ミカエラがエロい ーキーワード ESN大賞11ー
何も起こらない毎日を送っていた高校生・天野悠斗。
そんな彼の前に落ちてきたのは、少し生意気で、かなり強引な天使でした。
悠斗の静かな人生が動き始める瞬間を、どうぞお楽しみください。
第1話 天使、落ちてきた。
放課後の校庭は、夕焼けでオレンジ色に染まっていた。
天野悠斗は、いつものように下駄箱へ向かっていた。部活にも入らず、友達と呼べるほどの相手もいない。毎日が無風だった。
「はぁ……今日も特に何もなかったな」
靴を履き替えようとした瞬間、空が裂けた。
光の線が落ちてきた。雷でも流れ星でもない。もっとこう、アニメで見たことのあるような「降臨」のやつだった。
「ちょ、ちょっと待っ――」
言い終わる前に、光の塊が悠斗の目の前へ落ちた。
砂煙の中から、誰かが立ち上がる。
金髪のツインテール。白いワンピース。背中には羽のようなもの。そして、開口一番。
「アンタ、今日から私の担当人間、クライアントね。人生、私がプロデュースしてあげる!」
悠斗は言葉を失った。
少女は胸を張った。
「私はミカエラ。天使よ。まあ、ちょっとだけ問題児なんだけど」
「え、あの……天使って、あの天使ですか?」
「そうよ。天界からの派遣。アンタの人生、ちょっと危ないから救済に来たの」
「俺の人生が?」
「影が薄いし、やる気もないし、恋愛経験もゼロ。このままだと人生評価が最低ランクよ」
「言うなぁぁぁ!」
ミカエラは悠斗の腕をつかみ、校舎へ引き返した。
二年B組の教室へ入った瞬間、周囲の視線が一斉に集まった。
「誰?」「モデル?」「アイドル?」
ミカエラは教卓へ立ち、舞台の主役のように宣言した。
「みんな! 今日から天野悠斗の人生は、私が全面プロデュースします!」
「やめろぉぉぉ!」
ミカエラは女子たちへ質問を浴びせた。
「悠斗のこと、どう思ってる? 好き? 嫌い? 付き合う可能性はある?」
女子は赤くなり、男子はざわつき、悠斗は消えてしまいたくなった。
教室の扉が勢いよく開いた。
「こらぁぁぁ!」
担任の鬼塚玲奈が怒鳴り込んできた。「鬼の塚」と呼ばれる厳しい女教師だ。
「天野! 放課後の教室で何を――」
鬼塚先生の視線がミカエラで止まった。
「誰?」
「私はミカエラ。天使よ」
「天使なわけないでしょう。教卓から降りなさい!」
「いやよ」
教室が凍りついた。
鬼塚先生の怒りが爆発しかけたとき、ミカエラが指を鳴らした。
「……天野。あなた、最近は提出物を頑張っているわね」
「先生?」
ミカエラは教室全体を見渡し、もう一度指を振った。空気がかすかに震えた。
「悠斗のこと、どう思ってる?」
「優しいと思います」
「悪いやつじゃない」
「天野君と、ずっと話してみたかったの」
告白めいた言葉まで飛び出し、教室は大混乱になった。
「空気を整えるだけで、人間関係なんて簡単に変わるのよ」
「変えすぎだ!」
騒ぎの中、ミカエラは悠斗を教室の隅へ連れていった。
「悠斗。どうして私が派遣されたと思う?」
「人生が最低ランクだからだろ」
ミカエラは首を振った。
「それだけじゃない。アンタの心のノイズが天界に届いたの」
「心のノイズ?」
ミカエラは悠斗の胸を指で軽く突いた。
「最近、自分なんていなくてもいいって思ったでしょ?」
悠斗は息をのんだ。誰にも言っていない、弱い思考だった。
「そのノイズが天界の審査に引っかかった。だから私は派遣された。アンタの人生を救うためにね」
ミカエラは少し照れたように笑った。
「放っておけなかったんだもの」
「天野! 職員室へ来なさい。その金髪の子もです!」
鬼塚先生の怒号が響いた。
ミカエラは悠斗の手を握り、いたずらっぽく笑った。
「ほら、人生ってすぐ動くのよ。アンタの人生、今日から忙しくなるわよ」
こうして、なまいきな天使による人生プロデュースが始まった。
第2話 天使、職員室で取り調べられる。
職員室へ向かう廊下で、悠斗は人生の終わりを感じていた。
左右の教室から、生徒たちが顔を出している。
「天野が金髪の子を連れてる」「彼女?」「天使って言ってたぞ」
鬼塚先生の後ろを歩くミカエラは、まったく反省していなかった。
「職員室って、お菓子ある?」
「知らない」
「天界の取調室には甘いものが出るのよ」
「経験者みたいに言うな」
「三回ほど」
「やっぱり問題児じゃねえか!」
職員室へ入ると、何人もの教師が顔を上げた。金髪、白いワンピース、背中の羽。見ないほうが無理だった。
鬼塚先生は椅子を二脚並べた。
「座りなさい。まず、名前から」
「ミカエラよ」
「名字は?」
「ないわ」
「国籍は?」
「天界」
「住所は?」
「天界中央区、第一光輪地区――」
「ふざけないで」
鬼塚先生はミカエラの背中を見た。
「その羽は衣装?」
「本物よ」
「外せますか」
「外したら私が泣く」
「外しなさい」
「いやよ!」
ミカエラの羽が広がり、近くの書類を吹き飛ばした。職員室に紙が舞い、鬼塚先生の額にも一枚張りついた。
「拾いなさい」
「はい」
ミカエラと悠斗は床の紙を集めた。コピー機の下へ入り込んだ一枚に向け、ミカエラが指を鳴らす。紙はふわりと浮き、彼女の手へ戻った。
教師たちは気づかなかったが、鬼塚先生だけは見ていた。
「いま、何をしたの?」
「風じゃない?」
「窓は閉まっています」
二人は小会議室へ移された。
「天野。この子と、どういう関係なの?」
「今日初めて会いました」
「校庭に落ちてきたのよ」
「黙っててくれ」
鬼塚先生は、家出、撮影、動画配信の可能性を一つずつ尋ねた。
「保護者へ連絡します。電話番号を教えて」
「保護者はいないわ」
「両親は?」
「そういう仕組みじゃないの」
「所属先は?」
ミカエラは一瞬黙った。
「天界人生管理局、人間救済課」
「連絡先は?」
「地上からは無理」
鬼塚先生は静かな声で告げた。
「事情を話さないなら、警察へ連絡します」
ミカエラの顔から笑みが消え、両手が膝の上で固く結ばれた。
「警察は困る。身元を調べられたら、存在しないことがわかるから」
悠斗は、その瞳に恐怖を見た。
「先生。この子、遠い親戚です。今日から、うちに泊まります」
「本当に?」
「はい」
「あなたの保護者へ確認します」
悠斗の身体が固まった。
「今日は母さんが仕事中で」
「お父さんは?」
「いません」
空気が変わった。悠斗の父は三年前に家を出た。離婚したわけではない。しかし戻ってもいない。母は理由を話さず、悠斗も聞かなかった。
「母には俺から説明します」
鬼塚先生は二人を見て言った。
「今日だけです。明日、この子の身元と滞在先を説明しなさい。できなければ学校から関係先へ連絡します」
会議室を出るとき、鬼塚先生が悠斗を呼び止めた。
「あなたまで一人で抱え込む必要はありませんからね」
悠斗は返事の代わりに頭を下げた。
校門で、ミカエラの羽が一瞬だけ明滅した。先端から、薄いガラスのような欠片が落ちる。ミカエラは急いで拾い、ポケットへ隠した。
「羽、壊れてるのか」
「何でもない」
その耳元で、悠斗には聞こえない声がした。
――救済対象への過度な接触を確認。
――規定違反、一件追加。
――残り猶予、九日。
ミカエラは笑顔のまま拳を握った。悠斗を救えなければ自分がどうなるのか。それだけは、まだ言うつもりがなかった。
第3話 天使、うちに泊まる。
「先に言っておくけど、うちは狭いからな」
「大丈夫。天使は住む場所を選ばないわ」
「さっき職員室の椅子に文句を言ってたよな」
「あれは住む場所じゃないもの」
「勝手に物を触るな。冷蔵庫も開けるな。風呂に浮かぶな」
「どうして知ってるの?」
「浮かぶつもりだったのかよ」
悠斗の家は学校から十五分ほどの二階建てだった。門柱の表札には「天野」とある。
「天野悠斗。天使と関係ありそうな名前ね」
「全国の天野さんに謝れ」
玄関を開けても返事はない。母は遅番だと、朝に聞いた気がした。
ミカエラは靴を履いたまま上がろうとした。
「天界では脱がないわ」
「ここは地上だ」
ミカエラは廊下の扉を次々に開け、突き当たりの一室へ手をかけた。悠斗は反射的にその手首をつかんだ。
「そこは駄目だ」
「どうして?」
「使ってないから」
そこは父の部屋だった。三年前から、仕事机も本棚も背広も残されている。母は捨てず、悠斗も理由を聞かなかった。
「ここだけ、空気が違うわ」
「調整するなよ」
「まだ何もしてない」
悠斗の部屋へ入ると、ミカエラは声を上げた。
「何もない! ポスターも、楽器も、好きな女の子の写真もない」
「最後のは普通ない」
「好きなものは?」
「別に」
「休みの日は?」
「寝てる」
「将来やりたいことは?」
「ない」
「会いたい人は?」
「いない」
ミカエラの質問が止まった。
「また人生評価が低いって言うのか」
「いまは、言わないほうがいい気がしたから」
ミカエラは机の引き出しから、海辺の家族写真を見つけた。小学生の悠斗が父と母に挟まれ、砂まみれで笑っている。
「これ、悠斗? 笑ってる」
「昔は笑うこともあった」
「父親は?」
「いない」
「死んだの?」
「違う」
「どこにいるの?」
「知らないって言ってるだろ!」
声が大きくなった。
「悪かった」
「こっちこそ、ごめん」
ミカエラは素直に謝った。
腹の鳴る音がした。ミカエラだった。
悠斗は冷凍ご飯、卵、作り置きの野菜炒めでチャーハンを作った。
「何これ! おいしい! 天界の食事より千倍おいしい!」
「天界の食文化、終わってるな」
そのとき、玄関の扉が開いた。
「ただいま」
時計は午後六時十二分。母の沙知が、買い物袋を持って立っていた。
「母さん、今日、遅いんじゃ」
「急に勤務が変わったの。それより、玄関の靴――」
沙知の視線がミカエラで止まった。手から長ネギが一本落ち、廊下を転がった。
「悠斗。説明して」
「遠い親戚」
「誰の?」
「母さんの」
「私に、こんな親戚はいません」
三秒で崩壊した。
「正確には、天界人生管理局から――」
悠斗はミカエラの口をふさいだ。
「交換留学生! 今日から、うちに泊まります」
「どこの国から?」
「フィンランド!」
「どうしてフィンランド?」
「金髪だから」
「フィンランドの人が全員金髪だと思ってるの?」
ミカエラが悠斗の手を外した。
「私は悠斗を救うために来ました」
「悠斗を、何から?」
ミカエラの羽が小さく光った。
――救済対象の関係者へ、任務内容を開示してはならない。
「退屈からです! 悠斗のつまらない人生を、私が楽しくします!」
「余計なこと言うな!」
沙知は二人を見比べ、廊下の長ネギを拾った。
「よくわからないけれど、夕飯を食べるなら手を洗いなさい」
その夜の食卓で、ミカエラへの質問は一時間続いた。出身地、家族、学校、日本へ来た理由。ミカエラの答えは毎回変わった。
「スウェーデン出身です」
「さっきフィンランドって言ったよね?」
「国境付近です」
「ご両親は?」
「光になりました」
「亡くなったの?」
「昇進しました」
沙知は午後八時二十分に質問を諦めた。
「一晩だけです。明日、先生から説明を受けます」
学校と母が直接話せば、二つの嘘は確実に衝突する。悠斗は頭を抱えた。
ミカエラは居間のソファで眠ることになった。
「羽、大丈夫なのか」
「何が?」
「校門で欠片が落ちただろ」
「見間違いよ」
「空気調整で忘れさせるのか」
「それはしない。心を変える力は、なるべく使わないことにしたの」
「何があった」
「少し疲れただけ。地上の空気が合わないの」
悠斗は納得しなかったが、それ以上は聞かなかった。
「お母さん、優しい人ね」
「怒ると怖いぞ」
「そうじゃなくて、アンタのことをずっと心配してる」
「空気を読んだのか」
「見ればわかるわ」
「じゃあ、母さんには黙ってろ。心配させたくない」
「心配してる人に、心配させたくないから黙るの?」
「悪いかよ」
「人間って、難しいのね」
悠斗が二階へ上がると、ミカエラは暗闇で羽を確かめた。先端に細い亀裂が走っている。
――任務期限まで、残り八日。
――救済対象の生命指数、変化なし。
父親のいない家。心配を隠す母。開けてはいけない部屋。
答えは扉の向こうにあるのかもしれない。だが、勝手に開けてはいけない。人間の心も、閉ざされた部屋も。
「八日か……」
二階から悠斗の足音が聞こえた。その足音が消えないことを確かめてから、天使は眠りについた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ミカエラの目的は、本当に悠斗の人生を救うことなのか。そして、彼女の翼に生じた異変は何を意味するのか。
二人の騒がしくも少し切ない日々は、ここから始まります。次回は、ミカエラが職員室で取り調べを受けます。




