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インタールード 草原軍3

「やぁ、調子はどうだい?」


 天幕の入り口から、師団長が顔を覗かせた。

 その瞬間、ルネシアの身体がびくりと強張る。小さな手が僕の袖を掴み、さっと背後に隠れた。

 師団長は鎧を脱いでいるが、それでもまだ怖いのだろう。僕を頼ってくれたことに、ちょっとした嬉しさを覚えた。


「いきなり入ってこないでくれますか? この子が怖がるでしょう?」


 僕がそう言うと、師団長は肩をすくめた。


「ふふっ、ずいぶんと(なつ)かれたようだね……『この子が怖がるでしょう?』だって」


 その口調には、からかいの色が混じっている。なにが言いたいのかは、わかっているつもりだ。


「なにか言いたいことがあるなら言ったらどうですか」

「まぁまぁ。ところで、その子の名前は?」

「ルネシアちゃんですよ」


 師団長はうなずき、ルネシアの方に向き直った。膝を折り、目線を少女の高さに合わせる。


「ふむ。ボクのことは団長さんでも、お兄さんでも好きに呼んで欲しい。よろしくね、小さなお嬢さん」


 丁寧に頭を下げる師団長。その仕草は、戦場にいる軍人というより、社交界の貴公子のそれだった。

 ルネシアは僕の背中に隠れたまま、おそるおそる顔だけを出した。


「……ル、ルネシア……です」


 声は小さく、まだ震えている。それでも、師団長に名前を名乗ることができた。

 師団長は満足げに目を細める。


「少し、カモミル副長と話したいことがあるんだ。ああ、このお菓子をあげるから、ひとりで待っててくれるかな?」


 師団長が差し出したのは、干した果物とナッツ類を甘い粉で固めた菓子だった。兵士たちの間で人気の携行食だ。

 ルネシアは菓子と僕の顔を交互に見比べた。


「ありがとう……私、ひとりでおるすばん、できるよ?」


 健気な言葉に、思わず手が伸びた。銀色の髪を、そっと撫でる。


「偉いな」

「えへへ……」


 ルネシアのほほがわずかに緩む。師団長は、それを見てにやりと笑う。


「それじゃあ、まぁ、ちょっと歩こうか?」


 天幕を出ると、野営地の騒がしさが耳に入ってきた。兵士たちが行き交い、荷駄を引く馬の鳴き声が遠くで聞こえる。

 師団長と並んで歩きながら、今のところ行軍が順調であることに安心した。


「しかし、キミは子供ができたら親馬鹿になりそうだな」

「僕をからかうためにわざわざ来たんですか?」

「いやいや、あの子と村のことを聞きに来たんだ。なにかわかったか?」


 師団長の表情が、急に真剣なものに変わる。


「言うまでもないことですが、襲撃跡から鉱山軍であることが確定しました」


 焼け跡から回収した矢や踏み荒らされた靴跡、攻めるときに使われたであろう魔術の残滓。証拠は出揃っていた。


「それと、あの子についての推測ですが。あの子のいた屋敷は村で一番大きな屋敷でした。この集落の長か、それに準じる立場にあった者の娘だと思われます」

「ふ~む……」

「この国の住民であるエルフ族は、血縁を非常に大事にします。それなりの大きな集落に行けば、あの子の縁者を見つけることも可能でしょう」


 師団長は腕を組み、考え込むような仕草をした。


「それじゃあ、しばらくの間は、このままキミが預かってくれ。いいか?」

「ええ、それは構いませんが……何か心配事が?」


 師団長の目が、いたずらっぽく光った。嫌な予感がする。


「いや……最近、キミの周りで面白い(うわさ)が流れていてね?」

「???」

「なんでも、幼い少女を自分好みの女性に育て上げて、ゆくゆくはお嫁さんにするらしいね?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。理解した瞬間、声が裏返る。


「あなたと一緒にしないでください!! それと、変な噂を流すなっ!!」


 僕の抗議を、師団長は軽く受け流した。


「おいおい、ボクは、もうちょっと育つところが育っている方が好みだよ。自分色に染めたいってところは否定しないけどさ」


 その言葉に、頭を抱えたくなった。

 この人は、戦場では優秀な指揮官なのに、私生活、とくに女性関係はヒドイのだ。婚約者だっているのに。


 野営地の向こうで、夕日が森の木々を赤く染めていた。この幕間の日々が、いつまで続くのかはわからない。

 ただひとつ確かなこと。僕には、あの少女を無事に保護してくれる者のもとへ届ける責任が生じたということだ。

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