第56話 ふたりで、ミーナちゃんの話をしていた。
今日はいつもより早く仕事を終わらせ、屋敷に帰ると、フェリシアがリビングルームで帰宅を迎えてくれた。
いつものメイド服姿。早く帰ってきたにも関わらず、いつもと同じようなフェリシアの態度に嬉しくなる。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ただいま。あれ? ミーナは?」
猫耳の少女の姿がどこにも見当たらない。
この時間なら、フェリシアと一緒に家事を学んでいるはずだった。
「ミーナちゃんでしたら、本日は休日です」
フェリシアが淡々と説明する。
長い耳がぴくりとも動かない。いつもの無表情だ。
外套を脱ぎながら、話の続きをうながす。
「しっかりと自分の分の仕事も覚えてくれましたし、元々、この家の家事は私ひとりでも十分でしたから。今は数日ごとに休日を取らせています」
「ん、そうか、その辺りはフェリシアさんに任せてたしね。ミーナはどこかに出かけてたの?」
外套をフェリシアに手渡す。
彼女は受け取ると、流れるような動作でハンガーに掛けた。
「最初の頃は街の観光をしていたみたいですが、最近は通える場所ができたみたいです」
「いいことだね」
ソファに腰を下ろしながら、そう答えた。
ミーナもこの街に居場所を見つけつつあるのかもしれない。
「ええ、今日も手作りのクッキーを持って、嬉しそうに出かけました」
「…………え?」
思わず声が出た。
「いかがなされましたか、ご主人様?」
フェリシアの声には、かすかな愉悦が混じっているような気がした。
「それって、もしかして、デート……とか? あ、相手は、どこのどいつだっ!?」
思わずフェリシアを問い詰めてしまった。
「ご主人様、落ち着いてください。年頃の娘を持つ父親みたいなことをおっしゃっています」
「いや、だって、嬉しそうに手作りのクッキーを持って、だなんて……」
「手作りのクッキーが恋人の証なら、私とご主人様は新婚夫婦になってしまいます」
その言葉に固まった。
確かにフェリシアも、よくクッキーを焼いてくれる。
「いや、それは……」
「『ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?』とか、言われたいのですか?」
フェリシアの無表情が、なぜか妖艶に映った。
「うっ……」
「言いませんけど」
「なら、訊くなー!!」
僕の叫びを、フェリシアは涼しい顔で聞き流した。
「ミーナちゃんの行き先は下町の孤児院です。どうも、以前に世話になっていた孤児院を思い出すそうで、最近はおやつの差し入れなどをしているようです。クッキーの材料費も自分の給金から出していました」
孤児院、か。
ミーナが以前いた場所のことを思い出して通っているなら、悪い話ではないだろう。
「知ってるなら、最初からそう教えてくれればいいのに……」
ソファに沈み込んだ。
無駄に心臓に悪い時間だった。
「ところでご主人様、私からもご主人様にお訊きしたいことがあります」
「なに?」
フェリシアの声のトーンが、わずかに変わった。
「ミーナちゃんから『寝込みのいただき方』を教えて欲しいと言われたのですが?」
「…………」
とっさに視線を逸らす。
「ご主人様が、私から教わるように言われたようですが?」
「…………」
ミーナってば、なんて素直な子なんでしょう……知ってたけど。
「ご主人様、私も『子供の作り方』なんかを、実践を交えず、具体的に口頭でご主人様から教えていただきたいな、とか思いますが?」
「……何の嫌がらせだーー!!」
僕の悲鳴が、リビングルームに響いた。
「愛の嫌がらせです」
フェリシアはにこりと微笑みもせず、そう言い切ってくれる。
その長い耳だけが、ぴょこんと跳ねた。




