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インタールード 草原軍5

「カモミルさん、わたしに魔術を教えてくれますか?」


 そうルネシアが切り出したのは、夕食後の食休みのタイミングだった。

 僕の天幕(てんまく)の中、卓上の蝋燭が小さな炎を灯している。オレンジ色の光が、布地の壁に大小の影絵を作っていた。

 ルネシアの緑の(ひとみ)が、真剣な光を宿して僕を見ている。


「理由を聞いてもいいかな?」

「強くなりたいの」

「魔術を覚えると強くなれるのか?」

「だって、カモミルさんなら、魔術で熊にも負けないでしょ?」

「ああ、たしかに。僕が魔術を使えば熊くらい一瞬で倒せるな」

「強くなって、わたしも敵をやっつけるの」


 無邪気な声で告げられた決意。だが、その奥に潜むものは幼く、危うさを感じるものだった。

 少女の透き通った銀髪が、蝋燭の光を受けてきらめいている。


「強くなって敵をやっつけて、どうする?」

「お父さまとお母さまのカタキをとるの」


 ルネシアの顔からは笑みが消えた。そこには、静かな怒りがにじんでいる。

 九歳の少女があらわにするには痛ましい感情だと思ってしまうのは、僕の傲慢さだろうか。


「カタキって意味はわかってるのか?」

「お父さまとお母さまを殺した人を殺すってことだよね?」


 淡々とした口調。聞きたくはなかった言葉。

 だが、彼女は戦場で両親を失った。村を焼かれ、たったひとりで生き残った。その痛みまで否定することは、僕にはできない。


「……まあ、間違いじゃないな」

「魔術を教えてくれますか?」

「…………」


 夜は長い、答えを急ぐ必要はない。

 外からは、夜番の兵士たちが交わす低い声が聞こえてくる。


「そういう理由なら、僕は教えられない」

「なんでっ!?」


 銀色の髪が揺れた。傷ついた表情が、若葉色の目に浮かんでいる。


「僕にとって、ルネシアみたいな子が人を殺すのは、とても悲しいことなんだ」

「でも……わたしは……」

「ルネシア、よく聞いて」


 少女の目線に合わせ、膝を折る。小さな肩に、そっと手を置いた。

 華奢な骨格が、掌の下で震えている。


「君に人殺しをさせたくないのは、僕のワガママだ。だから、君に約束しよう。君の両親の仇は、僕が取るよ」

「…………魔術師さんが?」


 驚きと困惑、そしてかすかな期待が、ルネシアの顔に入り混じっていた。


「うん、人を殺すのは、僕がやる。だから、ルネシアも約束してくれるかな?」

「約束……?」

「人を憎んでもいい、僕のことを嫌ってもいい……だけど、二度と人を殺すだなんて言わないでくれないか?」


 長い沈黙が落ちた。蝋燭の炎がパチリと音を立てる。

 天幕の外では、風が木々の葉を鳴らしていた。


「……わたしは魔術師さんのこと、嫌いになったりしないよ?」


 ルネシアの声は震えていた。だが、その言葉には不思議な強さがあった。


「わたしを助けてくれたのは、お父さまとお母さまと魔術師さんだから……他のみんなが魔術師さんを嫌いになっても、わたしは魔術師さんが好きだよ?」


 思わず言葉を失った。

 この少女は、両親を失い、故郷を焼かれ、それでもなお他者を想える心を持っている。

 その強さが、どこか眩しかった。


「……ありがとう。少し驚いたけど、(うれ)しいよ」

「だから、魔術師さんに約束するね。二度と人を殺すって言いません……だから、魔術師さん、悲しまないでください。お願いします」


 小さな身体が震えていた。若葉色の目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。

 頭をそっと撫でてやった。絹糸のような感触が、指先に伝わってくる。


「ああ、そういうお願いなら、大歓迎だよ」


 蝋燭の炎が、穏やかに揺らいでいた。

 僕は心の中で誓った。必ず、この子との約束を果たそう、と。

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