第68話 ベラシアさんが、訓練していた。
午後の庭。
僕は書斎の窓から、裏庭の様子を眺めていた。
ベラシアが的を前にして構えている。その手には、細長い鉄の棒が握られていた。
しゅぱっ。
乾いた音と共に、棒が的に突き刺さる。
狙いは正確で、的の中心からほとんどずれていない。彼女が只者ではないことは、昨晩の一件で充分にわかっていたけれど。
「ベラシアさーん……何やってるの?」
庭の隅から、ミーナが顔を出した。
猫耳がぴょこんと立っている。好奇心が刺激されたようだ。
「ん? 猫ちゃんか」
ベラシアは新しい鉄の棒を取り出すと、軽く振りかぶった。
しゅぱっ。
また的に突き刺さる。
ミーナが目を丸くした。
「わ、すごい! 鉄の棒が板に刺さった! 黒ミミさん、大道芸人みたい!」
「だ、大道芸……一応、"手裏剣術"っていう武芸の一種なんだけどな」
ベラシアが苦笑いを浮かべる。
戦いのための技を大道芸と評されるのは、さすがに不本意らしい。
「しゅりゅけんじゅちゅ?」
「手裏剣術だ」
「しゅりけんじゅちゅ、しゅりけんじゅちゅ……言いにくいよー!」
ミーナが舌を出して悪戦苦闘している。
「しゅ、り、けん、じゅ、つ」
ベラシアが区切って発音した。
「しゅ、り、けん、じゅ、つ……言えたっ♪」
ミーナの猫耳がぴょこぴょこ揺れる。
達成感に満ちた笑顔だ。
「おー、偉い偉い」
「ねね、あたしもそれ投げてみていい?」
ミーナが身を乗り出す。
ベラシアは、ちょっと悩んでいたようだったが、うなずいた。
「まぁいいけど、難しいぞ?」
「やってみたい!」
「じゃあ、ほらこれ、こう持って……」
ベラシアがミーナの手に鉄の棒を握らせる。
「振りかぶって放つ!」
しゅぱっ。
お手本を示すように、ベラシアがもう一本投げた。
的の中心に吸い込まれていく。
「ふむふむ」
ミーナが真剣な顔でうなずいている。
「まず、試しに投げてみろ。最初は前に向かって水平に飛ばせるように」
「こうやって、えい!!」
ぶんっ。
力任せに腕を振るミーナ。
鉄の棒は、しかし、前方ではなく上空に向かって飛んでいった。見事なすっぽ抜けだ。
「あっ…………」
ベラシアも呆然と空を見上げる。
鉄の棒は放物線を描いて、僕の上から降ってきた。
「うわぁっ! あっぶな!!」
窓から身を乗り出して様子を見ていたところに、まさかの直撃コースだった。怖い。危険が危なかった。
「力の入れすぎだ、見事にすっぽ抜けて飛んでいったな」
ベラシアが冷静に分析する。
いや、分析してる場合じゃないでしょ、こっちに尖った棒が当たりかけたんだぞ。
こっちをちらっと見て、無視しただろ、今。
「あわわっ、い、今の声、ご主人さまだよね?」
ミーナの猫耳がぺたんと伏せられた。
「問題ない。油断していたアイツが悪いんだ」
「も、問題ないのかな? 謝ってこないと」
「それより、ほら、これをやるから、暇な時にでも練習しな」
ベラシアが新しい練習用の鉄棒を数本ミーナに差し出す。
「わーい、ありがと!! じゃあ、ちょっと謝ってくるね!」
ミーナがこっちにむかって駆けてくる。
尻尾が揺れている。罪悪感と嬉しさが入り混じっているのだろう。
「…………やれやれ、この国は、まだ平和なんだな」
ベラシアのつぶやきが、午後の風に溶けていった。
その声には、どこか羨ましそうな響きがあった。
僕は額を押さえながら、窓辺で肩の力を抜いた。平和なのはいいことだけど、そう思うなら、ベラシアさんも優しさに気を配ってほしいと思うのは、贅沢な話だろうか。




