親父の影が重なる少女
ここは……俺の部屋か?
めちゃくちゃ頭が痛いし、背中も痛い。
何か……ヤバい事があったような気がしたんだけど……。
「お、目を覚ましたか!」
この家で絶対に聞こえるはずのない、女の子の声がする。
母さんが来客時に出す少し高めの声とはかなり違う、作られた女性の声ではなくて、本当の少女らしい声だ。
そうだ、確か俺はあの強盗らしき……いや、違うな。
もし本当にそうなら、俺はもう殺されているだろう。
俺が生きてるってことは、彼女は本当に我が家に用があった不審者だったんだろうな。
「いや悪い悪い、感動しちまって……はっ!」
少女がコップに水を入れて持ってきてくれた。
それを一口飲んで、心を落ち着けようとしていると、彼女は俺の前に座ってからじっと見てきやがった。
くっそ、可愛いなコイツ!
「……何ですか?」
「お……私はロス、ルイサ君に伝える事と渡す物があってここに来たの」
コイツ……母さんみたいに猫被り始めたな。
さっきまではスラスラと普通に話していたのに、まるで台本を読んでいる三流役者のようなぎこちない言葉遣いと態度になりやがった。
やるなら、俺に突撃する前からしろっての!
「ぎこちないですね」
「こら、こっちは真面目に話してるんだ……ですよ!」
すっごい簡単にボロ出すなぁ。
「ゴホン、ではまず……貴方のお父さんについての話です」
「親父? 悪いんだけど親父は家に居ないっつーか……もう六年も音信不通だよ」
「それはわかってます」
じゃあなんだ、親父の話を聞かせて欲しいとかそんな類いか?
たまにいるんだよ、こういう奴。
人の家にやってきて、わざわざ英雄と呼ばれた親父の生活や訓練方法について聞こうとする迷惑な奴がな。
「親父について話す事はねぇよ、帰ってくれ」
「話を聞いて下さいってば! あのですね……ハァ、ならこっちから話をした方がいいかなぁ……」
「だから、親父の話は何を言われても……ッ!?」
少女は手を叩き、「ホルダー」と詠唱し収納魔術を起動して、そこから二丁の銃を取り出して俺の前に並べた。
金と銀の片手で扱えるサイズの銃には、死ぬ程見覚えがある。
肖像画に描かれている物よりもずっと綺麗で、それでいていくつもの傷があり、優雅さと輝きと、歴戦の風格を兼ね備えたコレは……!
「親父の銃!」
何故コイツが持っている?
コレは親父の武器だ、予備とかじゃなくていつも使っていて、魔王討伐の為に出発した時だってこの銃を持って行ったんだ。
だけど、親父は帰ってきていない。
そして、ここに銃はある。
「君の父、バルトロス左遷大佐の武器で間違いないですよね?」
俺の微かな、親父は生きていてどこかでまだ戦っているかもしれないと言う希望が、まるで果実を踏み潰すように砕け散り、中に閉じ込められていた感情が漏れだして……飲まれそうになる。
泣く場面じゃないだろ、落ち着けよ俺!
親父の銃を持っているって事は、死体から奪ったか、弱った親父を殺して奪い取ったかのどちらかだろう。
「お前、コレをどこで手に入れた」
右手で素早く金色の銃を掴み、銃口をロサの額に向けると、自分の中の魔力が銃に吸われて、確認はしていないけれど確実にトリガーを引けば撃てるって感覚が自然と教えてくれる。
魔力で弾丸を作る銃なんて特殊な物はこの世界に親父の物以外にないだろう、だからこれは見た目だけじゃなくて……!
「おいおい、いきなり怖いじゃないですか」
「答えろ!」
「だから答えるって、ほら座って話を聞け……まったく、若い頃の……ごほん」
俺よりも強い事がわかっているからなのか、この状況でも負けない自信があるのか、はたまた銃に対する防御魔術を展開しているのか。
どれかはわからないけれど、ロスはまっすぐに俺を見たまま動こうとしなかった。
「バルトロスからの伝言を伝える」
「伝言……だと?」
ロスは咳払いをしてから、声を少し低くして、親父の真似をしながら話を始めた。
「今まで連絡できず、すまなかった」
声はまったく別物だ、それはわかっていたさ。
だが、ロスはまるで親父を知り尽くしているかのように。
「俺が今いる場所で魔術を使えば、魔王に探知されるかもしれなくてな、この状況で戦えば確実に死ぬ、つまり……まぁアレだ、魔王には勝てなかった」
オーバーなジェスチャーを使って、それこそ本当に親父が目の前にいるかのようで。
「だが言っとくが、俺は他の三人を守りながら戦って、逃がしてから撤退したんだぞ? 決して、無様に逃走したわけじゃあない!」
親父特有の、真面目な話の最中に訳のわからない、冗談かどうかわからない言葉を差し込む悪癖も完璧に真似して見せ。
「とにかく、その銃はこの偉大なる英雄バルトロスの血を引く優秀な息子のルイサにやる、これを使って生き抜けよ」
ポケットから殻付きの木の実を二つ取り出して、カラカラと音を立てて手遊びをする動作も完璧。
「あ、母さんにもよろしく言っておいてくれよ? それじゃ、母さんを守って、人々を助けて、自分が死ぬことのないように上手く立ち回って生きていけ」
左手で作った拳を軽く俺の胸に当てる動作すらも、目の前にいるロスが実は親父の生まれ変わりなんじゃないかって錯覚するレベルで、彼女は親父にそっくりだった。
「以上です」
「そっか、親父は生きてんだな?」
ロスは少しだけ間を空けてから、力強く頷いた。
さっきの話とこの反応を見るに、親父は生きている、これは多分確実だろう。
だが、それは死んでいないだけかもしれないし、まだ息があるってレベルの瀕死状態かもしれない。
色々な事が考えられるけれど……。
「ルイサ……君、何故泣いてるのですか?」
「泣いてなんか……ねぇよ」
死んでないんだ。
俺の憧れた英雄、父はまだ生きている。
その事実がたまらなく嬉しくて、でもこれまで連絡しなかった理由があるにしろ何も言わなかった親父への怒りも同時にこみ上げてきて、訳がわからない。
けれど、頬に冷たくて、熱い物が流れている感覚はわかる。
ロスの言うとおり俺は泣いているのだろう。
「ルイサ君から、バルトロスに伝える事はある?」
「わかんねぇよ! 言いたい事なんて、連絡遅いんだよクソ親父とか、生きててよかったとか……あーもー!」
ダメだ、やはり親父を一発ぶん殴らないと気が済まない。
こんな美少女を使って、伝言だけで済まそうったってそうは行くか!
これまでの心配を、拳に乗せてやる!
「とにかく、親父に会わせてくれ」
ロスに向けた銃を下ろしてから彼女にそう言ったが、彼女は笑顔で。
「ルイサ君を連れていく事はできない」
そう言って、拒否をした。




