表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/10

第7話 フェリシアさんは、知っていた。

「はぁ、疲れた……ただいまぁ」


 玄関の扉を閉めながら、僕は疲れた声を出した。

 今日は朝から晩まで、厄介な案件に振り回されていた。身体よりも精神的な疲労が大きい。


「お帰りなさいませ、ご主人様。今日は、随分とお疲れですね」


 フェリシアが玄関で出迎えてくれる。いつものように、無表情だが丁寧な所作で僕の外套を受け取った。


「ああ、仕事の方でちょっと問題があってね……」


 詳しくは言えない。言ったところで、彼女に迷惑をかけるだけだ。

 そう思っていた僕の予想は、次の瞬間、見事に裏切られた。


「まったく、王子様の女癖の悪さにも困ったものですね」

「ッ!? なんでそれをっ!?」


 僕は思わず声を上げた。

 今日の案件は、レオン様の女性関係に端を発するものだった。それを、なぜフェリシアが知っている。


「『メイドさんネットワーク』通称MSNの最新情報ですから」


 フェリシアは何でもないことのように答える。その無表情がかえって不気味だ。


「何それ、なんか怖っ!?」

「古参の『近所のおばちゃん井戸端会議』通称KOIと国を二分する諜報組織です」


 諜報組織。物騒な単語が飛び出してきた。

 いや、メイドさんのネットワークと井戸端会議が国を二分する諜報組織って、どういう国だ、ここは。


「いや、もう…………」


 言葉を失う。何から突っ込めばいいのかわからない。


「MSNの最新情報によれば、王子様の正式な愛人は五名。しかし、今回は王子様の愛人を自称する女性による騒動……裏では、王弟派の残存勢力が関与して"いた"……という噂ですね」


 フェリシアは淡々と続ける。

 その情報は、恐ろしいほど正確だった。いや、正確すぎる。これは本当にメイドさんのネットワークから得た情報なのか。


「…………」


 僕は黙り込む。特に気になったのは、「関与していた」という過去形の部分だ。

 今日の仕事で、その勢力はだいぶ……まあ、そういうことだ。


「おや? どうかされましたか?」


 フェリシアが小首をかしげる。


「なんで過去形なの?」とは訊けなかった。

 訊いたら、何かを認めることになる気がした。


「無理はよろしくないですよ、ご主人様」


 フェリシアの声が、わずかに柔らかくなった気がする。それは労りのようでもあり、警告のようでもあった。


「な、なんでもないよ?」

「しょうがありません。その悩みをスッキリ解消させましょう」


 フェリシアはそう言って、リビングルームへ向かう。僕を促すように、ちらりとこちらを見た。


「いや、別に……」

「そもそもMSNとKOIの抗争の歴史はあまり古くなく、ここ十年の……」

「そっち!?」


 僕は思わず叫んだ。てっきり、仕事の悩みを聞いてくれるのかと思ったのに。


「ご主人様、人が説明している間は静かにすると教わらなかったのですか?」

「知ってるけど。いや、別に謎の組織の抗争とか言われてもね」


 メイドさんネットワークと井戸端会議の抗争の歴史なんて、知りたくもない。というか、そんなものに歴史がある事実が怖い。都市伝説的な怪談かな?


「……これは、失礼しました。勘違いしていたようです」

「勘違いというか、見当違いだったというか」

「王子様の愛人のプロフィールが知りたかったのですね?」


 フェリシアは、あっさりと話題を変えてきた。


「…………あ、それはちょっと知りたい」


 思わず食いついてしまった。

 いや、仕事に関係する情報だから。決して興味本位ではない。断じて違うよ。


「では、夕食が終わりましたら詳しく……早くしないとシチューが冷めてしまいます、ご主人様」


 フェリシアはそう言って、厨房へと向かっていった。

 シチューの良い匂いが、廊下に漂ってくる。空腹を思い出し、胃が小さく鳴った。


 とりあえず、王都の中では滅多なことはできない、ということはわかった。


 僕は教訓を心に刻みながら、食堂へと向かう。

 この国の壁には耳がある。いや、壁には長い耳がある。

 油断は禁物だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ