2-07
「おーい、王寺? 起きてるかー?」
そんな教師のモーニングコールで俺は目を覚ます。
モーニングも何も、もう昼前、そして授業中。
「珍しいな、王寺が居眠りなんて」
「……すみません」
俺は素直に謝った。今まで俺は授業中に寝ったことなんてなかった。一応学業とスケートの両立を目指してきたからだ。だけど、ここ最近はとにかく疲れがたまっているのだ。
ペア結成から一週間。まず、純粋に練習時間が一時間延びた。それに毎日新しいことの連続で、シングル時代の慣れきったことを繰り返す練習とはまったく疲労度が違った。毎日の筋トレで常に筋肉痛なのもつらい。
とにかく、ペアとシングルでは勝手がまったく違う。
「じゃぁ、今日の授業はこれで終わり」
クラスメイトが一斉に筆記用具を片づけ始める。これで四時間目が終わり、ようやく待ちわびた昼休みになる。授業が終ってすぐ、天野星が俺に話しかけてきた。
「最近、なんか疲れてるよね?」
「あぁ……やっぱペアはじめたから……」
天野は俺の隣に座って、机に弁当箱をおいた。たまに、こうして二人で昼を食べることがある。
「どうなの、使う曲とか決めた?」
「うん、フリーはもう決まった。ショートはこれから」
フィギュアスケートは、曲にあわせて滑る競技だ。試合では、ショートプログラムとフリースケーティングの二つの種目を行って、その合計点で順位がつけられる。
ショートは、演技時間が二分三十秒と、フリーよりも短いためこう呼ばれる。一方、フリーは、別名ロングプログラムといって、演技時間は四分前後である。行われる業の数もショートの倍近くあるため、体力的にかなりハードだ。
「で、何やるの?」
「トゥーランドット」
各スケーターは、自分たちが滑る曲を自由に決めることが出来る。
それで、凛と話し合ったところ、彼女は絶対この『トゥーランドット』をやりたいと主張した。元々嫌いではない上に、他にどうしてもやりたい曲があるわけではなかったので、俺はすぐに賛成した。
「あぁ……大輔はともかく、君崎さんは、トゥーランドットのイメージにぴったりだね」
俺も同感だった。
トゥーランドット。絶世の美女トゥーランドットは、結婚を申し込まれるたび、男に謎解きを課す。すべての謎に答えられれば、結婚するが、一つでも答えを間違えれば、求婚者は処刑されてしまう。そんな冷酷な姫に亡国の王子カラフは一目惚れ、周囲の反対を押し切って求婚をする。
確かに、次々と求婚者を処刑していく残酷な姫トゥーランドットは、クールでストイックな君崎にぴったりだと俺は思った(もちろん、彼女は誰も殺したりしてないどころか、誰かに害を与えたりはしないが)。
「どうなの、君崎さんって、やっぱり無口なの?」
「うん、スケートのこと以外はまったく喋らない」
結成から一週間。未だに、俺たちは雑談というものをしたことがなかった。練習中は当然、練習に集中。練習が終われば、そそくさと帰宅。一日八時間、一緒にいるにも関わらず、まったく会話をする機会がないのだ。
「なんか大変そうだね」
「そこそこね」
本当はそこそこどころか、めちゃめちゃつらいんだけど、と心の中で呟いた。
「でもペアって、お互いのことを知ってなんぼなんじゃないの?」
「まぁ……それはその通りなんだよな」
天野の言うことは正しい。ペアにおいてなによりも大事なのは信頼感だ。そしてお互いのことをよく知らないのに、信頼感が生まれるはずが無い。
「やっぱり、仲良くなるに越したことは無いよな……」
「あ、ねぇ私一つ提案があるんだけど」
「ん、何?」
「お近づきの印にプレゼントでも買うってのはどう?」
「プレゼント作戦か」
確かに、人間相手からの好意を感じて、それで嫌な気分にはならないよな。嫌いな相手にわざわざプレゼントなんてしないわけで。
「こないだテレビで見たんだけど、一月が誕生日なんだって」
「まじで?」
「タイミングピッタリじゃない?」
星載はニッコリと笑った。
……確かにこれはチャンスかもしれない。
だが俺は女の子にプレゼントを買ったことなんて一度もない。まして相手はあの君崎凛だ。
「一体何をプレゼントすればいいのか、皆目見当がつかない」
と告白すると、天野は俺の肩に手をぽんとおいた。
「まかせたまえ。一緒に選んであげる」
「……まじで」
「うん」
やっぱり天野はいいやつだ。




