2-03
俺はベッドに身を投げ出した。ベッドがきしむ大きな音が体に直接伝わってくる。新しい一歩への期待、そしてそれよりはるかに大きい不安。すべてがこの心身にのしかかる。
心がいっぱいいっぱいだ。
君崎凛。フィギュアスケート界の頂点に君臨する無慈悲な女王。あまりに遠すぎたその存在。けれど今俺は彼女と運命を共にしようとしている。大げさに言っているのではない。
オリンピックまであと一年。彼女には後がない。もちろん俺にもだ。そしてオリンピックはスケーターにとって、俺にとって、彼女にとって、ほかの何よりも大きな目標だ。
一年後、もし今のままなら、俺は凛の人生を台無しにしてしまう。自分のミスが相手の人生を狂わす。ペアとはそういうものだ。
なぜ引き受けてしまったのか。俺はあの時勢いで頷いたことを後悔した。
胸が締め付けられた。身体が重い。まるで、演技の前のようだった。重圧の一方で、心の隅には、もしかしたらうまくいくかもという淡い期待も少しはあった。けれど、その期待が実ったことは一度もないのだ。
「お兄ちゃん?」
気がつくと未央が部屋のドアから顔を覗かせていた。兄がただいまも言わずに部屋に直行したのを不審に思って様子を伺いに来たようだ。
「ああ、未央」
俺は起き上がって、妹に向き直った。心配そうに自分を見上げる妹の顔を見て、俺は兄としての自分を思い出し、少しだけ気持ちを落ち着けることができた。
俺は、保留していた妹への説明をすることにした。
「君崎凛が一緒にペアをやらないかって誘われた。それで、受けることにしたんだ」
未央は俺の説明聞いて、驚いた顔をした。
「ペアかぁ……」
未央はペアのところに食いついた。日本でペアをやる選手はほとんどいないから、驚くのも無理はない。
「ペアってさ、すっごい危ないやつだよね」
「うん」
ペアは文字通り《死ぬほど》危ない。
「お兄ちゃん怪我しないでね?」
その辺の人を捕まえて『この人は君崎凛のパートナーにふさわしいですか』と聞けばほぼ100パーセント、ノーという返答が返ってくるはずだ。そしてそう思われることが一番つらい。けれど、未央の顔には純粋な心配だけが見て取れた。決して、兄が不相応なことをしでかした、などとは思っていないのだ。
「本当に気をつけてね」
ペアは本当に危険だ。強くならなければ何もかもが失われる、自分の夢も、彼女の夢も。
「絶対に強くなるよ」
自分に言い聞かせるように宣言した。本当は少しの自信もない。でもだからこそ、たとえ幻想でもいいから、強い自分を作り上げなければいけないんだ。
「うん」
出来た妹は、兄を安心させようと俺の手を握った。妹の小さな手から、俺の冷たい手に暖かさが伝わる。
「頑張ってね、お兄ちゃん」




