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俺は更衣室のベンチに座り込んだ。むき出しの白熱灯に照らされた室内をぼんやりと眺める。いまだに倦怠感のこびりつく体が、動くことを拒否する。それに反して、脳の動きは活発だった。試合中は何一つ考えられなかったのに、今になって自分の演技が鮮明に思い出される。わずか二分半の演技時間に犯したミスの数々、不甲斐ない自分の姿、そういったものが次々に脳裏を掠めた。
だが、そんな時間を、外から聞こえてきた声が遮断した。女二人がしゃべっているらしい。
「それにしてももったいないよね」
「ほんとだよね」
更衣室にはドアがないため、ある程度は外の音が聞こえてくる。その上話している人の声が大きいため、話の内容が丸聞こえだ。特に盗み聞きするつもりもない。自然と会話が耳に入ってくる。
「あれじゃ、さすがに五輪は厳しいよね」
その単語が、俺のぼんやりとした思考を覚醒させた。そして次の一言が決定打になる。
「もっと経験のあるやつと組めば五輪目指せたのにね」
二人は明らかに俺たちのことを話してる。演技で欠いた汗が急激に冷えていく。しかし、自分で一度は確信しておきながら、もしかしたら関係ないかもしれない、そんな可能性をまだ探っていた。
だが、すぐにそんなものはないと分かる。
「君崎さんはトリプルアクセルも跳べるしね」
「協会の中でも反対意見あったらしいじゃん。パートナーは海外の有名選手にすべきだって」
疑いが確信に代わった。心臓をわしづかみにされたようだ。自分の居場所がなくなり、かといってそこからは動けず、逃げることさえ出来ない。
やつらがここに入ってきたらどうしよう。出口はひとつしかない。もちろんそこにはやつらが待ち受けている。
俺は物理的にも精神的にも追い詰められた。ただ、彼女たちのおしゃべりが終わり、ここを立ち去るのを待つ。
「まぁでも君崎さんもさ……」
ようやく声が遠のいていった。それにつれてだんだんと緊張が和らいでいく。だが身体にはいまだにあの倦怠感が残っている。
彼女たちの声がまったく聞こえなくなったところで、俺は自分の思考回路が正常ではなかったことを自覚した。彼女たちが男子更衣室に入ってくることなどありえないじゃないか。
俺は自分を落ち着かせるために深呼吸した。
それで、少しだけ冷静になったら、徐々に自分の不甲斐なさに対する懺悔が頭に広がっていく。
五輪という夢。なんとか皮一枚繋がったけれど、俺が危うく壊してしまうところだったのだ。




