表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/88

第60話 戦争が、始まっていた。

 王宮の執務室は、いつになく重い空気に包まれていた。


「……戦争が始まったぞ」


 陽光が窓から注ぎ込んでいるのに、どこか寒々しさを感じる。レオン様の手にした報告書を横目で眺めながら、紙面に並んだ文字をかいつまんで読み上げ、国境の状況を共有してくれた。

 レオン様の声には、いつもの軽やかさがない。

 椅子の背もたれに身を預け、深くため息をつく様子に影が落ちていた。


「事前の情報より若干遅かったですね」


 僕はあえて淡々と応じる。

 カリナからの情報では、もっと早く動き出してくるはずだった。何かしらの問題があったのだろうとは予測していたが、実際どうだったのか。


「軍の総大将は二番手の皇子らしい。七年前の総大将だった一番上の皇子とは異母弟で、母親同士がずいぶんと仲が悪いようだ」


 皇帝の継承を前提とした闘争。

 どこの国や家も似たようなものだ。権力を巡る争いは、血の繋がりすら引き裂く。


「そうですか」

「進軍の開始が遅れたのは、上の皇子側からの妨害工作が原因みたいだ」


 レオン様が天井を仰ぎながら教えてくれた。

 その姿は、ひどく疲れているようだ。気のせいではないだろう。


「どこも似たような物ですね……ウチとどっちがマシでしょうか?」

「『(となり)の芝生は(あお)く見える』と言うが、他所(よそ)(いえ)に迷惑かけてない分、ウチのほうがマシじゃないか?」


 レオン様は苦笑した。

 その笑みには自嘲が混じっている。


「もっとも、うちの方がマシと感じるのは、一歩先んじている余裕もありそうですが」

「否定はしないさ」


 七年前、僕たちは勝った。そのことが、国内におけるレオン様の立場を強くした。

 あの戦争を思い出すと、気分が重くなるが、それだけの成果を得ている。


「それで? 戦争に関して、議会の決定は、どうなりましたか?」

「ああ、やっと軍の派遣を決定したよ。北の第三、第四、西の第六の三軍だ」


 その組み合わせに眉をひそめた。あからさますぎる。


「それって……」

「あからさまに王国軍の王弟派ばかり、というより、直接叔父上の息が掛かっている師団だな」


 大公派閥の動きが露骨になってきている。

 レオン様の叔父――ルーファス大公は、自身の影響力を拡大させようと精力的に活動しているようだ。


「いよいよ進退(しんたい)きわまれりですかね」

「叔父上には、そろそろ早めの隠居と洒落込(しゃれこ)んでもらわないとな」


 その声には、あからさまな棘があった。普段の飄々とした態度からは想像できないほど、その言葉には重みがあった。

 ルーファス大公の行動は、起死回生の一手を打つしかない状況に追い詰められたゆえの行動でもある。


「まだまだ若いでしょうに、確か今年で四十六歳くらいではありませんでしたか?」

「ボクらより一世代違うじゃないか、そろそろ世代交代の時期だと思うのさ」

「否定はしませんけど」


 肩をすくめる。

 政治の話は好きではない。特に王族が関わってくる場合、判断を間違うわけには行かない。だから、レオン様の方針には従うことにしている。そして、それが僕の役目と誓っていたから。


「くっくっく……おぬしも悪よのお」

「いえいえ、王子様ほどでは……と返せばいいんでしたっけ?」

「よし!」


 レオン様が満足げにうなずく。

 その顔には、いつもの軽薄な笑みが戻っていた。執務室の空気が軽くなったような気がした。


「はぁ……それじゃあ、僕の方は引き続き、いざという時の根回しをしておきます」

「ああ、頼りにしている」


 椅子から立ち上がり、一礼する。

 王都の街並みが窓の外にいつもと変わらず広がっているが、遠くの空の下では、すでに血が流れ始めているのだろう。


「もしもの時の……覚悟は決めましたので」


 その言葉に、レオン様の表情が引き締まった。

 青い瞳が、真っ直ぐに僕を捉える。


「覚悟な……よく聞け。あの時のように、ひとりでは行くなよ、絶対にだ」


 七年前の光景が、脳裏をよぎった。

 燃え上がる森。逃げ惑う兵士たち。そして、一万人以上の命。

 あの日、僕はひとりで戦場に立った。そして——多くのものを失い、失わせた。


「それは……」

「何、ボクが一緒に行くとまでは言わない。が、お前ひとりにすべてを背負わせるつもりもない」


「……わかりました」


 その言葉を、胸の奥に刻む。

 レオン様は、ふざけたことばかり言うが、ここぞという時の決断は誤らない。だからこそ、この人についていこうと思える。


 新しい戦争が、始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ