2-10
密度の濃い毎日は、時の流れを速める。
ペア結成から四ヶ月。
出会いの季節。けれど練習漬けの日々で、俺たちに桜を楽しんでる暇なんてはなかった。
俺たちはリフトやツイスト、デススパイラルといったペア特有の技を、一通りはこなせるようになっていた。プログラムの方も、ショート、フリーともに振り付けが完成し、練習を始めている段階。
フリーは、凛の強い希望で『トゥーランドット』に決まった。なのでショートは俺が選曲することになったのだが、俺は悩んだ末『カルメン』を選んだ。
理由は、トゥーランドットと同じように、凛に合っていると思ったから。
『カルメン』は、自由に生きる気高き女性〝カルメン〟が主人公の悲劇で、これもやはりトゥーランドットと同様に、フィギュアスケートではよく用いられる曲だ。
そんなわけで、方向性が定まり、ようやく俺たちはオリンピックシーズンというレールの上を走り始めた。忙しい毎日だけど、なんとかそれにも慣れてきたころで、ちょっとずつだが、学校生活にも余裕が戻ってきた、そんな感じ。
「それで、その後君崎さんとはどうなの」
いつものように授業が終わると同時にやってきた天野が、いきなりそんな質問を俺にぶつけた。
「どういう意味?」
俺は言っている意味が分からず、怪訝な顔で対応した。
「進展したのかって話」
「いや、だからリフトとか簡単なヤツなら一通り出来るようになったところで……」
「ペアの話なわけないでしょ!」天野は机を叩いて、俺を睨んだ。「からかってるの?」
黙り込んだ俺を見て、天野は彼が冗談で話が分からないふりをしてるのではないと気がついたようだ。
「君崎凛さんとの関係はどこまでいったかって聞いてるの」
俺はその質問に困惑した。その意味がなんとなく分かったからだ。
「このままペアのカップルとして、絆を深めていけたらとは思うけど……」
「本気で言ってるの?」心底あきれたという態度を見せ付けるようにそういった天野は、ついに核心を突いてきた。「君崎凛のこと好きなんじゃないの?」
「そりゃ選手としてはすごく好きだけど……」
「そういう白々しい言い訳入いらないから」
天野は俺の目を真っ直ぐ見つめて、というより睨み付けて、自分の質問に肯定を求めた──それ以外は求めていなかった。
確かに、俺は凛のことが好きだ。たぶん世界で一番。けど、それが恋愛感情かといえばそういうわけじゃない。
「……わかったよ。認めます」
でも、実際のところ、凛と仲良くなりたいのは事実だ。だから、とりあえずは天野に屈することにする。
それに、一人の思春期男子として、あれだけの美少女前に、付き合いたいと思わないほうがどうかしてる。そう思うのは事実だ。
「じゃぁまずはデートに誘うところからだね」
「いや、デートってそんなの無理だって。デート誘うとか告白するようなもんじゃん」
「別にデートぐらいでなに言ってんの」
この辺が、恋愛強者と弱者の違いだろう。メアドを聞くくらい、デートくらい、付き合うくらい、そんな風に思える人間とそうでない人間が世の中に入るのだ。
「ちょうど今カルメンやってるじゃん」天野の言うように、つい二週間ほど前に、映画版カルメンがロードショーされたのだ。ちょうどショートの曲にカルメンを選んだ後だったので結構驚いた。「スケートの参考にとか適当に理由つければ楽勝でしょ?」
確かに、楽勝とまでは行かないが、それなら出来そうな気もする。
「急がないと、スケートで忙しくなっちゃうし、今のうちなんじゃないの?」
そういうわけで俺はその日の練習終わりに、作戦を実行に移した。
「あのさ、来週の日曜日、一緒にカルメンを見に行かない?」
俺がこの一言を搾り出すのに、どれだけの葛藤があったか。
話を切り出すタイミングを練習の終わりにしたのは、例え顔が赤くなってしまっても誤魔化せるからだった。
「カルメンやるんだしさ、参考に出来るかなって」
凛はしばし考えた後、わかったと返事した。
「行くなら、今週の土曜日の午後行こう。リンクが使えないし」
どうやら凛の選考基準は、練習の邪魔になるかならないからしい。デート時間が練習時間とかぶるなら、例えレベル4のイケメンに誘われたところで断るだろう。
そんなわけで、生まれて初めてのデートが決定したのだった。




