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第62話 バルドは、自身を振り返っていた。

「ワタシは……これでも、幼い頃は神童と言われててな。親の欲目やそんな親に取り入ろうとしていた大人の世辞もあったんだろう」

「子供が可愛い親はそういうもんじゃ」


 バルドはポツポツと自分のことを語り始めた。

 穏やかなうなずきが返ってくる。

 背を窓辺に寄りかけて、その声には、どこか郷愁にも似た感情があった。


「実際の所、ワタシの才能は常人よりちょっとマシな程度だったろうな。ただ、生まれた家が貴族だったんで、高い教育と訓練、質の良い武具にだって恵まれた」

「それは、何も悪いことじゃあるまい」

「ああ、ワタシの運が良かっただけだ」


 庭で遊ぶ子供達の無邪気な声が、独白の合間を埋めていく。

 かつての自分も、ああ無邪気に笑っていた頃があったのだろうか。もう思い出せない。


「それでも七年前の『焦森戦争』には、中隊長のひとりとして参戦し、高い戦功だって収めた。もっとも、最後の火計によってもたらされた戦果に比べれば、些細なものだがな」

「順風満帆の人生のようじゃが」


 バルドは苦笑した。

 その笑みには、良くない気持ちが混じっている。

 順風満帆。確かに、外から見ればそう見えたのかもしれない。


「戦争から帰ってしばらくし、両親が事故で亡くなってな……急遽家を継ぐことになった。父が金のためにやっていた悪事、それによって繋がっていた人脈などを含めてな」

「悪事?」


 その声に、非難の色はない。

 ただ静かに、バルドの話に相槌を打っているだけ。

 モルスの目は、裁く者のそれではなかった。長い人生で多くを見てきた者の、大きな湖のような寛容さ。


「税を誤魔化したり、領内の一定の有力者を優遇することに対する見返りなど。ワタシの血肉は他人の犠牲の上に成り立っていた」

「それを悔いておるのか?」

「後悔……とは違うな」


 言葉が喉の奥で詰まった。

 後悔という言葉は、しっくりこない。

 その行動について悔いる資格など、自分にはないと思った。


「それが当たり前だと思ってた。……が、欲で繋がった関係は、欲の前には簡単にほどけてしまう。ワタシを追っているのは、そういう悪事の共犯だ」

「……つまり、裏切られたと?」

「端的に言えば、そうだな」


 バルドの目が一瞬、憎しみに近い光を放つ。

 だが、すぐにその光は消え、疲れた色が戻ってきた。

 憎しみは焚き火のようだ。燃やし続けるには積極的に(おもい)をくべなくてはいけない。今の自分はあまりにも空っぽだった。


「口封じとばかりに命を狙われ……逃げ出したはいいが、ワタシは死んでおくべきだったんじゃないだろうか、とも考えてしまうわけだ」


 その言葉は、まるで他人事のようだった。

 西日が差し込み、その横顔に影を落とす。庭の子どもたちも遊びの後片付けを始めている。


「そもそも、命欲しさに逃げ延びたはいいが、なにかをしたかったわけでもない。ワタシは終わりを迎えてもいい、と思ってた。しかし、どうやらワタシはまだ死にたくなかったようだ」


 バルドは窓から視線を外し、モルスを見た。その目は、変わらず静かだった。


「ミーナちゃんに言われたよ、ワタシは生きたがっていると」


 モルスが杖を握り直す。

 長い沈黙の後、口が開かれた。


「獣と人の違いはな、獣は子を()すために生きるが、人はそれだけじゃ生きられぬ。人はの、なにか()そうとせずには生きられぬのじゃ」

「何かを成す……」


 噛みしめるようにモルスの言葉を繰り返した。

 なにかを成す。それは自分にも許されることなのだろうか。

 汚れた手で、なにかを築くことなど。


「ああ、そして、なにかを成そうとする人は、しぶとく生き汚くなる」

「……ワタシはなにかを成せるのだろうか?」

「さぁの」


 モルスはそれ以上なにも言わなかった。

 未来のことなど、誰にもわからない。そういうことだろうか。


「ただお主は、すでにこの孤児院にとって必要な者になっておるということじゃな」


 バルドは目を見開いた。

 窓の外から、子供達がバルドを呼ぶ声が聞こえてくる。薪割りを見せてほしいようだ。

 必要とされている。それは、随分と久しぶりに聞く言葉だった。

 利用されることはあっても、必要とされることなど、いつ以来だろうか。


「…………感謝する。老院長殿」


 その声は、かすかに震えていた。

 モルスにお辞儀をし、ゆっくりと庭へ向かった。

 その背中を、静かに見送る老人の口元に、かすかな笑みが浮かんでいた。

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