表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/88

第58話 ミーナちゃんは、聞かないでいた。

「バルドさん、おまたせー」


 ミーナが木製のお盆を持って戻ってきた。

 素朴なスープと、硬そうなパン。決して豪華とは言えない食事だが、心は込められている。それに孤児院で出される食事としては上等な部類だろう。


「ん、ありがとう」


 お盆を受け取り足の上に置くと、深皿を持ち上げてスープに顔を近づける。野菜の優しい香りが鼻をくすぐった。

 一口すすった。塩気が足りない。肉の味もしない。だが、飢えた身体には、この温もりだけで十分だった。


「味……どうかな?」


 ミーナが、顔を向けて、じっとこちらを見ている。

 猫耳がぴくぴくと動いていた。尻尾も、だらんと下に垂れて不安そうにしている。


「う、ん……少し味が薄いかもしれないが、今のワタシにはちょうどいい」


 パンをちぎり、スープに浸して口に運ぶ。以前は、そうやってよく食べていた。


「つまり、美味(おい)しくない?」


 猫耳がぺたんと伏せられた。


「いや、うまいよ、ほら……うっ!」


 慌ててパンをほおばった。

 (のど)に詰まりかけて、胸をどんどんと叩く。


「わわわ、急いで食べるから!」


 ミーナが背中を叩いてくれる。小さな手のひらだが、見た目に反して力は強い。


「げほげほ……は、はぁ……」

「別に正直に言ってよかったのに。バルドさんって、本当はお金持ちとか貴族さんでしょ?」


 隠すことなくまっすぐな指摘だった。

 この子は見た目よりかしこい。幼気に見えるが、ハッとするような言動をすることもある。知り合って間もないが、そう感じていた。


「なんでそう思った?」

「生まれたときから、美味しそうな物だけを食べて育ってきましたよ、みたいなとことか? あと、雰囲気がちょっぴりご主人さまと似てるとこもかな?」


 ご主人さま。

 この少女が仕えている相手。先程の助けてもらったという相手だろうか。どんな人物だろう? とりとめもなく気になった。


「ん、ご主人様? ここは孤児院だと聞いたが、キミは誰かに仕えているのか?」

「うん、あたしはね。色々あってこの街に連れてこられた所を、ご主人さまとフェリシアさんに助けてもらったの。だから、いつもはお屋敷の方でメイドさんをしてるんだよ」


 連れてこられた。

 その言葉に含まれた意味を、ワタシは理解した。この少女も、この少女なりの苦労があったのだろう。


「で、バルドさんは何者なの?」


 琥珀色の瞳が真っ直ぐに向けられる。


「死に掛けていたワタシを助けてくれたことは感謝している。しかし……」

「やっぱ、今の質問はナシ!」


 ミーナが両手で大きくバッテンを作った。


「な、なし?」

「うん、だって、あたしのワガママだもんね。バルドさんは、バルドさんでいいよ」


 笑顔だった。

 無邪気で、純粋で、何の打算もない笑み。


「…………なんで、そこまでワタシのことを信じられる?」


 声が震えていた。

 ワタシは、自身が誰かに信じてもらえるような人間ではない、と理解している。自分勝手にやり、結果すべてが嫌になり、逃げ出してきた卑怯者だ。


「ん~、倒れていたバルドさんがね。あたしに言ってたんだ」

「何を? すまないが、記憶がおぼろげで……」


 意識を失う直前のことは、ほとんど覚えていない。

 逃げて、隠れて、潜んで、再び逃げて、気付いたら、この部屋のベッドで横たわっていた。


「『生きたい』って……」


 ミーナの声が、静かに響いた。


「生きたい……」


 思わず、その言葉を繰り返した。


「うん、『生きたい。このまま死ぬものか』って、そう悲しそうに言ってたよ」

「それを聞いて、あたし、放っておけなかったの。あたしもね、前の孤児院にいたとき、同じこと思ったことがあるから」


 特段思い詰めたような表情も浮かべず、それが当たり前のような顔で、そう言い放つ。

 この少女も死にたくなるような日があったのか、それでも生きたいと願ったのか。


「……そうか」


 ワタシとミーナが、同じ思いを抱いているとは考えられなかった。

 決してワタシは少女のように無力でもなかったし、善良な人間でもなかったから。


「だから、バルドさんが何者でも関係ないよ。生きたいって思ってる人を、見捨てたくないだけだから」


 部屋の隅で、古い木の床がきしんだ。

 ——これからどうしようか。自問自答する。

 ひとまず、今はただ、この温かな場所で生き残ったことを、受け入れようと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ