インタールード 草原軍2
天幕の中で、少女はゆっくりとまぶたを持ち上げた。
ぼんやりとした瞳が、見慣れない天井を映している。薄い布地越しに、外の光がぼんやりと差し込んでいた。
「ん、起きたみたいだね……どう? どこか痛かったりしない?」
僕が声をかけると、少女の身体がびくりと跳ねた。銀色の髪が揺れ、長い耳がぴんと立つ。少女の種族はエルフだった。
どこか恐れを含んだ目が、僕を見返してくる。
「おっと、驚かしちゃったか。もう大丈夫、安心して……と言っても、すぐには安心できないかな」
少女は答えない。小さな手で毛布を握りしめたまま、じっと僕の動きを観察していた。
まだ警戒の色が濃い。当然だろう。見知らぬ場所で、見知らぬ人間に声をかけられているのだ。
「まず、お互いに自己紹介をしよう。僕のことはカモミルさんと呼んで欲しい。君は?」
できるだけ穏やかに話しかけた。少女は長い沈黙の後、ようやく唇を開く。
「……ルネ……シア」
声は掠れていた。何日も声を出さなかったせいだろう。
ルネシア。エルフ語で『幼いミミ』を意味する名前だ。
「ルネシアちゃんか。可愛い名前じゃないか」
少女——ルネシアは、僕の言葉に反応しなかった。代わりに、不安そうな声で訊いてきた。
「……お父さまとお母さまは?」
その問いに、言葉が詰まった。
集落で見つけたのは、彼女だけだった。他に生存者はいない。彼女の両親がどうなったのか、想像することは難しくなかった。
嘘をつくことはできない。かといって、残酷な事実をそのまま伝えることもためらわれた。
「ごめん、僕にはわからない」
それが、今の僕に言える精一杯の言葉だった。
「どうして……?」
「僕たちが集落に着いたときには、ルネシアちゃん以外は、誰もいなかったんだ」
「…………そっか」
ルネシアの声には、感情が乗っていなかった。まるで、知っている答えを確認しただけのような、淡々とした響き。
この子は、わかっているのだ。両親がいなくなったことを。ただ、認めたくなかったのだろう。
「ルネシアちゃんさえ良ければ、僕たちと一緒に『棘の大集落』まで行かないか? そこまで行けば、ルネシアちゃんの知り合いの人も見つかるかもしれないし」
「一緒に……?」
「ああ。もしかすると、君のお父さんとお母さんは、その集落まで逃げているかもしれない」
言葉を口にしながら、無責任な希望だとわかっていた。可能性は低い。
「……ほんと?」
ルネシアの若葉のような色をした目が、真っ直ぐに見つめてきた。
その瞳には、わずかな期待と、それを上回る諦めが混ざっている。子供らしからぬ、冷静な目だった。
僕は、それに嘘をつけなかった。
「……ごめん。僕の希望を言っただけだ。たぶん、君のお父さんとお母さんは、君を助けるために死んじゃっていると思う」
ルネシアは黙って僕の言葉を聞いていた。そして、ゆっくりとうなずいた。
「…………うん、わかった」
淡々とした調子だった。
「ごめん」
「いいの。カモミルさんは私を助けてくれたんだよね? 私、カモミルさんと一緒に行くよ。イヤって言ったら、カモミルさんが困っちゃうもんね」
なんて聡い子なのだろう。
両親を亡くしたばかりで、自分がどれほど辛いはずなのに。それでも、目の前の相手のことを考える余裕がある。
けど、その強さを褒めるべきなのか悩み、胸が痛む。
くぅ〜……
そのとき、静かな天幕の中に、小さな音が響いた。
ルネシアの顔が、みるみるうちに赤くなる。耳がクタッと伏せられた。
「……あっ」
僕は思わず笑みをこぼした。
「ははっ、お腹が空いてるみたいだね。ちょっと待ってて、なにかもらってくるから」
立ち上がりながら、ちょっとだけ安心した。
空腹を感じられるということは、この子がまだ死んでいない証拠だ。生きようとする力が、まだ残っている。
天幕を出る直前、ルネシアの小さな声が背中に届いた。
「……ありがとう」
振り返ると、少女はまだ毛布を握りしめたまま、そのままこちらに顔を向けていた。その目には、さっきまでの警戒心は消えていた。




