インタールード 主従2
「……以上が、次兄皇子様の軍の報告になります」
クロイツは書類を卓上に置き、メイベルの反応をうかがった。
執務室には、書類のインクに混じって、かすかな香の匂いが漂っている。皇女の好みだ。
「そう、出立こそ遅れたのに進軍自体は順調みたいね」
メイベルは報告書に目を落とすことなく、窓の外を眺めている。
窓から見える景色は、険しい山々と、その麓に広がる鉱山の街だ。興味がないのか、それとも内容をすでに把握しているのか。クロイツには、主の考えを読み取ることができなかった。
「ずいぶんと他人事のように仰いますな」
だから、クロイツが問いかける。
「あら? 出立が遅れたのは長兄皇子派による妨害工作のせいでしょ?」
「ええ、そういうことになっておりますが」
「なら、そういう態度をとっていればいいじゃない。次兄皇子って、プライドばかり高いバカで好きじゃないのよね。根暗で陰険な長兄皇子に比べれば、愛嬌がある分、まだマシかもしれないけど」
辛辣な評価を口にして、メイベルは鼻で笑う。
その横顔は、十六歳とは思えないほど冷たく、それでいて美しかった。
「まぁ……どっちもどっちかと」
クロイツのつぶやきに、メイベルは同意するように軽く目をつぶった。
「『草原と平穏の国』側も援軍を出したと言ってたわね。それで戦況はどうなるかしら?」
「はい、草原軍二万五千ですね。総大将はルーファス大公だとか……森林軍三万五千とあわせて六万、対する我らが鉱山軍は七年前の三倍近く八万五千です」
数字を並べたクロイツの報告に、メイベルは眉を上げた。
兵力差は歴然。だが、七年前の戦争では、数で勝る鉱山軍が敗北している。
「今回も小競り合いでは済まなさそうね。ところで、例の"不死の魔人"は?」
その呼び名に、クロイツは一瞬だけ表情を曇らせた。
七年前、鉱山軍に壊滅的な打撃を与えた存在。その名は、今でも兵士たちの間で怪談のようにささやかれている。
「報告によれば、今回の援軍には従軍をしてないようです」
「なんで? 鉱山軍にとっては恐怖の象徴でしょう。いるだけで、士気を下げられるはずよ」
メイベルの疑問に、クロイツは淡々と説明を続ける。
「あちらも派閥争いがあるようでして、簡単に言えば第一王子派と大公派に分かれているようです。"不死の魔人"は第一王子の懐刀的な立場だとかで」
「ふ~ん、ワタクシにとってのアナタみたいなものかしら?」
どこか皮肉げな言い方ではあったが、声には温もりがあった。
「まぁ、そうかもしれません」
クロイツが静かに認めると、メイベルは少し考え込む素振りを見せた。
窓の外では、夕暮れの光が山々を赤く染め始めている。
「となると、ちょっと計画を練り直す必要がありそうね」
「それと気になる情報が一つ……」
クロイツの声に、メイベルの視線が鋭くなる。
「なにかしら?」
「その"不死の魔人"の関係者が、我が国に入っているらしいのです」
一拍の間。
メイベルの瞳が細められた。
その表情には、驚きよりも興味が強く浮かんでいる。
「……信憑性は?」
「調査させていますが、この情報を持ってきたのは俺の手下の中で最近頭角を現してきた有望なヤツでして、信じてよいかと」
クロイツの返答に、メイベルは何も言わない。
沈黙が執務室に降りた。
「いかがされました?」
「アナタが直接出向いて調べてもらえないかしら?」
言葉だけならば穏やかなお願いだが、そこに拒否の余地はなかった。
クロイツはそれを理解している。そもそも命令だろうが、お願いだろうが断るつもりはない。
「貴女様の御心のままに」
膝をつき、頭を垂れたクロイツへ、メイベルはたのしそうな笑みを浮かべる。
「ふふふっ、なんだか良いことがあるそうな予感がするわ」
その瞳の奥には、野心の炎が静かに燃えている。
その炎が焼き尽くそうとしているものは、何なのだろうか。




