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ワンモアアクセル!  作者: アメカワ・リーチ
ワンモアアクセル! 1 ~トゥーランドットと練習王子~
15/42

2-08


 俺たちはリンクの片隅で、小さなジャンプをした。

 技名としてはソロジャンプのシングルフリップということになる。二人同時に、右足で跳んで左足で降りてくる一回転ジャンプ。

 フリップは比較的難しい種類のジャンプだが、それは三回転以上に限った話だ。一回転のフリップはスケート初心者が最初期に覚えるジャンプである。

「よし。だいぶよくなってきたな」

 この三日間、俺たちはこのシングルフリップをひたすら練習してきた。そのおかげで一回転ならなんとか息が合うようになってきたところだ。着実に成長している。

 とはいえ、その進歩は鈍足だった。練習しまくってようやく簡単な技ならタイミングが合うようになる、そんなレベルだ。まともにトリプルジャンプ一つできない。

「よし、ジャンプはこれくらいにして、ペアスピンをしようか」

 ペアスピンは、その名のとおりペア特有の技で、二人が体を組んだままスピンをする技だ。

 まず基本的なアップライト、つまり立っているだけのポジションで抱き合いながら回る。

 俺は、心の中で「失礼します」と呟いてから彼女の背中に手を回した。さすがに毎日抱き合っているのである程度は慣れてきたが、それでもまだどこか気まずさというか、申し訳なさを感じる。

 氷の上だからだろうか、その暖かさはなお強調される。ほのかに香るのはシャンプーと汗が混ざった不思議な匂い。とにかく《女の子》を意識せずにいられなかった。

「じゃぁ──」

 足で推進力を得る。スピンなので、あまり遅いとうまくいかない。ある程度早く回る方がうまくいく。だが、そのためには最初におもいきって氷を蹴る必要がある。そうなると、タイミングを合わせるのが難しい。

 特に、今みたいに、余計なことが脳裏をよぎっていれば、

「あっ……」

 俺がバランスを崩す。このままでは二人そろって転倒してしまう。俺はそれを防ごうと慌てて手を背中から離した。そして、それがまずかった。回転の慣性で凛は半回転した。つまり、俺と凛は同じ方を向いて倒れ込んだ。

 そして、俺の手がしっかりと<・・・・・>彼女の柔らかい体の一部を掴んだ。それは俺と凛が回っていた時の足元の距離分だけ、腰から上にズレた場所。多分人間の体の中で一番柔らかい―― 

 彼女は勢いよく俺の腕の中から跳び出したのと、自分の手が彼女の胸の上にあると俺が気がついたのは同時だった。

 そして次の瞬間、俺は自分の大失敗を悟る。

 さすがに、叫び声からの平手打ち、みたいなタイピカルな反応はなかった。逆にそのほうが数百倍ましだろう。俺の〝セクハラ〟に対する、彼女の反応は極めて小さいものだった。俺をにらみつけることさえせず、いつもどおりのクールな立ち姿に戻った。こんなのペアなんだからあたりまえでしょ、そんな風に。

 だから謝ることが出来なかった。そうすると、逆に俺だけが意識してしまっていると思われるからだ。

 だけど、結論から言えばその行動がだめだった。一言、自然な感じに謝っておけばよかったのだ。一言謝ってさえおけば、大抵のことはうまくいくのに。逆に些細なことでも、謝っておかないと、どこか喉に魚の骨が刺さったみたいになってしまう。軽い謝罪であれば、しておいて損ななことは絶対にない。謝るというのは相手のためにするのではなく、自分の気持ちに整理をつけるため、いわば免罪符なのだ。

 とにかく、この後の練習には身が入らなかった。謝り損ねたことへの後悔だけでなく、練習の後にプレゼントを渡すという緊張も加わり、もう何がなんだかわからなかった。

 当然、今まで女の子にプレゼントを渡したことなど一度も無いのだ。

 長かった練習時間が終わって、凛と分かれた後、俺は小走りで更衣室に向かった。

 俺たちはいつも練習の後リンクでお疲れと言ってからそのままそれぞれの更衣室に向かい、再び会うことなく解散する。帰路を共にしたことは一度も無い。

 だが、今日はそれではまずいのだ。だから着替えるのは後回しにして、プレゼントだけもってロビーで待っていることにした。

 誰もいないロビー、俺はオシャレな手提げ袋を握り締めて彼女が来るのを待った。いまさらながらに緊張してくる。好意というのは複雑なもので、基本的に、相手に対して同じだけの好意を要求するのだ。自分の好意に対して、相手がどう反応するか――それを考えると不安が増していく。

 何度も深呼吸をしながら五分ほど待つと、俺の耳に足音が響いた。スウェット姿のままの凛がバッグを持って現れる。視界に俺を発見すると、一瞬だけ驚いた顔した。

「どうかしたの」

「ええっと……」

 もういまさら渡さないなんて選択肢はないんだ。俺は意を決した。

「えっと、これ」

 事前に考えていた言葉は何一つ出てこなかった。俺はただ手にもった袋をまるで爆弾でも押し付けるように勢いよく差し出した。

「これなに?」

 人間驚くと本当に瞬きが増えるんだな……。

「えっと、誕生日だよね?」

 凛は俺から受け取ったプレゼントを凝視していた。

「まぁその、お近づきのしるしにというか」

 これが普通の女の子、例えば天野とかだったら、もっとはしゃいだり、わかりやすい反応をしたりするだろう。もちろん、凛がそんなことをするはずが無い。

「ありがとう」

 で、そういう彼女の顔は、どこかほころんでいたような気がする。本当に少しだけど。

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