インタールード 草原軍6
「わぁ…………」
ルネシアの声が、朝もやの中に溶けていく。
野営地の外れ、訓練用に設けられた空き地。周囲には背の高い木々が立ち並び、朝日が枝葉の隙間から差し込んでいた。
僕は静かに詠唱を紡ぐ。
「……トランスレイト オン イレイス アワー エネジー……《魔力沈静》」
淡い光が全身を包み、やがて霧のように消えていく。体内を巡る魔力が、穏やかな流れを取り戻した。
肌を撫でる朝の空気が心地いい。深呼吸をひとつ。草と土の匂いを強く吸い込む。
「ふぅ……」
「すごいキレイだった。今のも魔術?」
ルネシアが駆け寄ってくる。緑の瞳は好奇心でいっぱいだ。
「いちおう魔術かな。体内を循環する魔力に負荷をかけたり消したりすることで、魔力の流れを強化したり、いざというときの反応を上げ……って説明が詳しすぎるな」
首をかしげる少女。九歳の子供に、いきなり魔術理論を語っても伝わらないだろう。
「簡単に言えば、訓練用の魔術ってことで、わかるかな?」
「えーと、なんとなく?」
曖昧な返事。まあ、それで十分か。
木々の間から鳥のさえずりが聞こえてくる。野営地の方からは、朝食の準備をする音が風に乗って届いていた。
「それで、僕になにか用かな?」
「用がなかったら、来ちゃダメなの?」
「いや、ダメってわけじゃないけど……」
「わたしがジャマ?」
ルネシアの表情が曇る。声が小さくなる。
「そんな邪魔でもないよ。ただ、その、危ないしさ。できれば僕の天幕で大人しくしててほしいんだ」
「魔術師さんの横にいる方が危なくないよ? わたしが危なくなったら、また助けてくれるよね?」
そんなまっすぐな信頼を向けられると、返す言葉に困る。
どうも僕はこの子に弱い。自覚している。
「うー……」
「それに、わたしは、ホイホイ何でも言うことを聞く"つごーのいい女"じゃないんだからねっ! 魔術師さんが最近、天幕にいてくれないのが悪い、らしいんだよ?」
覚えたての言葉を得意げに並べている。その言い回しには聞き覚えがあった。
「……師団長に、そう言えばいいって言われたのかな?」
「うわぁ、すごい。なんでわかったの?」
ルネシアの目がきらきらと輝く。
そりゃあ、慣れない言葉を無理やり言わされているようだし、そんな言葉を教える犯人は決まっている。
口には出さず、代わりににこりと笑って言った。
「僕は魔術が使えるからね」
「やっぱり、魔術師さんってすごいんだね」
「そんなことないよ。僕なんて、まだまだ半人前だ」
「半人前?」
「えーと、つまり、大人じゃなくて子供に近いってことかな」
「魔術師さんは、そんなに大きいのに?」
なにか考え込むように眉を寄せている。朝のそよ風が、銀色の髪をなびかせていた。
「大きくなるだけなら、樹木にだってできる。重要なのは、大人になるためにたくさんの経験をして、覚悟を決めること、かな」
「ふーん?」
理解できているのかいないのか。まあ、今はそれでいい。いつか、この子は、僕の言葉を思い出してくれるだろうか。
一緒にいれる時間はもう少ないだろう。このあたりで一番大きなエルフの集落まで、数日後には到着する予定だ。
「さて、せっかくだから、いっしょにお茶でもしようか。ゆっくりできるときにはゆっくりしないとね」
「わーい」
ルネシアが嬉しそうに跳ねる。
その無邪気な姿を眺めながら、僕は昨日の会議を思い出していた。
昨日の会議で話された情報が真実なら……そろそろ、本格的な交戦が始まるはずだ。
森林国の東部で帝国軍の動きが活発化している。偵察部隊との小競り合いも増えてきた。
朝日が野営地を照らしている。木漏れ日が地面に複雑な模様を描いていた。
穏やかな光の中に、戦の影が忍び寄っている。
この平穏が一時のもので、だからきらめく宝石のように貴重なのかもしれない。
いつも応援ありがとうございます。
絹野帽子です。
お陰様で、中盤のである、夜会シーンまでリライトできました。
そしてすみませんが、今回で書き溜めのストックがなくなったのと、他作品の執筆の兼ね合いもあり、しばらくの間、更新をお休みさせていただきます。
来月には再開する予定です。よろしくお願いします。
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