第49話 王子様に、からかわれていた。
第一王子の執務室。
レオン様の机の前に立ち、僕は報告を終えたところだった。
壁に掛けられた王国の紋章が、午後の陽を浴びている。本棚には法令集や記録簿がぎっしりと並び、重厚な雰囲気を醸し出していた。
「さくやは おたのしみ でしたね」
レオン様が、わざとらしく棒読みで言った。金髪が窓からの光を受けて輝いている。
「レオン様……腹心の部下の家に諜報員を差し向けるのは止めていただけませんか!? 他国の諜報員と気配が混じって、ものすごく困るんですが!!」
昨夜の屋敷には、複数人から監視されている気配があった。レオン様からの諜報員と、他国からの監視。それを感知しわけながらいざという時に備えていたのは、神経をすり減らす作業だった。
おかげで寝不足だ。
「貴方のことは、なんでも知りたくって、あ、言っちゃった! きゃはっ☆」
芝居がかった仕草に、こめかみがぴくりと動く。なんで、こんな人が王位継承第一位の王子なのだろうか。この国の未来を憂いてしまう。
「わーい、一回殺したーい♪」
「王族に対する反逆罪は極刑だから気をつけろよ。そんなつまらん事で腹心の部下を失いたくない」
レオン様の声が、急に真面目になった。アップダウンが激しすぎる。
「ええ、ご心配なく。殺害現場には魔力反応のシミひとつ残したりしません」
「いやぁ、ボクは優秀な部下を持てて幸せだな」
「私も心優しい上司を持てて、嬉し泣きしそうですよ」
お互いに皮肉を言い合う。気心がしれているからこそのじゃれ合いだ。
この軽口の裏には、互いへの信頼がある。少なくとも、僕はそう思っている。
「でだ、誰を嫁さんにする気なんだ? きちんと責任は取れよ」
あ、まだ続けるんですか、それ。
「……あれ? なんか、その質問って二度目ですか?」
「いや、初めてだろ? まぁ、冗談だけどさ」
レオン様は肩をすくめた。だが、その目は笑っていない。
この人は、いつも冗談のふりをして本気のことを言う。今の質問も、単なる茶化しではないのかもしれない。
「そろそろ仕事に戻りたいのですが……」
「待て待て、わざわざ呼び出したのに雑談だけして帰るな」
「雑談、雑談ねぇ……それで本題は?」
レオン様の表情が引き締まった。遊びの空気が消え、戦場で見せる顔になる。
「バロイス侯爵が行方をくらませた」
「誰ですか、それ?」
「おい!」
「いえ、ただの冗談です」
僕は軽く手を挙げて謝意を示した。西で捕まえた男のことだ。
僕の毒殺を試み、刺客を送り込んできた悪徳領主。
「嫌味なヤツだな」
「きっと上司に似たんでしょうね。というか、王都の監獄に収容されていたのでは? 詳しい話を聞かせてもらえませんか?」
レオン様は椅子の背にもたれかかり、天井を見上げた。金髪が肩に流れ落ちる。
「議会に王弟派からバロイス侯爵の赦免願いが出され、極刑は無し。お前が言う通り、王都の北側にある監獄送りとなるはずだった」
「はずだった、ですか」
「ああ、護送の馬車が王都を出る直前に賊に襲われてな……まさか、王都内で襲われると考えておらず、護衛の気も緩んでいたらしい。嘆かわしいが、単純に責めるわけにはいかないな」
レオン様の声には、苦々しさが混じっていた。
王都の治安は王国随一だ。その油断を突かれた。
「それで?」
「衛視が駆けつけた時、バロイス侯爵の死体は見つからなかった。賊に連れ去られたか、どさくさに紛れて逃亡したか。バロイス侯爵はアレで武門の出だからな。七年前の『焦森戦争』でも、それなりの武功を上げている」
七年前。あの戦争の名前が出てくると、胸の奥がざわつく。
バロイス侯爵という男が、あの戦争でどんな役割を果たしていたのか。調べておく必要があるかもしれない。
「どっちにしろ面倒なことにならなければいいのですが」
「とりあえず、覚えておいてくれ」
今、この情報を今伝えてきたということは、なにかしら不安に思うところがあるが、それが上手く言語化できないのだろうか。
執務室に影が落ちた。雲が太陽を遮ったらしい。
ちょうど僕の胸の内に湧いた嫌な予感というやつを暗示しているかのようだった。




