国防放棄のお時間です。破滅する椅子の座り心地はどうですか?
フェリチーカの父は国防を担う国防運営大臣という職に就いていたのだが、この度王太子お気に入りと噂の男爵令嬢の父親が贔屓で無理矢理、その地位にドカッと着いた。
我らが父はそろそろ引退したいなと言っていたし、ちょうどいいタイミングを見計らっていたから辞めることに対して何か思うところはないらしい。
けれど、娘には一つ不満がある。父は長年働いていて不正も何もしていないのに唐突に解雇されたのだ。一応、なんの気遣いなのか退職金は出たらしいが。
文句も言わず国防を営んできた人間に対してあまりにも不誠実やしないか。フェリチーカは家族にも言っていない秘密がある。
実は自身に聖女の力があり、魔物を寄せ付けないようにできる魔法を使えること。父に苦労して欲しくないからこっそり国防のレベルをガンガンあげていた。多分、普通に運営するより何十倍も楽だったと思う。
定時に帰ってくるし有給も取れるし、家族サービスもできるほどだ。他国などは家族サービスをやれないほど余裕がないらしい。国は常に魔物の脅威に晒されているのだ。
聖女であり力もあるから出し惜しみする理由はない。魔物が近寄ってきたら大人しくなって、襲う気が弱くなってしまう効果付き。
さて、ここで追い出される形で父を解雇した国にフェリチーカは効果付きの魔法を使い続けるだろうか?うんうん、答えは否!
普通に絶対使うわけがない。というか国防の仕事を辞める父が危険に晒されないというのならば、もう使う理由がないし。フェリチーカは貴族として税金で生きて来たのだから国民を守れと、揚げ足取りをする人がいた場合それを完封する方法を知っている。
聖女による防衛費が生活費や人件費を圧倒的に上回っているということを。使われた養育費よりも何年も力を使い続けた効果で出生率も自給自足率も格段に上がった。
ただの令嬢が生涯やれること比べたらフェリチーカのやったことは国益、国力などを底上げしただけ。大したことをしている。ここで謙遜するような小規模なことはしていない自覚くらいはコーヒーの一杯程度にはあるので。
「お父様、隣国に行きましょう。お父様の経歴なら絶対就職上手く行きますからね、ね。私働いてお父様を養いますからっ」
母も孤児院の職員というボランティアみたいなことをしているが、ボランティアなんかよりも断然給料を貰った方がいいのではないのかとモダモダしていた。
これを機に絶対に給料を貰える支払い方法を得て欲しい。自信とか自尊心とかを育成するにはある程度、承認欲求を満たしておかねば。
父と母は国防大臣の夫妻と有名だがお人好しでポワポワしているせいで、国防などという人生を棒に振る代名詞にされるくらいブラックワークな仕事を周りから、ギュウッと押し付けられただけなのだ。
やめたければやめればいい。父の決断に否やはないけど。問答無用で退かした方も椅子に座りたきゃ座ればいい。ただし、もう聖女の守りはない状態でね。
どうせ今まで様子見をして仕事が楽になったと思い込んだ王太子の派閥を狙っていた者たちが、今だと言わんばかりに蜜を吸えるようになった役職をいじめっ子みたいに、無理矢理奪い取った算段を仕掛けた末の今なのだろう。
父からすると取られたというより、仕方なく真面目にやっていた仕事をよっこらせと降りただけな心境みたいだが、そんなものはどうでもいい。
父が忙殺される仕事からおさらばしたのなら行く先は隠居生活だ。ずっと毎日好きなことをしても呼び出されて、防衛と名ばかりの書類を他人から押し付けられる無駄な業務をやらなくて済むようになるのだから。
今日から家族でスローライフ的なフワッフワな、夢のような日々が待っているに違いない。
*
牧場の柵の中でワッシワッシと磨いていると、大仰で無駄に煌びやかな馬車が止まった。ここは大国の一つ。あれから家族で安全しか保障されていない長旅を経て、この地へ移住していた。
やけに車輪の音をさせて、ガタガタとメンテナンスをしばらく受けていない絶不調さが見える乗り物から降りてきたのは、不恰好でヨレヨレな汗まみれ男性。
と。
誰だろうあの子?こちらもこちらですごく綺麗な格好をしているのに目の下のマスカラがボロボロで、化粧直しの余裕をなくしている心情が漏れ出ている女の子。
二人はフェリチーカと父と母を見つけるとすでに満身創痍な体をよろめかせて、のろりと進む。それは当たり前だ。ボロボロの馬車に乗り続けたら臀部がぎゃーんなことになる。いきなり歩くのは至難の業であろう。
辿り着くなり倒れ込む二人に父と母が「あらあら」「どうかしたのか」と声をかけようとして娘のフェリチーカが咄嗟の起点で「お父様お母様、こちらで二人の面倒は見ておくから、買い出しを頼んでいい?」と先手を打つ。
父もぽやぽやしているがやり手の男。何が起こっているのか分かっているからこそ「それもそうか」と母を連れて外へ出かけた。
「あ……」
訪問者が父に話しかけようとしたがコップの水を差し出せば、グワッとそちらに意識が持っていかれて飲まず食わずの不審者の形相で飲み干す。
「こんな遠いところまでどうしたのですか?現国防大臣様」
しらーっとした顔で見下ろすとビクッと震える肩が二つ。
「父君に話を聞きたくて、参りました」
「へえ、そうですか。散々貴方がやるべき仕事を押し付けた覚えのある、有能なお父様にご教授してほしいことがあるなんて本当に驚きですねぇ?」
「そ、その。その時のことはす、すまなかったと、わ、詫びもしに来ました」
この数ヶ月で腰の低さの位置を覚えたらしい。
「私のお父様に向かって……防衛など簡単な仕事をさも大変なもののように見せる手腕には脱帽ですな、と言い放ったことを?防衛費を過剰に申請する税金泥棒とはまさに貴殿のような秀才がやっかみを受けるのですね、とイヤらしい顔で笑ったことですか?」
「!!──誠にぃっ!申し訳っ!ご、ございませえええん!」
土下座を行使し始めた、父が働いていた元就職先の元同じ勤務者。隣にいる女にも同じことをするように叫び、女もドレスが汚れるのすら気にせず額をこすりつけた。
「貴方たちのボロボロ具合から考察するに、モンスターが防ぎきれず日夜ろくに眠れない状態が国の中枢全体に及んでいると言ったところでしょうね」
ズバリと現在のあとがない国の現状に、二人は図星だと震える。聖女の力がない国なんてどこもそんなものだろう。父が防衛大臣についてからそこそこ経過しており、国の防衛費を削らんとする狸たちから予算を守っていたのだ。
モンスターの被害が減少したから、国の抱えている兵士たちの数を減らそうとしたり防具を安いのに変えようとしたり。甘い蜜を吸いたい面々から退かされるまで、本当の意味で国の防衛面を支えてきた。
それを男爵令嬢に骨抜きにされた王太子が鶴の一声で「今日からこの男がお前の後任に就く」と独断らしき言葉を最後に部署から放り出したのだ。
王太子の言葉は国の言葉。聖女の父親をいらないと国は判断した。例え聖女のことを一つも知らなくても、父がやってきたことは実績として残っている。一声で辞めさせられる謂れはない。
「父に頼んでも無駄。アドバイザーは副業だからね」
フェリチーカは二人に向かって唱える。女の方はどうやら娘らしい。王太子が骨抜きになった女とは彼女のことなのだろう。骨が抜けて身だけになれば立つこともできなくなるので、文字通り国が崩壊しかけているのだ。
「ち、父君と、お話をしたく」
「私の従業員と話すのは許さない」
「……え?」
二人の親子はぽかんと口を開けてフェリチーカを見つめる。
「失礼ですが、父君の娘さんですよね?従業員、とは?」
「そのまま。私が社長で父と母は雇用している社員」
「な、なぜ、あなたが?」
「は?」
ドスの効いた声音を相手に突き刺すと、持っていた世界一硬いブラシを相手の頭に当てる。
「このブラシで人間を梳いたら二度と毛が生えてこなくなるって、知ってる?」
「ひぃんっ!!?」
いい大人が泣き始めた。国防を指揮する人間が真っ先に泣き言を言うなど、絶え性がない。女の子の方もピルピル震えていて父親を庇う真似もしないところから、親子の絆は薄そうだ。
「我が国の防衛はもう維持できませんっ」
冷めた零度の瞳で眺めていると男はペラペラ話し始めた。
「父がいなくなったのだから維持できるわけないでしょ?楽な仕事に見えてしまうくらい有能な人なんだからあれだけ素晴らしい運営ができたとなぜ、その時わからなかったのか」
ため息をわざと聞かせて告げると現在の防衛大臣はうるうると泣き出す。
「し、知らなかったんです。休む暇もない。国の治安も悪化して陛下に叱責されどうすればいいのか悩むところにあなたの父君のことが思い出され、む、娘と共にやってまいりました」
「やっぱりその子がそもそもの発端か」
「ち、違います。王太子に少しおねだりしたら、あ、あんな急にその日に退かすなんて思ってなかったんですう」
「あの王太子に近付いてわかったと思うけど、アホなんだよあの王子」
二人に向かって問いかけと断言をしてみたら、お疲れオーバーワークな父娘たちが何度も首振りをする。近くにいたら即理解できるくらい、お頭がお悪い男なのだ。防衛の命綱をぶっちぎるほどに。
それで今は国は危機に瀕しているのだから、どれくらい致命的なことをサラッと無自覚にやらかしたかわかろうものだ。深い深いため息を何度も吐きたくなるが、先ほどの男の質問に答えてあげることにした。
「お父様とお母様の上に赤の他人を置くと馬車馬みたいに使われるから私が上につけばそんな心配はいらないって気付いたの」
「そっ、それはぁ」
身に覚えがありまくるゆえに瞳をウロウロ彷徨かせる元が付く父の同僚。そう、これには元がつく。もう父は国の人間ではない。爵位を返還して我々は他国民になったのだ。
「フェリチーカさんっ、なにかできることはありますか?」
従業員の若きウーガがこちらへやってきた。褐色肌の色男だ。
「ふええ、かっこいいっ」
「色目使わないで?」
男爵の連れてきた娘の瞳がハートに変わるのが見えて睨みつければ、身の振り方を思い出したのかピッと俯く。
「しゅみませえん」
娘も父親と同じ謝り方で血の濃さを感じられる。ウーガがやっぱり手伝いはいるんだろうという視線を寄越してきた。父が何か言ったのか遠目で見てこちらへ来てくれたのか。
「最初に言っておきますが私たちは一切、そちらへ手を貸すことはありません」
「そ、そこを伏してお願いしますっ」
「無理なものは無理なんです。もう貴方たちの国の状態から立て直すのは、いくら有能な父でも」
「ぐっ……そ、それは……しかし」
「溢れた水を元に戻しても水は汚いままなんです。わかりますよね?」
「……は、はい」
「お父様ぁ」
「帰るぞ……国に」
「そんなあ」
父をちゃんと敬って人として最低限に社会人として勤めてくれれば、少しは助けたかも知れない。地位から無理矢理退かさなかったら恨みはあったが、国民に罪はないから一応ちょっとはたすけたかもしれない。その未来はもうないけれど。
自分たちはすでに他国民。登録もしてあるし、むやみにあちらの国政に絡んだらこの国から余計な真似をした、と蹴り出されるかもしれないリスクを負う気はない。疑われるのは得策じゃないのだ。
父に助言や助けを申し出たかったら、まずもって権力で殴りつけねばよかっただけの話。いらないと言われたから去ったこちらになんら非はない。
王太子が好きになって解雇されたとしても、王太子の親は王。フェリチーカ的に罪も罰も王と王家の連座、の気持ち。
日々、頑張っていた人を人柄も実績も長年の功績も見ずに捨てるのは、家族として到底許せるわけもないから。
男爵たちが帰るとウーガがこちらに来てキュッと手を握った。最近こういうことをされるので、乙女の心が鳴ってしまいがち。
「大丈夫ですか?」
「帰ったのは見ていたでしょう?」
「あの人たちは?」
「祖国の人たち。今大変だから父を頼ってやってきたみたい」
軽く説明をすると彼は納得したのか笑顔を見せてくる。
「祖国に帰るとかではないですよね?ここにいてくれる?」
「もちろん。私がここの雇用主だし」
やめるわけがない。また父と母が利用されるでしょう、と笑った。嬉しいです、と彼は大喜び。父と母もあとからやってきて仲良しね、と嬉しそうだ。
さて、祖国はその後防衛を引き上げたものの手遅れであった。他の国に吸収されて貴族は軒並み平民になり、一部は管理をそのままで他国民になっていったと新聞に書いてある。
相変わらずフェリチーカの牧場はのんびりした空気を保っている。ここは国の端にある辺境で本来ならば、モンスターの脅威に晒されて牧場なんてものをやっていられない場所。ここには聖女が一人いて、ずっと永続的に脅威は近寄れないので奇跡の牧場と知られつつある。
「フェリチーカ、恋人になって欲しい」
出会う数ヶ月前までなにがあったか、ボロボロだったのに雇用して身綺麗になった男の子のウーガが花束片手に膝をつく。
「え、いいけど」
戸惑いながら頷くと嬉しそうにしている。彼は喜んだ後、身の上を話す。ここではない他国で王子として生まれたが継承権争いに参加していないのに飛び火して、追い出されたのだそう。
モンスターもいるのによくやるなあ、と思わず遠い目をしてしまった。祖国みたいに魔物に襲われて沈むことは珍しくないのに。
「元王子だけどいいですか?」
「私も元貴族令嬢だから」
お互い元がつく肩書きなので、気にするところは特になにもない。別になんとも思わないと首を振ると抱き付かれた。
数年後、子供が生まれたらウーガの祖国から、継承権のあった王子の夫と息子たちがいないと困ることが起きた、と手紙と共に使者が来たがお断りして追い出した。
父と母がなってみてもいいんじゃないかと笑って、ここは自分たちがやっていくからと背中を押されてしまう。小さな国ではあるが、ウーガたちが聖女の血筋の系譜であることをその時、初めて知る。
「聖女を追い出したの?」
王城で正装を身に纏うフェリチーカたち。すでに継承権を持つ野心持ちの人間はいなくなっていた。新しい王家の人間たちが何かしたのかもしれないが、どうでもいいことかな。
「怒ってますか?私が聖女だったことを黙っていたのを。密かに牧場を加護で覆っていたのを」
「えっ?」
突然説明されて疑問が浮かぶ。加護を張っていたのはフェリチーカなのだが、もしかして彼も張っていたということなのか?
どうやら、二重に自分たちはダブルブッキングさせていたらしい。苦笑して首を振ると彼は嬉しそうに抱きしめてきた。王妃と王になり、息子たちは王子になったが小さな国なので暮らしは質素で牧場との差はなかった。
牧場に来た人たちはここにいてくれるだけでいい、と政治や執務などを請け負う。フェリチーカたちは国にいるだけでいいというので、のびのび暮らした。
のちに、フェリチーカがなんとか知識を総動員して、数年を要し聖石という加護を込めたアイテムを作ると大陸全体が安定して、漸く人が住めるようになる。
「聖女は自分だけだからと寂しかったけれど、フェリチーカもだったのですね」
ウーガは至極嬉しそうにこちらを見ると、手を握り締めて実感のこもった語り口を開く。黙っていたのはお互い様。
「どちらも特別ならそれは、私たちはただの人間ってことじゃない」
夫に向かって告げれば何度も頷いてポロポロ泣いた。聖力のような力を持つものは孤独感を持ちやすいのかもしれない。
その力があるから周りは優しくしてくるのだと。間違ってはいないし、疑心暗鬼になるかもしれない。けれど、相手も聖女ならば特別な肩書きは多少薄れると思っている。
二人でまた牧場へ子供を連れて行こうと声をかけたら、泣きながら頷く姿によしよしと頭を撫でた。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。父を放り出すと国防を捨てるイコールな話でした。




