表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/88

第61話 バルドは、迷っていた。

「院長殿、薪割りは終わった」

「おお、ご苦労様」

「他に何か仕事はないか?」


 困ったように、モルスが首を振る。

 皺の刻まれた手が、杖の握りを撫でていた。


「いやいや、お客に雑用ばかりさせるのもなんじゃしの」

「ワタシは客人ではない。命を救ってもらい、その上、何も聞かずに置いてもらっている。正直な所、ただ何もしないでいると居心地が悪い。やれることがあれば、やらせて欲しい」


 赤茶色の髭を蓄えたバルドは、淡々と言葉を紡いだ。

 どこか声には疲労の色が見えて、くたびれた様子は変わらない。

 数日前にここへ運び込まれたときと比べれば、身体は癒えてきている。だが、その目にはいまだ生気がなかった。


「……しかしの」

「何か問題が?」

「いや、儂らには問題はないが、子供達の遊びにも付き合ってくれとるし……生まれてこの方、子守りなぞ、したことなかったじゃろ?」

「確かに子守りの経験はないが……」


 杖を持ち替え、モルスが真っ直ぐにバルドを見つめる。

 長年の経験から培われた洞察が、その目には宿っていた。


「それにな。お主は、あまり目立たない方が良いんじゃないかの?」

「!?」


 肩が僅かに強張る。

 窓から差し込む陽光が、その顔に影を落とした。


「儂もまだまだもうろくしとらんでな。こう言っては悪いが、儂はお主が子供好きの善人だとは思っとらん。自身のためには、簡単に他人を利用する……そんな性分じゃろ?」


 ふたりの間に沈黙が落ちる。

 窓の外からは子供達の軽やかな笑い声が聞こえてくるが、室内の空気は重い。

 バルドは何も言い返さなかった。否定できる材料を、持ち合わせていない。


「…………」

「そう怖い顔するな。老人の戯言じゃ。ただ、伊達に年を食ってないでな……お主は、まるで若い頃の自分を見ているようじゃ。何の因果か、この年になって孤児院のジジイなぞやっとるが」

「……ワタシと院長殿が似ている、というのか?」

「若い頃の、と言うたじゃろ。今の儂は子供達から好かれる素敵院長様じゃ」


 シワの刻まれた顔に、好々爺の笑みが浮かぶ。

 その笑みには、長い年月を経てきた者だけが持つ重みがあった。


「ワタシは……」

「無理に話さんでもええぞ。逆に話したいならいくらでも聞いてやるがの」

「そこまで……ワタシの危うさをわかっていて、ここに置いてくれる?」


 眉が寄る。

 悪性を見抜かれながら、なぜ追い出されないのか。その理由がわからなかった。

 普通であれば、厄介事を持ち込む人間は遠ざけるものだ。ましてや、子供達を預かる孤児院であれば尚更。


「ミーナちゃんが頼んできたからじゃ」

「ミーナちゃんが?」


 あの少女の顔が脳裏に浮かぶ。

 瀕死の自分を見つけ、助けを呼んでくれた獣人の少女。


「あの子は面白いの。儂が出会った孤児の多くは、もっと独特な目付きをしておった。なにもかも諦めたような死んだ目か、憎悪から生まれたような暗くギラついた目……だけど、ミーナちゃんはすべてを許して、受け入れるような、そんな目をしておる」

「わからなくもない……」


 バルドは静かに目を伏せた。

 あの少女の瞳には、確かに他の孤児とは異なる物があった。確かな傷を負いながらも、世界を拒絶していない。それは貴重な資質とも言える。


「そのミーナちゃんがな、お主を助けて欲しいと、この孤児院に来て二度目のお願いをしたんじゃ。一度目は『また来てもいいですか?』じゃったしな。実質初めてのお願いと言えようか」

「なぜ、ワタシにそこまでしてくれる」

「さぁ、それは儂にもわからん」


 窓の外に視線が向く。

 庭では子供達が駆け回り、その中にミーナの姿もあった。猫耳がぴょこぴょこと揺れている。

 鈴の音のような彼女の笑い声も風に乗って、ふたりの耳まで届いてくる。


「ただ、少なくとも……ここ数日、お主の事を見ておったらな。善人ではないが、根っからの悪党と言うわけでもないことがわかるしの」


 杖で床を軽く叩き、言葉が継がれる。


「それに、居心地が悪いのはタダで飯を食らうことじゃなく、そんな自分の変化に戸惑っとるからじゃ。今のお主は人を害するほどの気概を持ち合わせてないじゃろ」

「ああ……その通りかもしれない」


 深くため息をついた。

 手のひらを見つめる。かつてそこには剣を握る力があり、人を斬ってもなんとも思わない心があった。

 なにもない……空っぽの手のひらが、そのまま今の自分を表しているようだった。


「ワタシは、自分を見失っている……」


 その言葉は、誰に向けたものでもなかった。

 ただ、認めざるを得ない事実として、静かに室内へ溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ