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第70話 ガルムが、好かれていた。

「ガルム様、お食事を持ってまいりました~♪」


 扉が勢いよく開き、黒いメイド服に身を包んだ娘が飛び込んできた。

 両手にはトレイ。温かなスープと、焼きたてのパンが載っている。


「あ、ありがとうございます。ノクスベラさん」

「そんな、"ノクスベラさん"だなんて、他人行儀なっ! わたしのことは"ノクスベラ"と呼び捨てにしてください!」

「いや、その……」


 オレの言葉を遮るように、ノクスベラは胸に手を当てて宣言した。

 頬が紅潮している。目が輝いている。そして、その熱量がすべてオレに向けられている。


「ガルム様は、わたしの運命の人なのです。峠で行き倒れていたわたしに、そっと差し出してくれたサンドイッチの味、一生忘れません!!」

「だから……そんな大したことじゃないし……」


 ただ、倒れている人間を放っておけなかっただけで。

 サンドイッチも、たまたま持っていたものを渡しただけだ。

 そこに運命とか言われても困る。


「それとも、アレですか! わたしは、呼び捨てにする価値がない女だと、そう仰るのですかっ!?」


 急に声のトーンが変わった。

 不安と焦りが入り混じった表情。かと思えば、すぐに顔を上げて続ける。


「確かにちょっとばかり方向音痴かもしれませんが、こう見えても職務には忠実、思い込んだら一直線、わき目も振らずにあなた様の忠実な下僕でありたいと、はちきれんばかりの思いで胸がいっぱいです!!」


 なんか今サラリととんでもないことを言ったな!?

 下僕って。

 オレはそんなものを求めた覚えはない。


「呼び捨てがダメならば、"ノクたん"と呼んでもらってもいいのですが!! むしろ推奨!?」


 ノクスベラの目がキラキラと輝いている。

 そして、なにやら遠くを見つめ始めた。妄想の世界に旅立ったらしい。


「……『そんな師匠様が見ていますっ』『いいじゃないか、ノクたん、オレとキミの仲じゃないか』『ああ、ガルム様っ♪』……コレが正解でいいですかっ!?」


 ノクスベラは両手を組んで、うっとりとした表情を浮かべている。

 現実に戻ってきてくれ。なんか、ちょっと同僚(リラ)の姿を連想したが、同僚のほうがマシに思える。


「…………ごめん」


 思わず謝っていた。

 どう反応していいかわからない。


「謝られたーー!! わたしが精一杯振り絞った勇気を返してっ!!」


 ノクスベラは両手を振り上げて叫んだ。

 トレイは、いつの間にかテーブルの上に置かれていた。パンの焼けた香ばしさが、鼻をくすぐる。こんな状況でなければ、食欲をそそられるところだが。


「いや、自分でもわかっているんですよ。ちょっとばっかり夢を見ちゃったかなって、でも、少しくらいロマンを追いかけたくなるのが人間じゃないですか!!」

「ロマンを求めるのが人間、って言葉には少しだけ共感できるけどな」


 オレの言葉に、ノクスベラの動きが止まった。

 瞳が大きく揺れた。


「ですよね!? ああ、ガルム様とわたしの気持ちが、今ひとつに!!」


 違う。そういう意味ではない。

 しかし、オレの内心など知る由もなく、ノクスベラは再び熱を帯び始めた。


「さぁ、男のロマンである、漆黒のメイドさんルックの権化たるわたしに飛び掛かってきてください、ガルム様っ! いつでも、どこまででも、わたしはガルム様の高熱にたぎる思いを受け止めてみせますっ!」

「もう、何をどう突っ込んでいいんだよ!!」


 オレは頭を抱えた。

 会話が成立しているようで、まったくかみ合っていない。


「もちろん、わたしに! ガルム様のパッションを! 真正面から!」

「違うーー!!」


 叫んだ瞬間、ノクスベラの表情が一変した。

 きょとんとした顔。小鳥のように頭を傾げている。その切り替えの速さに、こちらの方が置いていかれそうになる。というかついていけない。


「すみません、何か粗相をしてしまったのでしょうか? それとも、これからそういうプレイをする前置き? ガルム様ったら、案外マニアックな……」


 また妄想が始まりかけている。

 これ以上は危険だ。


「落ち着け! オレも落ち着くから、まず、オマエが落ち着けっ!!」

「はい、落ち着きます!!」


 ノクスベラは背筋を伸ばして直立した。

 軍人のような姿勢だ。こういうところは、妙にきちんとしている。


「ほら、深呼吸~」


 オレは大きく息を吸い、吐いた。

 ノクスベラもそれに倣う。


「しんこきゅ~」


 小さな声で復唱しながら、胸を膨らませている。

 ようやく、少しだけ場が落ち着いた。


「いつもながら楽しい娘だねぇ。あ、食事は先に頂いているよ」


 部屋の隅で、椅子に腰掛けたお祖母様がモグモグと口を動かしている、

 それを飲み込むと、今度は、スープをすすっている。完全に喜劇の観客のようだった。


「お祖母様……他人事(ひとごと)だと思って……」

「残念ながら、他人事っちゃ他人事だろ?」


 お祖母様は両手を広げ、オレの恨みがましい視線を軽く受け流した。


「仰るとおりですけどっ!!」


 両手で顔を覆った。指の隙間から、お祖母様の楽しげな笑みが見える。

 オレ、本当にこの人と血が繋がってるのかな。今度実家に帰ったら父に聞いてみよう……。


 けど、なんでこんな事になっているんだろう、誰か教えてください。

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