第76話 ルーファス大公が、演説をしていた。
広間が静まり返った。
壇上に立つ男が、ゆっくりと口を開く。ルーファス=マイム・ウェステリア大公。今夜の主催者にして、レオン様の叔父にあたる人物だ。
「本日は、我が屋敷に多くの方々が集まってくれたことを、私は心から嬉しく思う」
声は穏やかだが、よく通る。
広間の隅々まで届くように計算された話し方。為政者、政治家としての年季を感じさせた。
「今回の夜会は、皆の日ごろの疲れを癒すため、そして、私から皆に伝えたい思いがあり、設けさせてもらった」
大公は一度言葉を切り、広間を見渡した。多くの人が自分の言葉を待っていることに満足げな笑みを浮かべる。
「皆はもうすでに知っているだろう。現在、我等の兄弟たる隣国が粗暴な西の国に攻められている。そして、我等が優秀な王国軍が、友を助けるべく馳せ参じているのだ」
西国の侵攻。
七年前より規模が大きくなっているという話は、僕も掴んでいる。
そして、狙われたのは、またしても『森林と調和の国』の領土だということも。
「西の国の規模は七年前とは違い、戦いは熾烈を極めるだろう。しかし、我等は兄弟を見捨てたりはしない。我等が見捨てれば、友国が西の国に蹂躙し尽くされてしまうからだ」
大公の声が大きく強くなっていく。
「いや、それだけではない。貪欲な西の国は、平和なる我等が国に、その手を伸ばし、騒乱をもたらすだろう」
広間に緊張が走る。
貴族たちがざわめき、互いに視線を交わしている。
「私はこの場を持って、皆に誓う。西の国の愚かなる行為を決して許さないと!」
拳を振り上げる大公。
劇場役者も顔負けの堂々たる振る舞いだった。
「そのために、私は微力ながら力を尽くす。私の力は、本当にささやかな力でしかない。しかし、ここにいる皆は、私と思いを等しくする方々だと信じている」
謙虚な言葉。
だが、その裏に何があるのかは、この場にいる者なら誰でもわかるだろう。
その戦争で、大公が、その勢力を存分に振るうのは、どういう結果を狙ったものなのか。
「私ひとりでなしえなくとも、ここにいる皆の力を得られれば、それこそ、万軍の力を得るだろう。私は、信じている。以上が、私が皆に伝えたいことだ……」
大公は深く一礼した。
パチパチパチ……!
突然の拍手につられ、盛大な拍手が広間に響き渡った。
どうみても配下の貴族の家に、事前に合わせるように脚本を書いていたとしか思えない、万雷の拍手。
隣に立つオルディスさんも、気だるげに拍手をしながらも表情を崩さない。
「なぁ、茶番もいいところだと思わないか」
低い声で囁かれた。
周囲には聞こえないよう、絶妙な音量。
「ええ、これなら、近所の子供たちのお飯事を見ていた方が楽しめますね」
僕も同じトーンで返した。
演説自体は上手いんだよなぁ。でも、中身がない。西国の脅威を煽って、自分の存在感を示したいだけ。要するに政治的な演出ってやつだ。
「とりあえず、退屈な挨拶も終わったし、俺はしばらく適当に楽しむつもりだ……ああ、リラは、ついてこなくてもいい」
オルディスさんがリラを振り返った。
「ユキト殿、うちのもよろしく頼むぜ」
「は? え?」
「お、お父様っ?」
突然の展開に、リラと僕が同時に声を上げる。
「なに、父親と踊っても面白くも何ともないだろうからな。そっちのお嬢さんには悪いがな……」
オルディスさんがフェリシアに顔を向けた。
値踏みするような眼差しだったが、不快感を示すものではない。
「いえ、私は別にご主人様がどなたと踊ろうとも構いませんが」
フェリシアの声には、感情の揺らぎが見えない。
いつも通りの抑揚のなさ。だが、その言葉には、すごく含みがある気がした。
「フェリシア?」
「……多分、オルディス様は、全部ご存知ですよ。私に対する視線が、そう物語っています」
フェリシアが小さく息を吐いた。
「ですから、ご主人様が、『恋人に対して特殊な性癖を押し付けている』とか心配する必要はありません」
「いや、そんな心配はしてないけど……!?」
なにを言い出すんだこの人は。
オルディスさんが堪えきれずに吹き出した。
「はっはっは、それじゃあな。帰るときにはまた声を掛けさせてもらうぜ」
ひらひらと手を振りながら、人混みの中に消えていく。
その場に残されたのは、戸惑ってばかりの僕と、そわそわと落ち着かない様子のリラと、いつも通りのフェリシアだった。




