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怪奇現象について語ります

作者: まな板橋
掲載日:2026/03/10

1

すぐに、

「大丈夫か!」

と先生らしき人が駆け寄ってきた。俺は「大丈夫です」と言目が覚めると、そこは完全な暗闇だった。

何も見えない。手を動かそうとしたが、何かがまとわりついていて動かなかった。声を上げようとしても、音が闇に吸い込まれるだけだ。

「助けて!」

叫んだつもりだったが、返事はなかった。虚無だけが俺を包んでいた。

ふと、彼女の名前を呼ぼうとした。

……あれ?

大事な人、世界で一番好きな人。そんな人の名前が、思い出せない。

そうこうしているうちに、なんだか眠くなってきた。俺はゆっくりと目を閉じた。


再び目を開けると、目の前に小さな女の子がいた。小学生くらいの幼い子だった。

俺が目を覚ましたのを見るやいなや、

「先生呼んでくる!!」

と建物の方に走り去っていった。

俺は体を起こし、周りを見渡す。遊具が設置されている。小学校の校庭だろうか。

自分の体を見ると、黒い液体でまみれていた。

「なんだこれ……」

おうとしたが、全身が痛んで言葉が出ない。暗闇の中でもがいたせいだろうか。

先生の肩を借りながら保健室まで歩いた。先生は俺を着替えさせ、ベッドに寝かせてくれた。

「多分、寝れば治るタイプの怪我だね。しかし、この液体は……」

「何か知ってるんですか!」

思わず大きな声が出てしまった。

「いや、私はよく知らないけど、友人に詳しい人がいるんだ。怪奇現象のね」

「怪奇現象?」

思わずポカーンとしてしまった。

「黒い液体とどういう関係があるんですか?」

「それはいわゆる、幽霊の血と呼ばれるものなんだ」

「幽霊の血?」

「人にも血は流れているだろう?それは赤いけど、こっちは黒い。黒い血さ」

「まあ、私もこれ以上はあまり知らないんだ。とりあえず、無事なだけよかったよ。詳しい話はその友達が知ってるから、電話番号を渡すよ」

「ありがとうございます」

「あと、ここは小学校だからね。子供に見つからないように帰ってね」

見つからないようにって、もう一人の女の子に見つかってますが。と心の中でツッコんだ。

「それと、私の名前は鹿目瞬かなめしゅんだ」

「俺は、齋秀さいしゅうです」

名乗り返すと、先生は「ではまた」と歩き去った。


校門からしばらく歩いて、見覚えのない景色に気がついた。

「ここどこだよ!」

スマホを取り出してマップアプリを開くと、家からそう遠くない、電車を使えば行ける距離だった。俺は帰路についた。


家に帰る頃には夜になっていた。

「秀! どこ行ってたの!」

母親に怒られた。暗闇の中にいたなんて言えるわけもなく、「少し自分探しの旅に出てた」などと誤魔化した。

「秀が居なくなってから2日も経つのよ。警察にも捜索してもらってて……」

2日も経っていたのか。そういえば、なぜああなったのか、その前の記憶がまるでない。

そんなことを思いながら自室に戻り、もらった電話番号を思い出した。俺は電話をかけた。

「はい、どうも」

出たのはおじさんだった。声が低く、酒でしゃがれているみたいな感じだ。

「あの、怪奇現象について知ってる方ですか?」

「ああ、そうだよ。というか、何で私の電話番号を知ってるのかな。君は誰だい?」

「俺は齋秀です。鹿目さんから聞きました。黒い液体について詳しく知っているとかで」

「なるほどね。もちろん知っているさ。では話をすると——怪奇現象というのは、現実にない非科学的なものを総称しているんだ。おじさんみたいなのは、趣味でそういう情報を集めていてね。たまたま黒い液体についても知った。ただ、黒い液体については謎も多い。何故つくのかとか、何で黒色なのかってね。まあそんなことより、何か原因があったんじゃないのかな?」

「原因は分かりません」

ただ、俺は思い出す。暗闇で纏わりつかれていたこと。そして校庭に倒れていたこと。

「……校庭、か。じゃあ原因は学校の可能性がある」

見ず知らずの学校だ。何も思い当たるところはないが。

「どこの学校だい?」

少しためらったが、「〇〇小学校です」と答えた。

「じゃあ、そこに今から行ってみるか」

「え? もう夜遅いですよ?」

「なぁに、おじさんの車で送ってあげるよ。もちろん、君が良ければ、だけどね」

俺は考えた。見ず知らずのおじさん、面識もない。しかも俺は高校生で、夜に外出れば補導されるかもしれない。連れ去りに、だって……。

でも、決心して言った。

「行きます」

その後は家から少し離れたコンビニで待ち合わせることになった。


コンビニで待っていると、赤色のクーペが止まった。絶対これだ。

近づくと、少し怖そうな顔のおじさんが窓から顔を出した。

「君が、齋くんでしょ? 乗りなよ」

言われて乗り込む。本当に大丈夫なのか、これで良かったのか。

目的地まで少し遠く、世間話をした。

「そういえば、2日も倒れているなんてあり得るんですか?」

「それなんだけどね。暗闇の中っていうのは意識がなくなるものさ。人伝いだが、そういう経験をした人もいる」

「俺と同じような経験の人が……」

「だいたい、そういう人は呪われてしまうんだ」

「……もう一回なるんですか?」

「だから、原因を消すっていうのが対処法なわけ。今ここでわざわざ出向いてるのも、君がもう一回そうならないためだよ」

「まあ、私も本物に出くわすのは初めてなわけだから、少し緊張してるんだけどね」

「そうなんですね……」

「にしても小学校は珍しいな。こういうのはもっと怨念のこもった場所なんだが」

確かに変だ。俺が通っていたわけでもない、何の思い入れもない学校。

「そろそろつくよ」

学校の時計の針が示すのは、2時30分だった。


「本当に校舎の中、入るんですか……?」

「入るよ」

「警備員さんとかは」

「さあね」

なんとも空返事だ。まあ、このくらい図太くないとこういうことはしないか。

倒れていた場所にたどり着いた。異臭と黒い液体でドロドロしている。

「ここは多分、砂場だね」

小さい子供が山を作って遊ぶ、あの砂場だ。

「場の流れ的には、ここの下じゃないかな」

俺は砂を掘り始めた。しばらくすると、重箱が出てきた。

開けてみると、中には血がたっぷりと入っていた。

「うわぁあああ!!」

飛び下がると、何かがうっすらと浮かび上がってきた。知らない女の人。黒い血まみれだ。

その人は誰かの名前を呼び続けていた。

「奏……奏……」

ひたすら不気味だった。次第にこちらに近づいてきて、両手をこちらに差し出す。

俺は逃げた。何度も逃げた。

それでもこちらに近づいてきて、首をぎゅっとつかまれた。

ヤバい、ヤバい。腕の細い女の人とは思えない力だ。

おじさんは息を荒らしながら呪文を唱えた。

「ドラブドラブ……」

次第に力が弱くなり、ついには苦しくなくなった。そして、消えた。

「こんなに走らされたらおじさん疲れちゃうよ、若いっていいな本当に」

「すみません……」

「多分、この霊は君をこの場所に呼びたかったんだよ」

「ん?」

「ここ、昔は公園だったそうじゃないか」

そんな話は聞いたことなかったので、ずっと前の話だろうか。

「で、君はあの女の子の幼なじみにそっくり似ていたとかね」

なるほど、筋が通っている。暗闇に閉じ込められていたのも、ずっと一緒にいたかったから、だろうか。

とりあえず、脅威は去ったということで車に戻った。

「しかし、おじさんがいてよかったね。もし最悪の事態になったら、鹿目も報われないよ」

そうだよな、と少し自分の行動を省みた。

「それと、最初に会った女の子——その子のことは忘れちゃだめだよ」

語気が強くなった。

「君をこの呪いにかけたのは彼女なんだから」


2

「女の子が……?」

俺は口ごもった。彼女の容姿は普通の小学生、ワンピースを着ていた。そんな女の子が呪いをかけるなんて、ありえない。

「そんな事あるわけ……!」

「いや、君の反応も当然だ。しかし、この学校との関連性、そして女の人の容姿——白いワンピースだったよね?」

「いや、それはただの偶然で……」

「君を助けてくれた先生は、実は調査でここに来たんだ。前は普通の教師だったらしいが……」

「調査って、何の調査ですか」

「怪奇現象のだ。この辺は一帯、呪われている。ただ、呪いの原因が分からずにいたんだ。私も今日見て分かった——女の子が原因で呪いが起きていると」

理屈ではそうかもしれないが、信じられない。大体、俺は赤の他人だ。そんな人間に呪いをかけるのはおかしい。

「まあ、これも持論でしかない。ほかの原因もあるだろうし。とりあえず、俺と先生でもう一度探ってみる。何か進展があれば電話するよ。電話帳に登録しといた」

「はぁ……」

帰りの車の中では、肉体的にも精神的にもぐったりだった。

戻ると、時計は5時を指していた。出かけた時間が遅かったので、親はまだ寝ているだろう。俺は明日の登校に備えて、ベッドで仮眠をとった。


次の日、いつものように高校に行くと、廊下の前に見知らぬ女の子がいた。転校生だろうか。俺は話しかける度胸もなく、授業を待った。

担任の教師は始業時間ぴったりに入ってきて言った。

「今日は転校生がいるんだ。破天さん、どうぞ」

女の子はゆっくり歩いて教壇の前に立った。

破天港はてんみなとです。好きな食べ物はドーナツ、嫌いな食べ物は茄子。好きなことはカメラを撮ることです! 私、結構撮るの上手いので、良かったら撮りますよ!」

明るい自己紹介だった。

「次に席だが——齋の隣、空いてるな。そこに座ってくれ」

え! 俺の隣!? 女の子が隣なんて初めてだぞ。普段女の子と話しない俺はどう接していいか分からない……!

破天さんは隣に座った。

休み時間、俺はない会話スキルを総動員して聞いてみた。

「カメラが好きなんだっけ? 何撮るの?」

「私は主に人を撮ることが好きなんだ。もちろん風景とか、食べ物とかも撮るよ。最近あるじゃん、インスタ映えってやつ!」

インスタ映え……俺にはインスタなんて陽キャがやるものだと思って手を出していなかった。

「あ、そうだ! 良かったら、インスタ交換しない?」

「俺、インスタは持ってないんだ」

「あ、じゃあLINEにする?」

初対面なのに、距離感がすっ飛ばされている。

「いや、友達探しは困っててさ。少しでも友達欲しいじゃん!」

この友達とは俺でいいのか? とも思ったが。

「分かった、LINEだけな」

交換したプロフィール画像は、黒い猫だった。

「これ、飼ってる猫なの?」

「飼ってるというより、飼ってたんだけどね」

まずいことを聞いた。

「ごめん」

「いいのいいの、結構前のことだし、私も気にしてない! 名前はくろすけだよ」

くろすけか。某映画の女の子の家にいた黒い妖精みたいな感じだな。

「あはは、そうそう! それで名付けたんだよ。小さい頃はよく丸まってて、似てたし」

社交辞令でしか話せない俺でも話せる、普通の女の子だった。

そんなのも束の間、授業が始まった。数学だ。ダルいと思いながら聞いていると、破天さんは真面目に聞いていた。

ふと、先生に問題を振られた。三角比がどうだとかだ。俺はこの辺から考えることをやめ、テスト前に暗記すればなんとかなると思っていた。

答えに躓いていると、破天さんがそっとノートを傾けた。既に答えが書いてある。チラリとそちらを見て答えた。

「難しい問題なのによく解けたな、次は赤点回避かー?」

クラスの皆が笑った。勉強は好きだが、数学と化学だけは無理なんだよ! と内心思いながら。

休み時間、破天さんは言った。

「どう? 役立ったでしょ! 私が横で良かったね〜」

「あの時はありがとう。しかし、数学得意なのか?」

「前の学校が超進学校だったんだよ、小中一貫校ってやつ。だからこの辺はもうやってるんだよねー」

「じゃあそんな天才お嬢様が、なんでこの高校に?」

「いじめ、だったんだよね……」と破天さんは寂しそうにつぶやいた。「私、前の学校でモテモテだったんだけど、女の子ってそういう子許さないじゃない? たまたまクラスのカースト上位の女の子の彼氏にも言い寄られたのを見られて。だから目について、いじめられた」

そうだったのか、と俺は言った。というか俺、地雷しか踏んでないじゃないか! 俺の会話スキルよ……!

「でも、それは昔の事! 今は新しい学校に、新しい友達でウキウキだよ!」

「それは良かった。そうだ、何か困りごとあったら俺に言えよ。解決できるか分からないが、力にはなれるぜ!」

「あはは、頼もしい」

夕方、帰路についたところで電話が鳴った。

「齋くん、出会ってるよね?」

「ああ、そうだけど。声が昨日よりしゃがれてないか?」

「まあ、酒を飲みすぎたのかもな。ほどほどにしないとな……」

「何の用なんですか?」

「昨日あったことの進展があったんだ。先生が今日調べたみたいで——」

「進展!?」

思わず大きな声が出た。

「まあそう焦るなよ。先生が教員特権で学級名簿を見たらしいのだが、齋くんが見た女の子の顔写真を探したんだが、やはりそんな女の子はいなかった」

「いなかったって、俺はこの目で見たんだぞ」

「先生も見た! だから奇妙な訳さ。これが怪奇現象ってやつだね」

怪奇現象。この世の理では表せないこと。女の子は人間じゃなく、幽霊なのか?

「まあ、昨日の一件は片付いたわけだが、禍はまた来るかもしれない。廻り廻ってね。君も気をつけるんだよ。女の子とか」

女の子。ふと破天さんのことを思い出した。

「何かと、君は幽霊とかに好かれやすい体質なのかもね。今まで呪われている女の人、子供——噂はあれど見た人はいない。まあ、くじ引きで当たっただけかもしれないが……。また困りごとがあれば電話しておいで。日中は仕事があるから夜で頼むよ」

聞きたいことだらけだったが、電話を切られた。

除霊までしてくれたんだから、この人は悪い人じゃないのかもしれない。ただ、言ってることはめちゃくちゃすぎる。幽霊を信じない派の俺は、猜疑心を立てながらも、そのまま眠りについた。昨日は夜中まで起きていたから、あっという間に意識が落ちた。


3

次の日、俺はウキウキしながら学校へ向かった。初めてのガールフレンドだ。

そういえばLINEを開いていなかったので確認すると、メッセージが届いていた。

「破天だよ! 覚えてるかな?」

「齋だ、よろしく」

返信が来た。

「昨日はごめんね、深い話だったから、気分悪くしてないか心配だったよー」

「いや、全然。むしろ互いに仲が深まってよかった」

「何それ笑」

「じゃ学校で!」と返すと、猫のスタンプが送られてきた。スタンプも猫なのが可愛い。


登校してすぐ彼女に会った。

「おはよう!」

「おはよう」

俺は少し小さく返事をした。朝から元気いいな。

「まあ、友達ができて嬉しくて」

破天さんは前の学校であの件があって、あまり友達を作らなかったのだろうか、と俺は物思いにふけった。

「今日は部活動決めに行くんだ!」

「部活動、俺は帰宅部だな」

「帰宅部? 帰宅するだけの部活ってこと? 何それ笑」

天然なのか分からないが、少し心にグサッときた。

「私は写真部がいいと思うんだ」

やっぱり好きなんだな、写真が。

「キレイに撮って後から見返して、そんな事もあったなーとか懐かしさに思いを馳せるんだよねー」

そう考えると写真も良いものだな。俺は証明写真ぐらいしか撮らないが。

「今撮ってあげようか? 私、カメラの天才だから!」

人のいないところで、彼女はスマホの内カメラを向けた。いわゆる自撮りだ。何か恥ずかしさがあり目をそらしたが、

「こっち向いてー! ピースピース!」

俺は少しはにかんだ笑顔でピースをした。

パシャ! とシャッターが鳴る。

「写真見て、よく撮れてる!」と見せてくれた。

どれどれ——

女の子?

破天さんではない。あの女の子だった。おじさんが言う根源の女の子。はっきりと分かった瞬間、

「うわぁあああ!!!」

と叫んだ。

「急に大きな声出さないでよ、どしたの?」

「ここに女の子が……」

「女の子って私のこと?」

「違う、もっと背の低い、小学生くらいの」

「いないよ?」

見えていないのか。俺には見えているのに……。

「そろそろ授業始まっちゃう! 急いで戻ろ」と手を引かれた。

俺はもう一度見た。女の子を。

俺にしか見えない、女の子。


放課後、「一緒に部活動見学しにいこーよー!」と破天さんが言うので、仕方なくついていった。

「写真部ってどこにあるんだ?」

「先生に見取り図書いてもらったんだけど……しかしこの校舎は広いねー」

ここは生徒が500人いるマンモス校だ。教室の場所を覚えるのも一苦労だ。

それでも辿り着くと、教室の扉の前に「写真部! 部員募集中!」と大きく書いてある。破天さんがコンコンとノックした。

「どうぞ入って」と男の声が聞こえた。

部員は5人くらいだろうか。陽気な男、細身の男、太っている男、前髪で目が隠れている女の子、メガネの三つ編みの女の子。

「ここに来たってことは入部希望だよね??」

破天さんは「はい!」と元気よく返事をした。

「隣の男の子も?」

「いや、俺は見学です。この子の付き添いみたいなもので」

「何それ、てっきり入部希望が2人来た! って喜んでたのになー。うちも今年が最後になっちまうし……俺等、全員三年なんだよ。卒業したら廃部になる。そんなの悲しいじゃん? もっと部員が増えてくれたら、部活が続いて嬉しいんだけど……」

「まあ分かった分かった、ここは説明しとくよ」と陽気な男が続けた。「俺の名前は風間望、三年でここの部長だ。そっちのガリガリのやつが畠修吾。んで、デブが馬場拓也。女の子の方、ちょっと陰気そうなのが菊池優。メガネのが蔵州冴ぐらすさえ。ということで、君たちの名前は?」

「齋秀です」「破天港です」

「秀くんに、港さんだね。しかし、破天って苗字は珍しいなー」

「破天荒? って感じなのかな?」と俺が言うと、部員が笑い出した。

「齋くんも、最終って感じでこれで終わりか! って」

また笑い出す。破天さんもクスクス笑っていた。笑っている破天さんかわいいな……。

「次に、部活動の内容だけど——放課後もしくは土日に活動していて、カメラを持って色々なものを撮影しに行くんだ。俺等が目指すのは高校の県写真大会の優勝だ! とは言ったものの……今は部活は存続の危機、県写真大会も予選落ちさ」

破天さんはこちらを見て、「ね! 齋くん入ってみようよ! 部活動って案外楽しいものだよ!」と言った。

俺は今まで部活動をしたことがなかった。家に帰れば漫画、アニメ、ゲーム。そんな感じだった。自分を変えるにはいい機会かもしれない。

「分かりました。俺、入ります!」

風間さんは驚いた顔をしたあと、希望に満ちあふれた顔で抱き合ってきた。

「おお!!! やっと入ってくれる気になったか! ありがとう!」

全員が拍手した。俺は破天さんと友達だし、同じ部活動で活動するのは悪くないと思ったのだ。動機は不純かもしれないが。

そんな感じで、俺と破天さんは入部した。


4

俺と破天さんはその後、部活の入部手続きを済ませた。明日から放課後は部活だ。忙しくなるな。

「ありがとう!」と破天さんが言う。「私、入ってくれないんじゃないかと思いながら聞いてたんだけど、心変わりしてくれてよかった! 心の友よ〜!!」

どこかのアニメにいそうなガキ大将みたいなセリフに続けて、

「まあ、友達と一緒にやったほうが破天さんも寂しくないだろうし」

「そんな事ないよ! 私だって友達は一人一人大切にするタイプなんだから、数じゃないの、親密性重視なの!」

「友達は多いに越したことはないかもしれないけど、仲がいい人が数人いたほうが絶対いいよ!」

俺は友達が一人もいない……と思っていると、破天さんは慌てて言った。

「私! 私私! 私が友達じゃない!」

その後少し照れていた。

「じゃあ、明日部活でな」

「またねー!」

帰路につきながら、昨日の件を思い出した。女の子が今日も出てきた、しかもカメラに映って。なぜ好かれているのか分からないが、俺には失われた記憶もある。一体何が起きているんだ。

ふと、小学生の頃のことを思い出した。公園だった、あそこは……。

スマホで「〇〇小学校 公園」と調べると、ヒットした。戦前の話だった。なんでも戦争の空襲で公園は焼け野原になり、残った跡地には石碑が建てられた。石碑は苔むして原っぱだけになり、そこを街の改造計画で学校が建ったとかなんとか。

おそらく、空襲で亡くなった方の怨念が砂場に憑いていたんだろう。ならば重箱の中の血は何なのか……謎が謎を呼び、結論は出なかった。

そうこう考えているうちに、LINEの通知。破天さんかな? と思ったら父親だった。

「夜遅くなるので、夕飯は母ちゃんと食べていいぞ」

それは母親に言えよ! とツッコミを入れたくなるが抑えて、了解と返した。

その後、母さんからも連絡が来た。俺が2日も行方不明だった件について、夜にふらふらと外出ていったと言う。俺にはない記憶だった。夜に、何のために。

「夜に外出るなよ? またどこかに消えちゃいそうで心配だ」

「迷惑かけてごめん、気をつけるよ」

その後、破天さんから写真部のグループラインへの招待が届いた。断る理由もないので入ると、すぐに部員たちから挨拶が来た。

「明日の日程についてなんだが」と風間さん。「明日は土曜日だし、遠出をして写真を撮らないか?」

馬場くんは「近くでいいんじゃないか? 歩くの疲れるし」と。

破天さんが「じゃあ、花見なんてどうですか?」と提案した。

「いいねぇ!」と風間さん。賛成多数で決まった。

次の日——俺は早起きして支度を始めた。そんな様子を見ていたのか、妹の瀬名が来た。

「にーちゃん、どこ行くの?」

「まあ花見かな」

「一人で?」

少し心が痛い。

「にーちゃんは写真部入ったから、お一人様は卒業なんだ」

「またまた。にーちゃんは絶対部活動入らないと思ってたのに! 100円賭けてたのに!」

「100円を誰と賭けてるんだそれは。俺を賭け馬にするなよ」

「これで外れたから、ねーちゃんに100円だな」

あいつかよ! うちの姉・舞子は賭け事をやらせたら絶対勝つという特殊能力を持っている。

「私も学校休みだし行きたいー!!」とわがままを言う瀬名とじゃんけんをした。

じゃん、けん——俺はパーを出した。妹はグー。

「くーっ! もっかいもっかい!」

「もう一回はしない」。瀬名はじゃんけんの最初は必ずグーを出すことを俺は知っていた。

悔しがる妹をあとにして優雅に家を出た。瀬名、お前は賭け事に常に負けるタイプだってね。


河川敷に着くと、桜がズラッと揃い花びらが舞っていた。絶景だ。

カメラが描かれたブルーシートを見つけてすぐ分かった。センスは良くないが。

「遅いなー秀は」と風間さん。

「すみません、妹がひっついてこようとしてて、剥がすのに手間取ってました」

「君は妹を引っ付き虫か何かだと思ってるのか?」と風間さんの冷静なツッコミ。部員が大笑いした。すっかり馴染んだ破天さんも笑っていた。

「よし、集まったしまずは飯にするか!」

花より団子とはまさにこのことか。用意されたお惣菜は美味しかった。

「これ、買ったやつですか?」

「いやいや、馬場くんの手作り料理だよ」

太っているだけじゃなくて、料理も上手いんだ、すごい——心の声が漏れてしまった。

「太っているだけは余計でしょ」と馬場の小言。部員たちはまた笑った。

俺には味わえなかった青春が、今ここにある。そう思っていると、破天さんが「来てよかったでしょ?」と言った。

俺はうんと返した。

ご飯を食べ終えて撮影タイムになった。それぞれカメラを持ち、俺も撮ってみた。最初はピンボケしてしまったが、破天さんが教えてくれた。次に撮ると、まあまあの出来だ。

気づけば俺と破天さんの二人になっていた。白いワンピースの女の子を思い出す。しかし今撮っている写真には写らない。

破天さんが川と合わせて撮りたいというので移動して、俺も写真を撮った。

違和感があった。写真のどこかに……。

じっと見つめると、川に手が生えていた。人の手だ。こういう川は水難事故で幽霊が集まるって聞いたことがあった。

もう一度撮る。今度は川をドアップで。

はっきりと写った。しかも薄くて見えなかった部分も鮮明に。手は1本の後ろに、何本もびっしり隠れていた。

「うわっ……」

「どうしたの?」

「カメラに手が写って……」

「私には見えないんだけど」と、また破天さん。デジャブだった。なぜ俺だけ見えるんだ。

部員に招集をかけてもらい、集まった先輩方に説明した。しかし、部員には映っていないという。

場の空気を俺が壊してしまった。

「すみません、見間違えでした」

「まあそういうこともあるよね。ちょうどいいベンチで休んどきなよ」

ベンチに座り、おじさんに電話をかけた。何度鳴らしても繋がらない。だいぶ待ってから、ガチャっと。

「全く、毎日毎日忙しいね。何かあったのかい?」

状況を話すと、おじさんは言った。

「君の予想は大幅に当たってる。水難事故で溺れた人が幽霊になったんだろう。しかし、写真に写ったものを君しか見れないとなると——君には見えるようになったのかもね。何らかのきっかけで、霊視能力が開いたんだろうと思う」

「俺はどうすればいいんですか?」

「どうするもこうするもないんだけどね。危害がなきゃやるだけ無駄さ。相手は数百本の手だ、一つ一つ除霊したってキリがない」

「……分かりました」

ツーツー。切られた。

大体、この世の有象無象を全部除霊するなんて無理なんだ。それは分かっていた。気味が悪いだけで危害がないならいいじゃないか。そう言い聞かせ、部員に合流した。


帰りは同じ路線の電車で破天さんと一緒になった。

「ごめんね。私には見えないけど、あなたには見えてる——それを否定するつもりじゃないんだ」

「いや、見間違えだったんだよ! 視力悪くてさアハハ」と流そうとしたが、破天さんは真剣な顔をしていた。

2回も巻き込んでしまった。傍からしたら嘘にしか見えないのに、彼女は信じてくれている。

「なんで幽霊とか信じるの?」と俺が聞いた。

「私には幼い頃に亡くなった妹がいたの」と破天さんは静かに言った。「死因は崖から転落、即死。親は一晩中泣いた。私も泣いた。でもね、たまに話しかけてくることがあるの。今日はどうだったとか、楽しいことあった? とか。そんな妹がいないなんて信じられない。幽霊でも、私は生きていてほしいと思ってる。だから、私は信じるんだ」

俺は考えた。幽霊が視える、声が聞こえる、首を絞められた——そんなことを体験して、これが嘘偽りだったなんて思えない。

「確かに幽霊でもいた方がいいな」

「でしょ」

帰り道、電車を降りて家に着くと鍵が閉まっていた。家族でどこかに出かけたのかな、と思いながら中に入った。

リビングでテレビをつけると、見覚えのある風景が映っていた。桜?

今日行った河川敷が、ゲリラ豪雨による氾濫で被害を受けていた。逃げ遅れて流されてしまった人々も映っていた。

酷い映像だったのでチャンネルを変えた。

俺は怖くなり、自室で布団にくるまった。


俺のせいじゃない、俺のせいじゃない、俺のせいじゃない——。

小言をぶつぶつ言いながら目をつぶる。家族の笑い声が聞こえてくる。今は耳をふさぎたかった。

ただ、暗闇にいたかった。ただ、暗闇に———


今日起きたら、何て嘘でした。そんなことあるわけない。

そう思いつつ、昨日のニュースは頭から離れない。流される人と物。俺は止められたのかもしれない。あの手の幽霊のダイイングメッセージを——災害の前触れを、伝えることができたかもしれない。

俺は立ち直れなかった。布団を大きくかぶっていると、妹の瀬名が蹴飛ばした。

「にーちゃん、朝だよ」

妹の顔はどうも浮かない顔だった。花見に行った場所を伝えていたのだ、俺は。妹もニュースを見たのだろう。

すると妹は言った。「兄ちゃん、そんなFXで有り金溶かしたみたいな顔するなよ」

いや、懐かしいなおい! ネットミームに敏感な中学生め。

「まあ、兄ちゃん。昨日の花見の後あれじゃ、気分も落ち込むよな。でも、過ぎたことはしょうがないんだよ。災害ってのはいつ何時起きるか分からないから災害なんだ。全知全能でもない限りどうしようもない」

俺は言おうか迷ったが、やめた。ついに頭がおかしくなったのかと偏見な目で見られるのは嫌だ。

「気にしてない気にしてない。さ、朝ごはんはなんだろ」

自室の扉を開けた。


朝食を食べ、グループラインを見るとお通夜ムードだった。俺がすみませんと送ると、風間さんから「昨日のことは忘れよう。とりあえず部員全員が無事でよかった」と返ってきた。確かに、そうだ。

日曜日は大好きな漫画でも読んで、必死に忘れようとした。


翌日月曜日。何事もなく家を出て高校へ向かった。

教室で破天さんを見た。昨日の話をしてしまったせいか少し話しかけづらかったが、向こうから「おはよう!」と元気よく声をかけてきた。

「おはよう」

退屈な授業がいつもより退屈だった。やっと放課後になり、部室へ向かおうとしたところで、破天さんが「一緒に部活行くんだよね?」とスカウトしてきた。目が怖い。

部室はいつもより暗く湿っていた。元気な風間さんもなんだか浮かない顔をしていた。

「よっ新入り、どうぞお入りくださいと」一言。

そこへ破天さんが皆に告げた。

「皆さん、ニュースは見たと思います。あれはショックでした。まさかあんな平和な空間が洪水だなんて。亡くなられた方が大勢いるみたいです。でも、その中でも最後に綺麗な桜を撮れて良かったと思うんです。あの河川敷がこれからどうなるか分からない。でも、復興してまた桜が咲けばいいなって。それがあの場所が絶望から希望の場所に変わる第一歩です! また咲いた桜をみんなで見に行きましょうよ!」

さすが破天さん、破天荒なだけあって盛り上げるのは上手い。皆は次第に前向きになった。俺もその言葉を聞いて、前を向こうと思えた。

「素晴らしいスピーチだね」と風間さん。「では、この写真部は続けていこうか」

活動3日目で解散なんて悲しい。破天さんだって同じはずだ。彼女は誰よりも前向きで、誰よりも人のために尽くす人だ。そう感じた。

「じゃあ今日の活動は?」

風間さんはニヤリと笑んだ。「今日は心霊スポット探しだ!」

ギクリ。心に矢が刺さりまくって、すごく痛い。怪奇現象なんてもうたくさんだと思っていたが、部長の企画を無碍にもできない。

「じゃあ行きたいところをネットで調べようか」

畠くんがさっさと調べ上げ、「ここならどうでしょう」と提示した。学校近くの廃ビルだった。

「危ないでしょ、女の子にどこ歩かせるつもり?」と蔵州さんが少しムッとする。

風間さんは「じゃあここはどうかな」とスマホを見せた。森だった。しっかり整備されている。

馬場くんは「ハイキングなんてしたくない」と涙目だったが、破天さんが「じゃあ馬場くんは置いていこうかな」と冗談を言うと、「じゃあ行きますよ」と渋々。

「いつにするんですか?」

「次の休み、土曜日かな。意義ある人は?」

馬場くんだけは絶対に手を上げないと思っていたが、破天さんが目を配らせると渋々と上げた。

今日は月曜日、土曜日まで5日か。なんだか写真部はお出かけが多いんだな。


帰路につくかと思いきや、図書館に行くことにした。こういう怪奇現象は地域の本に載っているかもしれないと思ったからだ。

「〇〇市災害のしるし」「〇〇市!怖い!怪奇現象!」——あるにはあったが、俺が経験したことのあるものではなかった。マスク女がどうだとか、赤いちゃんちゃんこを着せましょかって言ってくるおばあさんとか、どこに行ってもそんなものだ。

やっぱり専門家の出番かと図書館をあとにし、おじさんに電話をかけた。

「ちょっと忙しいからまた折り返すよ」と一言。日中は仕事だったんだっけ。趣味が怪奇現象の収集。そんな大人にはあまりなりたくない、と思いつつ帰路についた。


帰ると、リビングには姉の舞子が座っていた。こちらを見て、こっち見んな的な視線を送ってくる。

「姉ちゃん、よっ!」

「ちょっと今は見たいドラマがあるからリビングは貸切ね」

トホホ。次に妹の部屋を訪ねると、足の踏み場もなく物は出しっぱなし、食べ物と飲み物はよく分からない物体に変化していた。

廊下から呼ぶと、「あーっ! 兄ちゃん、勝手にドア開けたらダメなんだぞ! 3回ノックして入れと言う!」

お前の部屋はトイレなのか? とは言わず、「今日はうちの彼氏の櫻井くんが来るんだよ!」と俺を押し出した。片付けを手伝うとその中から俺の無くなったと思っていたボールペンやらハサミやらが出てくる。借りパクしていたのかよ!

片付けを終えるやいなや、ピンポーンとチャイム。妹は急いで玄関へ。ちらっと見るとチャラチャラした感じの男の子だった。妹はああいう子がタイプなのか。昔はにーちゃんと結婚するなんて意気込んでいたのに。

自室に戻り、しばらくして電話が来た。名前登録は「怪奇のおじさん」のままだった。そういえば名前を聞いていなかったな。

「いや、すまない。仕事が立て込んでいたから出る暇もなかったのさ。それで、名前を聞きたくて電話したのかい?」

「いや、そういうことじゃなくて……そういえばおじさんの名前って何ですか?」

「俺は郷田猛ごうたたけしっていうんだ」

某アニメのガキ大将を思い出すが、それは言わない。

「まあ、おじさんは腕っぷしは弱いんだけどね。喧嘩に勝ったことなんてない」

前に車に乗った時は結構筋肉があったのに、どういうことだ。

「体だけさ。それで、名前のほかに何か?」

例の洪水について話した。

「なるほど、君は見えていたとでも?」

「そう思っています」

郷田さんは笑った。初めて聞く笑い声だが、聞くに堪えない金切り声のようだった。

「あのね、自然災害と幽霊は別なの。自然災害が起こるのは偶然に偶然が重なるもので、たまたま君が何かを見たとしても、それは幽霊とは関係ない。私もいたたまれないさ、人が死ぬ。でもそんなのは世界各地で起きてる。人を助けたいと思うのは勝手だけどさ、日々起こる災害相手に君は戦えないだろ」

そうだ、俺はたまたまあそこに行って、たまたま幽霊の手を見た。それだけだ。でも——。

「まあ、確かめるってのはどうかな」

「確かめる? 何を?」

「現場をだよ。君と現場までドライブさ。俺の座席には女しか乗せたくないのだが、なんせ鹿目の頼みだ。君を放っておいたら、雷が落ちちまう」

「分かりました。いつ出ます?」

「今日にしよう」

また即日か。この人は今を全力で生きているんだなとゲンナリしながら、コンビニへ向かった。見慣れた赤いクーペ。そして、やあと聞いたことのある声。

「鹿目さん?」

俺が乗ると同時に、車は走り出した——。


5

俺の過去の話をしよう。

小学校の頃、俺はよくいじめられていた。小さくてオドオドしているという理由だった。

そんな時、必ず助けてくれる女の子がいた。白いワンピースを着た女の子。名前まではわからない。ただ、いつも助けてくれた。

「ありがとう」と告げると、にこやかに笑ってくれた。

その後いろいろ話をするのが定番だった。好きな趣味の話。彼女はカメラが好きらしく、父親の影響だと言っていた。俺はハマっているゲームの話をすると、彼女は興味深そうに聞いてくれた。話を聞くのが得意らしい。

そんな日々もつかの間、彼女は別の中学に行った。連絡先も知らなかったし、それ以来会っていない。彼女の行く末は知らないが、今も好きなカメラの写真を撮っているのだろう。


なんて考えていたら、鹿目さんに呼ばれた。

「君、大丈夫かい?」

「ああ、少し考え事をしてました」

「全く、夜だから眠いだろうに、郷田もしっかりしてくれよ」と鹿目さん。

「こんな夜中に起きるって言うのも大人への道の第一歩だよ」と郷田さんが笑う。

「なんで鹿目さんまで!?」

「郷田のやつが君に危ないことをさせないか心配で、久々に連絡を取ったんだよ。そしたら案の定、君を連れてドライブなんて言うから、俺も乗せてけって頼んだわけさ」

確かに郷田さんは俺を危険な目に合わせた張本人でもある。人生で首を絞められる体験をしたのは初めてだ。

話をしているうちに、荒れ果てた河川敷が見えてきた。

復興といえど、1日では終わらない。木はなぎ倒され、桜の花びらなんてものはなく、咲くことを知らずに死んでいった木の芽吹きたち。荒野と呼ぶほうがふさわしいだろうか。

まず3人で黙祷した。人を思う気持ち、死者を思う気持ちは人として持つべきだ。たとえ知らない人でも。

「鹿目は危ないことに彼を付き合わせないでくれよ。彼はまだ高校生だぞ」

「俺は全然大丈夫ですよ。むしろ俺は真相を知りたいんです」

鹿目さんは俺の顔を見て「少し立ち直ったのかな」と話した。

川に近づいた。ドブのように真っ黒い川。大勢を流し、たくさんの命を犠牲にした川。

「カメラ、これが必要なんだろ?」と郷田さんが渡す。

俺はカメラ越しに幽霊が見える——それは実感している能力だ。

カメラを構えて、パシャ。

小さな女の子?

考えようとした瞬間、破天さんが走ってきた。

「おーい!!」

「破天さん? なんでここに?」

猛スピードで近づいてくる。写真部よりマラソン選手が向いているのではないかというような距離を走ってきた。

「やっと間に合った」と息を切らしながら話す。

郷田さんと鹿目さんは彼女を知らない。「俺の同級生の破天港です」と代わりに自己紹介をした。

郷田さんは何かに気付いたみたいだが、何も話さなかった。

「今日どうしても確かめたくて、ここに来ればわかるかなって。カメラのこと!」

「カメラ……ああ、そういうことか」

「だから、カメラでここを撮れば幽霊が見えるって。夜中だし絶対写るでしょ」

俺はまあいいかと話をそらしつつ、さっきあったことを説明した。郷田さんと鹿目さんは何か確信を得たようだった。

「カメラというか、それは彼女の能力だね」と郷田さんが話し始めた。「彼女は触れたカメラに幽霊を映すことができる。君はたまたま霊視能力が人の数十倍見えている」

「彼女が? いやいやいや、そんな……」

振り返って考える。1回目、破天さんが内カメラを向けて俺とツーショットを撮ったのは彼女だった。2回目、俺がカメラで撮る時にヘタで、破天さんにレンズの調整をしてもらった。結果、川の白い手が撮れた。

辻褄は合う。ただ——

「それだったら、彼女に幽霊が見えないのはなぜですか?」

「それは苗字に由来があるんだ」と郷田さん。「破天——天を破る、つまり死者の天国を破るという意味さ」

伊達にオカルトマニアを自称してるだけある。

「俺が視える理由は?」

「君は齋秀くんだろ? 齋の字は神に仕えるという意味がある。そんな巫覡ふげきさんと呼ぶべきかな。君はその能力があってもおかしくない。もちろん、君が自分の能力を否定するなら話は別だ。今すぐ病院に行ったほうがいいかもな」と軽口を叩く。

「否定するつもりはありません。でも、この河川敷で死者を見たのはなぜですか?」

郷田さんが、と思いきや破天さんが言った。

「それは一種のSOSだったんだよ。死者の魂は人に何かを伝えたくて出る。彼らは敏感に察する——伊達に何十年、何百年と幽霊として生きてる訳じゃないでしょ」

「じゃあ、やっぱり俺が知っていれば……止められたかもしれないじゃないか!」

鹿目さんが言った。

「俺はそうは思わない。君はこのことを知らなかった、知ることすら不可能だった。郷田が知っていても、君と破天さんが直接聞かない限り、話さなかっただろう。それに、過ぎ去った日々は戻らない。永遠に、今日一日は過ぎ去る。明日が来るのを待っている人のために——生きている人間であれ、幽霊であれ」

俺は納得がいかなかった。でも、それは俺の傲慢でもある。全部が全部、自分が思ったとおりにはならない。それは挫折をよく味わった俺だから分かる。

「まあ、君と彼女には能力がある。せいぜい、決まった運命にそれで抗えば良いさ」と郷田さん。

「……分かりました」

郷田は用があると河川敷に残った。帰りは鹿目さんが郷田さんの車を運転するらしいが、「あいつの運転は少々荒っぽいから気をつけろよ」と一言。これから高校生2人が乗るのに余計なひと言だった。

車に乗ってしばらく走ったあと、破天さんは泣いていた。

当たり前だ。一昨日の河川敷の出来事は最悪で、どうしようもなく救いのない話。そんな跡地ですら、俺達に心の負担を乗せてくる。

俺は慰めながら、次は失敗しないと心の中で決心した。

これで、長かった月曜日は終わる。

災難も災厄も災害も、全部俺は受け止める。

郷田の言う通りにはならない——運命に抗う。


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