第55話 ミーナちゃんが、孤児院に通っていた。
王都の下町に、古びた孤児院がある。
石造りの建物は年季が入っているが、手入れは行き届いていた。花壇には色とりどりの花が咲き、子供たちの笑い声が聞こえてくる。
「こんにちはー」
ミーナが元気よく扉を開けた。
バスケットを手に提げている。中には、フェリシアが焼いたクッキーをたくさん詰め込んできた。
「おぅ、ミーナちゃん、いらっしゃい」
モルス院長が穏やかな笑顔で出迎えた。
白い髭をたくわえた老人だ。温かみのある目で、ミーナを見つめる。
「これお土産です……」
ミーナがバスケットを差し出す。
その瞬間、子供たちがわらわらと集まってきた。
「ミーナ姉ちゃんだー」
「これ食べていいの?」
「ねぇ、おままごとしよー」
子供たちに囲まれて、ミーナの耳が嬉しそうにピンと跳ねる。尻尾もゆらゆらと機嫌よく左右に動く。
「こらこら。いっぺんに迫るんじゃない、オヤツは決まった時間じゃ」
顰め面をしてモルスがたしなめる。
それでも子供たちの勢いは収まらない。
「あはははー、みんなイイ子にしてないとオヤツ抜きだからねー」
ミーナが笑いながら言うと、子供たちはぴたりと静かになった。
「わかった!」
「クッキーかな?」
「オレ、あのフワフワしたケーキがいいな」
それでも期待に満ちた目は隠せない。
ミーナは苦笑しながら、モルスに声をかけた。
「と、ごめん、あたしはちょっと院長さんとお話があるから、後でね!」
「ふむ、それじゃあ院長室で聞こうかの」
院長室は、質素だが温かみのある部屋だった。モルスの人柄がわかる。
壁には子供たちが描いた絵が飾られている。古い木机の上には、書類と読みかけの本が積まれていた。
「どうぞ、お茶です」
ナゼルがお茶を運んできた。
孤児院で最年長の少女だ。まだ十二歳だが、しっかり者でモルスの右腕として働いている。
「ありがとっ♪ ナゼルはいいお嫁さんになるね!」
「ぁ、ありがとぅ……お姉ちゃん、院長様、では失礼します」
ナゼルは頬を染めてお辞儀をすると、静かに部屋を出ていった。
「そういうミーナちゃんも、いいお嫁さんになると思うがの」
「えー、そうかな? そうだと嬉しい……かな」
猫耳が、照れたように横に倒れる。尻尾もどこかもじもじと揺れていた。
「ミーナちゃんには感謝しとるよ。ミーナちゃんが来ると子供達が嬉しそうじゃ」
「ううん、あたしこそ院長さんには感謝してるよ」
元気よく答え、そして、ちょっと寂しそうな表情を浮かべた。
「本当なら、あたしが育った孤児院の院長さんに感謝するべきなんだけど……あそこにはもう戻れないから」
最近になって、昔のことを思い出して泣くようなことは減ってきたが、どうしても胸の奥がちくりと痛む。
モルスは穏やかな目でミーナを見つめた。
「『情けは人の為ならず』という言葉知っとるかの?」
「え? ……人に優しくしちゃいけないってこと?」
ミーナは首をかしげる。
「うんにゃ、どちらかと言えば逆じゃな」
モルスは穏やかに微笑んだ。
「人に優しくすれば、優しくされた人は別の人に優しくすることができる。そうやっていくと、全員が優しくなれて、自分も優しくされる……と儂は解釈しとる」
「とっても素敵なことだね」
ミーナの目がきらきらと輝く。
その教えは、ミーナにはとてもしっくりと来て、なんだか心に染み込んでいくようだった。
「ミーナちゃんが優しいから、周りのみんなもミーナちゃんに優しくなるということじゃな」
院長はミーナが落ち着くのを待ってから、表情を改めた。
「それでミーナちゃんの話と言うのは、やはり昨日の人のことかの?」
「うん、どうなった?」
ミーナの声が真剣になる。
猫耳が、ピンと立ち上がった。
「明け方に一度目を覚ましたが、すぐに気を失っての。じゃが、命の心配はなさそうじゃ」
「そっか、良かった」
ミーナはほっと息をついた。
窓の外では、子供たちが庭で遊ぶ声が聞こえている。
路地裏で、ぼろぼろになっていた男を見つけたミーナが孤児院に連れ込んだのが、昨日のことだった。
思わず連れてきてしまったが、モルスは嫌な顔もせずに、ミーナのことを褒めてくれた。
そのことが気になって、ミーナは今日も仕事を早く終わらせて、孤児院にやってきたのだった。




