3-06
君崎&王寺組〝解散〟から三日。
俺の風邪はかなり良くなっていた。熱は完全に下がり、朝日をすがすがしいと感じられる。だが心中は複雑だ。果たして自分の言った〝解散〟という言葉が、凛にとってどの程度の意味を持つのか分からなかった。本当に文字通り、このままカップル解散となるのか。それとも、あれは単に一時のケンカで、リンクにいけばまたいつものように練習が始まるのか。
ただ一つだけはっきりしているのは、現状俺はどちらに転ぶことも望んでいないことだ。
こんなところで解散することが良いことでないのははっきりしている。だけど、この一年自分に圧し掛かってきたプレッシャー、それからから開放されるのかもしれないと思うと、もう終わらせたいという気持ちが強いのも事実だった。
もちろん、そうなった時、自分がどういう評価を受けるのか、それはわかりきっている。今逃げればプレッシャーからは開放されるが、今度は世間からの批判が俺の一生に付きまとうだろう。どう転んでもダメなわけだ。
「はいどうぞ」
妹が俺の前に朝食を並べる。両親は共働き。しかも二人とも商社勤めで海外を跳び回っているため、家にはほとんど帰って来ない。だから家事は兄妹二人の仕事だ。
普段から料理は妹の仕事だが、今はそれ以外の仕事も全部妹がやってくれていた。もし妹がいなかったら、高熱の中家事をやらなければいけなかったと思うとぞっとする。
「ごめんな未央。家事全部やらせちゃって」
「いいよー別に」
特になんでもないよとばかりに未央は、たんたんと自分の分の朝食をテーブルに並べる。妹も席に着いたのを見計らって、俺は食べ始めた。
兄がどちらかというと無口なのに対して、妹は良くしゃべる。だから食事のときは、妹が俺に話題を振るのが常なのだが、今日はそうはならなかった。未央は黙々と食事を進めた。病み上がりの兄を気遣ってのことだろう。
ただ、こうなると逆に会話のない食卓が気まずく思えた。妹と会話のない食事をしたことなど、考えてみればほとんどないかもしれない。
気まずいと思ったのは未央も同じだったのか、それとも、最初からそれだけは言っておこうと決めていたかのか。いずれにせよ、結局妹は沈黙を破った。
「これはさ、私個人の意見なんだけど」
コーヒーの入ったカップを見ながら言った。
「相性が合わなくてペアの解散なんてよくあることだし。別にお兄ちゃんが一方的に悪いわけじゃないでしょ」
確かにペアでは個々の素質だけでなく二人の相性も大事だ。例え一流のシングル選手が二人組んだとしても、ペアでも一流に慣れるとは限らない。スケートはもちろん、体格、性格、すべてが調和しなければすばらしい演技は生まれない。だから、例え俺と凛のカップルが上手くいかなくても、それは俺だけのせいではなく、単に相性が悪かったのだ──他人が、客観的に推測するなら、そういう結論に至るはずだ。
だが、世間は客観的ではないものだ。街行く百人に、凛と俺とどちらが悪いのかと問えば、百人中九十人が、俺が悪いと答えるだろう。
「だから別にやめたければやめてもいいんじゃない」
一見、どうでもいいよ、そんな風に言っているようにも思える。けれど、その言葉は、
「でもカラフやってるお兄ちゃんも、嫌いじゃなかったな」
良く聞いてみれば、それは意見でもなんでもない。それは単に肯定。兄に対する全肯定。
凛と組んでから抱き続けた、世間の注目を集めているというプレッシャーは、確実に、俺の肩に重く圧し掛かっていた。自分が失敗すれば、世間はどう思うだろう──ずっとそう思い続けてきた。
だけど、世間がどうであれ、家族だけは最後まで味方でいてくれるのだろう。それは今の俺にとっての、数少ない救いだった。




