第59話 静かな日々は、続いていた。
午後の陽光が、机の上の書類を淡く照らしていた。持ち帰った報告書の続きを書き進める。
残念ながら、休日だというのに自宅の書斎で、僕は書類仕事をしていた。昨日のうちに終わらせられなかった分だ。
コンコン。
控えめなノックの音がした。
「失礼します」
扉が静かに開き、フェリシアが姿を現す。
手にはティーポットとカップが乗ったお盆を持っている。
「ありがとう」
僕は書類から顔を上げず、お礼を言う。
机の脇においておいた空になったポットとカップを回収し、お茶の入ったポットと交換する。
その流れでカップに1杯分の紅茶を注ぎ、小さく頭を下げて無言で部屋を出ていった。
温かな紅茶の香りが漂ってきた。慣れた香り。我が家のいつもになった味。
一口、紅茶をすすり、ほぅっと息をつく。
再びインク瓶にペン先を浸し、また書き進める。
一枚終わったら次の一枚。机の上に積まれた書類の山が、ゆっくりと低くなっていく。
コンコン。
再びノックの音。
「失礼します。お茶のお代わりを持ってまいりました!」
今度はミーナの声だった。
猫耳の少女が、慎重な足取りで部屋に入ってくる。お盆の上のカップが、かちゃかちゃと小さな音を立てていた。
「ん……お疲れさま」
僕はちらりとだけ視線をやって、問題がないことを確認する。
ミーナは緊張した面持ちで空になったポットとカップを回収し、持ってきたポットとカップを交換する。
そして、紅茶を注ぐ。
こぼさないように、こぼさないように。尻尾が、ぴんと張り詰めている。
無事、紅茶がカップに注がれ、今度は甘さの強い香りが広がった。
疲れていると思われたのか、疲労回復に効くお茶を持ってきたようだ。
「できたっ」
小さくガッツポーズ。
猫耳がぴょこんと跳ねた。
ジッと見つめてくるので、カップを取り、一口飲む。
フェリシアが淹れたものにはなかった強い甘みが口の中に広がった。
「ありがと、美味しいよ」
「えへへ……」
ミーナは嬉しそうに笑い、ぺこりと頭を下げて部屋を出ていった。
尻尾がぴょこぴょこと振りながら、廊下へ消えていく。
背伸びをした。
肩が凝っている。首を回すと、小さな音が鳴った。
窓の外を眺める。
庭の木々が風に揺れている。小鳥が一羽、枝から枝へと飛び移っていった。平和だ。
ペンを取り、また書類に向かう。
残りあと数枚。もうすぐ終わるだろう。
しばらくして最後の一枚に署名を入れ、他の何枚かの書類を揃えて机の端に置いた。
「ふぅ、こんなとこか……疲れた……」
弱音が漏れた。
紅茶の残りを飲み干し、窓の外を眺める。
夕暮れの光が、庭を赤く染め始めていた。
静かな日々だ。
戦場の声が近づいているというのに、今、この屋敷には静かな時間が流れている。
いつまでも続けばいいのに、そう願わずにはいられなかった。




