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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

残響みたい

作者: つき

雑踏は意味のない雑音をふんだんに含み、上下左右に揺れながら消えては増えて、いつまで経っても熱を帯びる。ぬるま湯よりもずっと不快な滑り気のある、人間の体温が残響を残していくような、単純な気持ち悪さが漫然と満ち溢れていた。夏と秋の間のような中途半端な気温のせいか、長袖のセーラー服の内側がじわりと、湿り締めていく。掻き混ぜられる空気に伴って、微かに揺れるワインレッドのネクタイ。不自然な動きだな、と少し笑った。


駅前にずっしりと根を下ろす大木は、人々の待ち合わせには絶好のポイントだった。この木を植えた人間達もそう考えたのだろう、ご親切に周囲を丸く取り囲むベンチが設置されている。くすんだ白で塗り固められた、古い木造のベンチ。腰を下ろすと意外にもまだまだ現役のようで、軋みひとつ響かなかった。体温は残響するのに。生い茂る葉の羅列が揺れるその足元で、老若男女問わず様々な人間が待ち人を待ち構えスタンバイしている。


待ち人、何それおいしいの?食べたことないからわからない。知らないし持ってないし弄ったこともない。夕方から夜へと移り変わっていく空の色に合わせて、雑踏の雑音が膨張していく。人を待つ人。待つ人を待つ人。待つ人を持つ人。人を持つ人。同じ白いベンチに腰掛けているのに、私はその中に一ミリも含まれてはいない。膨張を続ける残響は、待つ人を持つ人のためだけに鳴り響く。私の心には、何の音色も響かせない。


黒光りする高校の指定鞄の中を少し漁り、それほど入れてない持ち物の中から携帯電話を探り当て、画面を光らせる。表示される、今日この瞬間の日付と時間。待受画像はつい二三時間前に消去したから、光を発する画面は黒く塗り潰されているだけで、指を触れたら吸い込まれそうだ。嗚呼、そういえばあの画像、気に入ってたんだ。すごくそういえば。何だかとても、遠い昔のように感情がぼやけていく。


どうして消したんだっけ?知らないよ、忘れたよ。頭の中に薄荷味の飴を詰め込んだように、思考が冷たくぼやけていく。ただ舌の上をざらざらした感覚が占めて締めつけて、喉の奥を何かがせり上がってきた。悲鳴か記憶か。どちらにしても引っ込んでろ。薄荷味追加。嗚呼もう、ぼやけて痺れて、もう、どうにも。


いつの間に顔を覆っていたんだろう。私はお手入れを怠ったガサつく両手で、自らの顔を覆い俯いていた。傍から見たら、具合が悪そうに見えたのだろうか。頭の上から「大丈夫ですか?」大丈夫に見えないから声かけてんだろうが馬鹿かてめぇは。舌は相変わらずざらざらして、言葉も何も紡げやしない。だから私は顔を上げた。顔を覆う両手を、指を少しだけズラして、声の主を確認した。


女性。スーツ。清潔感のある雰囲気。若い。善良そうな、恐らく優しい人。待つ人を持つ人。認識するや否や、喉の奥からせり上がる何かは口からの脱出を諦めて右腕へと移った。傍らの鞄へと乱雑に手を突っ込む。がさがさ。雑音。残響。目は逸らさない。不思議そうな瞳が呆然と私を認識している。


鞄はほぼ空白で持ち物は少ない。黒い携帯と、赤い財布と、白いナイフだけだ。掌に当たる感触だけを辿り、迷わず白を握った。握り締めて、振りかぶった。カッキーン。ではなかった。ぐちゃっ。ずぶっ。あ、そんな感じ。小さな小さな細胞達がひとつひとつ破裂するような、容赦ない断裂。広がる赤い染み。


消えた。何が。残響が。そう、空気が一気に冷え込んで、耳の回りをぐるぐるしていた雑踏の雑音が、突如として消え失せた。静か、だ、と思ったのは一瞬で、次の瞬間には上がる悲鳴と、逃げまどう複数の足音。空気は冷たいままで、誰もが私を見つめている。その瞳の裏側まで刷りこむように、私の姿を凝視している。当分消せないんだろうなぁ、私の待受画像と違ってさぁ。


はは、あははは!あーよかった!刺した!死んだ?倒れた!踏んだ!叫んだ!誰が?みんなが?私が?何でもいっか!あっははは!!こいついい人だ!やった!美談で悲劇だ!他人を思いやったらこのザマだ!ざまあ!テレビで速報だ!はっははははは!!


ほんの僅か橙を含んだ、ほぼ闇に染まる空を仰いで、私は恐らく笑い続けた。空に覆いかぶさる大木が、風と笑い声に煽られて揺れていた。思考どころか五感までもがぼやけ始めて、もう自分がどこにいるのか、息をしているのかすらわからない。ただ、握り締めた白がざらざらとした滑り気を帯びて、それがとても不快だということだけ、理解していた。ただただおかしかった。それでも手放さない自分が、愉快で仕方がなかった。漸く包まれた私だけの残響。赤い飛沫付きの、断裂した音色。











残響みたい


( 所詮は残響、さあ早く、この世界から消え失せなくちゃ )







( お題 : 変わっているお題配布所様 )


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