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インタールード 草原軍1

 焼け焦げた木々の匂いが、まだ空気の中に漂っていた。

 鼻の奥を刺すような、炭と灰の臭い。森林国特有の瑞々しい緑の香りが失われていた。

 襲撃から数時間が経過したここには、生きている者の気配がない。かつて住居だったものは黒い残骸になり、畑は踏み荒らされ、家畜の姿もなかった。

 足元では、焼け残った木片が風で乾いた音を立てて砕ける。

 師団長が低い声で僕へ指示を出す。


「まだ襲撃を受けたばかりか……副長、生存者の確認を」


 僕はうなずき、静かに詠唱(えいしょう)を始めた。


「アクティブ リヴィン ディスカバリー ラン……《生命発見(サーチライフ)》」


 魔術が展開され、周囲の生体反応を探る。意識を広げると、死んだ森の静けさが痛いほど伝わってきた。

 師団長は廃墟と化した家屋を見回しながら、独り言のようにつぶやいた。


「とは言っても、時間は経っている。生きていたら、村からは逃げ出しているか……」


 その言葉を聞きながら、僕は魔術の感覚に意識を集中させる。何もない。何も——いや、待て。

 かすかだが、確かな反応が返ってきた。かすかだが生きた者の気配。


「ん? すみません、微弱な反応が……」

「家畜とかじゃないのか?」

「その可能性もなくはないのですが、方角的にどこかの家の地下に……こっちです」


 僕は師団長を先導し、集落の中でもひときわ大きな屋敷へと向かう。

 門は破られ、庭に植えられていた花は踏み潰されている。扉は斧で叩き割られたように砕け散り、室内は荒らされていた。家具は倒され、壁には刃物で切りつけた跡がある。


 居室に入ると、床一面に敷かれた絨毯が目に入る。エルフ族特有の繊細な織り模様が施され、しかしながら長く使われボロくなっている。だからこそ、略奪の対象にならなかったのだろう。

 だが、魔術が示す反応は確かにこの真下だった。


「この部屋の真下ですね。この絨毯をはがします。手伝ってください」

「って、ボクもかい?」

「手伝わずに、何のために付いて来たんですか? いいから、そっちを持って」

「はいはい……よっと」


 師団長と二人で重い絨毯を持ち上げると、床に隠し扉が現れる。木目に紛れるように作られた巧妙な細工——よほど注意深く探さなければ、気づくことはないだろう。

 取っ手を引くと、地下へと続く暗い階段があった。冷たく湿った空気が、下から登ってくる。

 薄暗い空間に足を踏み入れた瞬間、僕の目が小さな人影を見つけた。


「あっ!?」

「どうした?」

「子供が倒れています。さっきの生体反応は、たぶんあの子ですね。連れてきます」


 地下室の隅で、幼いエルフの少女がぐったりと横たわっていた。伸びた髪が冷たい石の床に広がり、長い耳は力なく垂れている。

 頬はこけ、唇は乾いてひび割れていた。脱水状態なのかもしれない。

 着ている服は汚れているが、元は上質なものだったことがわかる。この屋敷の娘なのだろうか。

 僕は少女を抱き上げた。軽い。恐ろしいほど軽い。師団長の表情が険しくなる。


「衰弱がひどいな」

「さっきの部屋に隠されたまま、飲まず食わずで隠れていたのでしょう」


 両親が、最後にこの子を守るためにした選択——それを想像すると、言葉が出なくなった。


「早く、救護兵のところへ連れて行こう」

「いや、魔術で……ルート リヴィン フェロー……《生命分与(アロットライフ)》」


 淡い光が僕の手から少女の身体へと流れ込む。自分の生命力を分け与える魔術——魔力以外に体力も消耗してしまうが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

 温かな光が少女を包む。その小さな胸が上下し、呼吸が安定して始める。

 しばらくして、少女のまぶたがわずかに動いた。


「んっ……?」

「良かった、気が付いたか」


 そう僕が安心を口にした直後だった。少女の目が僕の後ろに立っている師団長と護衛の兵士たちを捉えた瞬間、悲鳴を上げた。


「やーーー!!??」


 少女は僕の胸に顔を埋め、小さな身体を震わせながらしがみついてきた。その細い腕に、必死さが伝わってくる。

 師団長の方を見て、少女の恐れの理由に気づく。


「おい、どうした?」

「師団長様と護衛の皆さん、すみませんが、部屋から出て行ってくれませんか? この子はたぶん、鎧を着た兵に恐怖心を抱いているようです」


 この集落を襲ったのも、同じように鎧をつけた兵士たちだったのだろう。少女にとって、鎧姿の人間は恐怖の象徴となっている可能性が高い。

 僕は腕の中で震える少女の背中を、そっとなでた。


「……安心して。君を傷つける人はいないから」

「そうか。落ち着いたら合流してくれ」

「了解です」


 師団長は了解の意を示し、護衛を連れて部屋を出ていく。金属の鎧が擦れる音が遠ざかると、少女の震えが少しだけ収まった。


 部屋には僕と少女だけが残された。腕の中の小さな身体は、まだ強張ったままだった。

 その緊張が早く治まるように、僕は優しく抱きしめ、背中をあやすようにトントンと叩いた。

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