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第8話 言われた瞬間、想像してしまっていた。

「ふ〜んふふん〜♪」


 僕は上機嫌に鼻歌を歌いながら、食事を楽しんでいた。

 食堂のテーブルには、見事な料理が並んでいる。メインは川魚のソテー、付け合わせには季節の野菜、そして良く冷えた白葡萄酒(ワイン)


「随分とご機嫌ですね、ご主人様」


 フェリシアが、僕の向かい側に立ちながら言う。


「厄介な仕事が一段落したからね。明日からは、ゆっくりできそうだ」


 ここ数日、王子様絡みの案件で走り回っていた。それがようやく片付いたのだ。解放感がある。


「なるほど、それは良かったですね」

「それに美味しい食事と美味しいお酒、気分は上々だね」


 葡萄酒のグラスを傾ける。果実の香りが鼻腔(びこう)をくすぐり、口の中に爽やかな酸味が広がった。


「恐れ入ります」

「これで後は……ごほんごほん。このソテーは僕好みだね」


 危ない危ない。つい余計なことを言いそうになった。

 川魚のソテーを一口。外側はカリッと、中はふっくらと焼き上げられている。バターとハーブの香りが絶妙だ。


「良い川魚の切り身が手に入りましたので」

「うん、この葡萄酒との取り合わせも完璧だ」

「その葡萄酒は『森林と調和の国』で作られた新酒です」


 森林と調和の国。フェリシアの故郷がある国だ。

 あの国のエルフたちは、葡萄の栽培と醸造に長けている。人間には真似できない繊細な味わいを生み出すのだと聞いたことがある。


「なるほど……鮮烈な葡萄の香りが良いね」

「ところで、ご主人様。今宵(こよい)夜伽(よとぎ)などをご所望なのでしょうか?」


 僕は葡萄酒を噴き出しそうになった。


「そ、それは言ってない!!」

「でも、言いかけましたよね。私は自称優秀なメイドですので」


 フェリシアは無表情のまま言う。その目は、すべてを見透かしているかのようだ。


「自称って付けると、とっても怪しいよねっ!」


 話題をそらそうとしたが、フェリシアは容赦なく続けてきた。


「そうですね。私がお相手するならば、一晩五十万イェンほどでいかがでしょう?」

「高っ!」


 思わず叫んでしまった。五十万イェンといえば、僕の給料の……いや、計算したくない。


「そうですか? 相場には疎いものでして」

「一流と呼ばれる娼館でも三日は楽しめるよ」


 言ってから、しまったと思った。余計なことを口走ってしまった。


「ふむ、ご主人様は市場価値がわかる目利きでいらっしゃる」


 フェリシアの声に、かすかな皮肉が混じる。


「それって、遠回しに皮肉ってる?」

「もう少し具体的に言うならば、"随分とお詳しい"のですね」

「ぐっ……しょうがないんだ。あのバカ王子の部下をやっていると詳しくもなるんだ……ツケを払いに行くこっちの身にもなってみろっ!!」


 僕は思わず机を叩いた。

 レオン様の遊び人ぶりは有名だ。その尻拭いを何度させられたことか。お金の勘定だけでなく、様々な後始末も。


「しかしながら、エルフ族の初物ならば、このくらいが相場かと思うのですが?」


 フェリシアがさらりと言った。


「ぶふっっ!?」


 今度こそ、葡萄酒を噴き出しかけた。

 「エルフ族」「初物」その言葉が頭の中でぐるぐると回る。

 目の前にいるのは、「銀髪」の「エルフ」で「メイド服」そして「初物」。

 いやいやいやいや。考えるな。想像するな。


「…………想像しましたね?」


 フェリシアがわずかに口元を緩めた。

 いや、笑っていない。笑っていないはずだ。でも、確実に楽しんでいる。


「…………」


 僕は何も言えなかった。

 ただ、変な汗が背中を流れていくのがわかる。

 葡萄酒のグラスに手を伸ばしたが、手が震えてうまく(つか)めない。

 今夜の食事は、長くなりそうだ。

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