第48話 リラは、いいようにもてあそばれていた。
翌朝。
カーテンの隙間から朝日が差し込み、室内を明るく照らしている。昨夜の重苦しい空気は消え、穏やかな朝の気配が漂っていた。
カリナは夜明け前に帰ったらしく、ミーナはまだ眠っている。
そして、リラとフェリシアが、リビングルームで向かい合っていた。
僕は出かける準備をしながら、ふたりの様子をうかがっていた。
「…………」
「…………」
沈黙が続く。リラの表情は硬く、フェリシアは相変わらずの無表情だ。
リラの膝の上で、手が落ち着きなく動いている。なにか言いたいことがあるのは明らかだった。
「リラ様、なにか私に訊きたいことがあるのではないですか?」
フェリシアが先に口を開いた。緑色の瞳が、真っ直ぐにリラを見ていた。
「え、ええ、そうね……」
「例えば、私とご主人様との関係、とか?」
「!?」
リラの顔が一瞬で赤くなる。図星だったらしい。
僕はコートに袖を通しながら、ふたりの会話より注意を払う。嫌な予感がする。
「わかりやすい反応は、女性としては可愛らしいのですが、軍人としてはいかがなものでしょう」
「ばっ」
「馬鹿にしてはおりませんし、リラ様の名誉を傷つけるつもりはありません」
「ごっ」
「誤魔化そうという意図ではありません。リラ様とは良い関係を築きたいと思います」
「あっ」
「愛しています、と言われましても、ちょっと困りますが……」
リラがなにか言おうとして、その度にフェリシアに先回りされていた。言葉の出鼻をくじかれ続けている。
長い耳の先が、ほんわずかにピコピコと振れる。なんだか楽しんでいるようだ
「……そんなこと言うはずないでしょ!!」
ようやく言葉を最後まで言えた。顔は真っ赤だ。首筋まで紅潮している。
「はい、気持ちをほぐすための冗談です」
「なんかすごく疲れたわ」
リラが椅子の背にもたれかかる。朝から精神的に消耗している様子だった。
僕は心の中で、リラに同情した。なるほど、第三者としてみると、こんな感じなのか。
「それで、私とご主人様の関係なのですが、擬音で表現するならば"ぬちょぬちょ"とか?」
「ぬ、ぬちょぬちょ!?」
リラの声が裏返った。
「さらに"ちゅくちゅく"の"ぐっちゅぐっちゅ"みたいな?」
「う、うううっ……」
リラの顔色が青ざめていく。彼女の脳内では、それはもう物凄いことになっているのだろう。
僕も思わず手で顔を覆ってしまう。リラよ、何を想像しているのか知らないが、誤解だ。断じて誤解だ。
「いけません、リラ様! 戦いは諦めたら終わりですよ!」
「え、え……」
突然の激励に、リラは困惑した表情を浮かべた。話の流れが急転換しそうだ。僕もついていけない。
「私とご主人様が直接言葉にしにくいような関係だと仮定して、それがどうしたと言うのです?」
「でも……」
「リラ様のご主人様に対する気持ちは、その程度のものなのですか? 違いますよね?」
フェリシアの声には、不思議な説得力があった。それは、不幸に襲われたときに宗教家に優しい説教のようで、お金に困った時の詐欺師の誘惑のようだった。
つまり、洗脳めいたなにか。
リラの瞳に、少しずつ光が戻っていく。さっきまでの狼狽が嘘のように、表情が引き締まった。それが逆に心配になる。
「もちろんよ! そうよね、簡単に諦めちゃダメよね!」
「その意気です。頑張ってユキト様を追い詰めてくださいませ」
追い詰める? そうか、追い詰められるのかぁ。
僕は聞かなかったことにして、カバンを手に持った。リラがやる気に満ちているのは良いことなのかもしれないが、追い詰められる側の身にもなってほしい。
屋敷を一歩出ると、今日の朝日は妙にまぶしく感じた。よし、今日もお仕事頑張るぞー。




