第52話 僕は、反省していた。
食堂に降りると、いつもの場所にフェリシアが立っていた。
朝日が窓から差し込み、彼女の銀髪を淡く照らしている。長い耳はぴんと立ったまま、微動だにしない。いつもの姿だ。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう」
声のトーンも、いつもと変わらない。
けれど、どこかよそよそしさを感じるのは、気のせいではないだろう。
「最近はお疲れのようでしたので、本日の朝食は軽めのスープにいたしました」
テーブルには、湯気を立てる白いスープが置かれていた。
野菜とミルクの甘い香りが鼻をくすぐる。彼女は、その見た目からわかりにくいけど、その優しさが詰まった一杯だった。
「昨晩は……」
「昨晩は……」
言葉が重なった。
フェリシアの長い耳が、ぴくりと揺れる。
「え、あ、どうぞ、そっちから……」
「いえ、ぜひともご主人様から……」
また重なりそうになって、僕たちは同時に口を閉じた。
気まずい沈黙が流れてしまう。スープから立ち上る湯気だけが、ゆらゆらと揺れている。
「それじゃあ、僕からでいい?」
「はい」
フェリシアがうなずく。
その表情は相変わらず読めないけれど、話を聞く姿勢は見せてくれた。
「まず、昨晩は感情的になってごめん」
素直に謝った。
ミーナに言われたことだ。確かに、怒られたら、ごめんなさいしないと、だね。
「ミーナにもさっき言ったんだけど、僕は自分の血を残すのが怖いんだ。だから、女性の、そういう好意を素直に受け止めきれない」
言葉にすると、自分でも驚くほど整理されていく。
昨晩はうまく言えなかったことが、今なら少しだけ形になって、僕の中から出てくる。
「申し訳ありません。そのことについては……」
「事前に聞いてた、かな? さっき、少し冷静になって考えたら気付いてね」
フェリシアの長い耳が、わずかに伏せられた。
彼女は黙ったまま、僕の言葉を待っている。
「フェリシアさんが悪いわけじゃないんだ。すべては僕の問題。それに今は、仕事で厄介な問題を抱えてて、恋とか愛とか言っている余裕もなくてね」
「アイネ様とヴェルナ様から、聞きました」
妹と師匠の名前が出てきた。
なるほどなるほど。
「『僕の事情』などについて、アイネ様とヴェルナ様から色々と聞きました」
「色々、か。変なことまで聞いてなければいいけどなぁ」
苦笑が漏れる。
あのふたりから、僕の恥ずかしい過去まで暴露されていないことを祈るばかりだ。
「ヴェルナ様からは、"戦争"が起こるかもしれない、とも」
その言葉に、僕は思わず眉をひそめた。
「師匠……そんな軍事機密ギリギリのことをあっさりと……」
あの師匠は、本当に口が軽い。いや、軽いというより、本人が必要だと判断したことは、ためらわずにやってしまうのだ。
「『あの馬鹿弟子は、自分が何時死んでもいいと考えてるねぇ。だからさ、アタシは願ってることがあるんだよ。いつか、アイツが生きたいと思う何かがあればねぇ』とも」
フェリシアの声が、師匠の口調を再現する。
あまりにも正確で、一瞬、ビクッとしてしまった。いや、本当にそっくりだね。
「師匠が?」
「恋人ができれば、生きていたいと思う原動力になるかなと……」
長い耳が、ぺたりと垂れている。彼女が感情を表に出している。
「それで、僕とリラをくっつけようとした?」
「浅はかな考えでした」
即答だった。
その声には、いつもの棒読み感がない。本心からの反省しているのだろう。
「その……、フェリシアさんは僕のことが男として嫌いなのかな? 普通、自分が、ってならない?」
口にしてから、しまったと思った。
これは聞く内容ではなかったかもしれない。けれど、すでに言ってしまった後だった。
「ご主人様、その話は……」
フェリシアの声が、わずかに揺れた。
長い耳が、ピコピコと不規則に動いている。
「いずれゆっくりとお話します。お仕事に遅れますよ?」
話題を変えられた。
けれど、それは拒絶ではなく、「今はまだ」という意味なのだろう。そう信じたかった。




