表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/88

インタールード 草原軍2

 天幕の中で、少女はゆっくりとまぶたを持ち上げた。

 ぼんやりとした瞳が、見慣れない天井を映している。薄い布地越しに、外の光がぼんやりと差し込んでいた。


「ん、起きたみたいだね……どう? どこか痛かったりしない?」


 僕が声をかけると、少女の身体がびくりと跳ねた。銀色の髪が揺れ、長い耳がぴんと立つ。少女の種族はエルフだった。

 どこか恐れを含んだ目が、僕を見返してくる。


「おっと、驚かしちゃったか。もう大丈夫、安心して……と言っても、すぐには安心できないかな」


 少女は答えない。小さな手で毛布を握りしめたまま、じっと僕の動きを観察していた。

 まだ警戒の色が濃い。当然だろう。見知らぬ場所で、見知らぬ人間に声をかけられているのだ。


「まず、お互いに自己紹介をしよう。僕のことはカモミルさんと呼んで欲しい。君は?」


 できるだけ穏やかに話しかけた。少女は長い沈黙の後、ようやく唇を開く。


「……ルネ……シア」


 声は(かす)れていた。何日も声を出さなかったせいだろう。

 ルネシア。エルフ語で『幼いミミ』を意味する名前だ。


「ルネシアちゃんか。可愛い名前じゃないか」


 少女——ルネシアは、僕の言葉に反応しなかった。代わりに、不安そうな声で()いてきた。


「……お父さまとお母さまは?」


 その問いに、言葉が詰まった。

 集落で見つけたのは、彼女だけだった。他に生存者はいない。彼女の両親がどうなったのか、想像することは難しくなかった。

 嘘をつくことはできない。かといって、残酷な事実をそのまま伝えることもためらわれた。


「ごめん、僕にはわからない」


 それが、今の僕に言える精一杯の言葉だった。


「どうして……?」

「僕たちが集落に着いたときには、ルネシアちゃん以外は、誰もいなかったんだ」

「…………そっか」


 ルネシアの声には、感情が乗っていなかった。まるで、知っている答えを確認しただけのような、淡々とした響き。

 この子は、わかっているのだ。両親がいなくなったことを。ただ、認めたくなかったのだろう。


「ルネシアちゃんさえ良ければ、僕たちと一緒に『棘の大集落』まで行かないか? そこまで行けば、ルネシアちゃんの知り合いの人も見つかるかもしれないし」

「一緒に……?」

「ああ。もしかすると、君のお父さんとお母さんは、その集落まで逃げているかもしれない」


 言葉を口にしながら、無責任な希望だとわかっていた。可能性は低い。


「……ほんと?」


 ルネシアの若葉のような色をした目が、真っ直ぐに見つめてきた。

 その瞳には、わずかな期待と、それを上回る諦めが混ざっている。子供らしからぬ、冷静な目だった。

 僕は、それに嘘をつけなかった。


「……ごめん。僕の希望を言っただけだ。たぶん、君のお父さんとお母さんは、君を助けるために死んじゃっていると思う」


 ルネシアは黙って僕の言葉を聞いていた。そして、ゆっくりとうなずいた。


「…………うん、わかった」


 淡々とした調子だった。


「ごめん」

「いいの。カモミルさんは私を助けてくれたんだよね? 私、カモミルさんと一緒に行くよ。イヤって言ったら、カモミルさんが困っちゃうもんね」


 なんて聡い子なのだろう。

 両親を亡くしたばかりで、自分がどれほど辛いはずなのに。それでも、目の前の相手のことを考える余裕がある。

 けど、その強さを褒めるべきなのか悩み、胸が痛む。


 くぅ〜……


 そのとき、静かな天幕の中に、小さな音が響いた。

 ルネシアの顔が、みるみるうちに赤くなる。耳がクタッと伏せられた。


「……あっ」


 僕は思わず笑みをこぼした。


「ははっ、お腹が空いてるみたいだね。ちょっと待ってて、なにかもらってくるから」


 立ち上がりながら、ちょっとだけ安心した。

 空腹を感じられるということは、この子がまだ死んでいない証拠だ。生きようとする力が、まだ残っている。

 天幕を出る直前、ルネシアの小さな声が背中に届いた。


「……ありがとう」


 振り返ると、少女はまだ毛布を握りしめたまま、そのままこちらに顔を向けていた。その目には、さっきまでの警戒心は消えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ