づきたかった。凛としたあの演技に、少しでも近づきたかった。それが俺の人生の原動力だった。

 女の子として好きとか、そういうのを超えて、俺は凛に一人のスケーターとして尊敬し続けてきた。

 俺にとって、大げさかもしれないが、スケーター君崎凛は《神》なのだ。

「俺は断言できる。お前の世界一のファンだ。それで、応援するだけでは飽き足らず、一から十まで真似することにいそしんできたストーカー野郎だよ」

 俺の言葉を聞いて、凜がふふと笑いを漏らした。

「だから今幸せだよ。ずっと憧れてた凛と、一緒にスケートが出来るんだから」

 俺は、その辺においてあった空のペットボトルを手に取る。

「それにしても汚いなぁ……」

「部屋が汚くても別に困らないでしょ。家にはほとんどいないし」

「いや、そういうわけにはいかないでしょ。ってか君掃除器具のコマーシャル出てなかったっけ? これマスコミにバレたらイメージダウンだよ」

 なんかおかしな話だけれど、部屋一面のゴミを見て安心した。

 確かに、ひとたびリンクに立てば、凛は世界最高の選手だ。けれど、リンクの外では、普通の、ううん、普通どころか、むしろ守ってあげないといけない女の子なんだ。

 本当に、全てをスケートだけに向けてきた少女。だから他に足りてないものがあるんだ。

 たぶん俺にだって彼女にしてあげ荒れることがあるんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ